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リシュリー⑧
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イースの同僚の騎士様は、エイダンさんという名前らしい。皆からはエイダン、とかダンって呼ばれているみたい。
エイダンさんに名前を聞かれて、咄嗟に「り、リリーです」と答えてしまった。イースの妻の名前なんて、エイダンさんは知らないだろうけど、何故だか正直に言うことが出来なかった。
エイダンさんが連れて来てくれたのは、大通りから一本奥に入った所にある食堂だった。お店自体は古い物の、中々広くて、お昼の時間帯を少し過ぎているというのに繁盛している。
「よーっす」
「おお、エイダン! なんだ、女連れ……エイダンのコレか?」
勝手知ったる様子で店の中に入ると、エイダンさんは迷いの無い様子でカウンター席へ向かっていく。
カウンターの中から覗いた、首にタオルを巻いたおじさんが冷やかすような口調で小指を立てる。
……コレってなんだろう?
おじさんのジェスチャーの意味は分からないけれど、どうやらエイダンさんの彼女だと思われている、ってことかな?
「違う違う、この子は俺の単なるファン! 俺にはサリアちゃんがいるしぃ、第一、俺はロリは好みじゃねぇ。ってことで、すまんな」
「謝られる意味が分かりません」
わざわざ私に向かって断りを入れるエイダンさんにイラっとして、私は真顔で答えた。
「ありゃりゃ。なんだかわかんないけど、ウチみたいな野郎くさい店で良かったら食べてってー」
お客さんに料理を運んでいたおばさん――多分私のお母さんと同じくらいの年かな――が横にやって来て、席を勧めてくれる。
おじさんとおばさんは夫婦で、二人でこの店をやっているらしい。おばさんの言う通り、確かに店内は圧倒的に男性客が多い、というよりも、私を除けば男性客しかいない。失礼にならない程度に他のお客さんが食べている料理を見ると、男性が好きそうな分厚いステーキや唐揚げのような、ボリュームのある料理を食べている人が多かった。
「おっちゃーん、俺コーヒー。 リリーちゃんは今日のおすすめランチでいい?」
「はい。あの、エイダンさんは食べないんですか?」
「俺、一応勤務中なんだよねー!」
「えっ?! 此処にいていいんですか?」
「いいのいいの。隊長のお使いでこれから戻るとこなんだけどー、半分私用みたいなもんだったから。職権乱用だよ。だから帰りに知り合いの店でちょっとお茶するくらい許される筈だッ」
妙にキリっとした表情で言う。
なんとなく、違うような気がするけど、本人が良いと言うならいいか。
「ここ、みなさんでよく来るんですか?」
「たまにね。ほら、俺らみたいな下っ端は懐にそれ程余裕がある訳じゃないし、食堂で済ませることが多いよ。なんていっても王宮の食堂ならいくら食べても無料だから」
「夕食は? 結構外で食べるんじゃないですか?」
「そりゃね! 王宮じゃあ飲めないから、飲みたい奴らは外に行く」
そうか、イースは『飲みたい奴』に入るのか……。
私がじっと考え込んでいると、何を勘違いしたのかエイダンさんがじっとこちらを見つめて言う。
「ストーカー、ダメ、絶対」
「何の標語ですか! そんなことしませんっ!」
エイダンさんは、宣言通りコーヒーを飲み干すと仕事に戻って行った。騎士にしてはチャラすぎるけれど、いい人だと思う。
エイダンさんの注文してくれた今日のおすすめランチとやらは、チーズの載った黒パンに野菜スープ、唐揚げのセット。おかずが日替わりで、パンとスープは毎日共通らしい。裏通りでも客の入る繁盛店だけあって、味も美味しい。私が家で作る料理より、少し濃いめの味付け。
店主のおじさんによると、身体を使って、汗を掻く仕事の人も多くから、気持ち塩を多めに入れているんだって。
料理が上手くなりたい、って言ったらちょっとしたコツなんかも聞かせてくれた。
詳しくは言わずに、騎士のような人達が好きそうなお店を他に知らないか? って止められちゃったけど。
王都には確かに美味しい店も沢山あるけれど、危ない店やいかがわしいお店(おじさんは私を子どもだと思っているからか、婉曲な表現をしていた)も多いから、って。
特に、騎士様が好む店には出会いを求める男女が集まる場もあって、私のような子どもには危険だって。
私、それほど子どもじゃないんだけど、って、言ってしまおうかと思ったけれど、おじさんが本気で心配してくれているようなので黙っていた。
代わりに、それから日置きにエイダンさんの教えてくれた食堂でご飯を食べるようになった。二週間の間にすっかり顔馴染みになり、量が多くて困っていたら、私が注文すると少し量を減らし、代わりに代金をまけてくれるようになった。
ひとりで来る女の子が珍しいのか、お店のおばさんもよく話しかけてくれる。
私、他人との会話に飢えていたんだ、って気付いた。
おじさんもおばさんも、私が好きな人のために料理を練習していると思っているみたいだ。いくつか家で出来る簡単なレシピを教えてもらえたので、イースに振る舞ってみる。
って、思ってたんだけど。
遠征から戻って来た後のイースは、なんだか別人みたい。
遠征前に抱きしめ合ったのが嘘みたいに、遠い。話していても目が合わない。私に触れてくることもない。
宿舎に泊まる回数が増えて来て、折角習った料理のレシピを披露する場も無い。
村の両親から手紙が届いた。前回送った手紙は、結婚式は村で挙げる、と書いた手紙だった。郵便代はそれなりに高いから、あまり頻繁には出せない。
両親は私とイースが村にいた時と同じように、仲良く楽しく暮らしていると思っているみたいだ。
孫の顔はまだか? って遠回しに書いてあって、笑ってしまった。そんな自分に驚いた。こんな乾いた笑い、村にいた時はしたことなかったから。
……私達、結婚した意味あるのかな。
エイダンさんに名前を聞かれて、咄嗟に「り、リリーです」と答えてしまった。イースの妻の名前なんて、エイダンさんは知らないだろうけど、何故だか正直に言うことが出来なかった。
エイダンさんが連れて来てくれたのは、大通りから一本奥に入った所にある食堂だった。お店自体は古い物の、中々広くて、お昼の時間帯を少し過ぎているというのに繁盛している。
「よーっす」
「おお、エイダン! なんだ、女連れ……エイダンのコレか?」
勝手知ったる様子で店の中に入ると、エイダンさんは迷いの無い様子でカウンター席へ向かっていく。
カウンターの中から覗いた、首にタオルを巻いたおじさんが冷やかすような口調で小指を立てる。
……コレってなんだろう?
おじさんのジェスチャーの意味は分からないけれど、どうやらエイダンさんの彼女だと思われている、ってことかな?
「違う違う、この子は俺の単なるファン! 俺にはサリアちゃんがいるしぃ、第一、俺はロリは好みじゃねぇ。ってことで、すまんな」
「謝られる意味が分かりません」
わざわざ私に向かって断りを入れるエイダンさんにイラっとして、私は真顔で答えた。
「ありゃりゃ。なんだかわかんないけど、ウチみたいな野郎くさい店で良かったら食べてってー」
お客さんに料理を運んでいたおばさん――多分私のお母さんと同じくらいの年かな――が横にやって来て、席を勧めてくれる。
おじさんとおばさんは夫婦で、二人でこの店をやっているらしい。おばさんの言う通り、確かに店内は圧倒的に男性客が多い、というよりも、私を除けば男性客しかいない。失礼にならない程度に他のお客さんが食べている料理を見ると、男性が好きそうな分厚いステーキや唐揚げのような、ボリュームのある料理を食べている人が多かった。
「おっちゃーん、俺コーヒー。 リリーちゃんは今日のおすすめランチでいい?」
「はい。あの、エイダンさんは食べないんですか?」
「俺、一応勤務中なんだよねー!」
「えっ?! 此処にいていいんですか?」
「いいのいいの。隊長のお使いでこれから戻るとこなんだけどー、半分私用みたいなもんだったから。職権乱用だよ。だから帰りに知り合いの店でちょっとお茶するくらい許される筈だッ」
妙にキリっとした表情で言う。
なんとなく、違うような気がするけど、本人が良いと言うならいいか。
「ここ、みなさんでよく来るんですか?」
「たまにね。ほら、俺らみたいな下っ端は懐にそれ程余裕がある訳じゃないし、食堂で済ませることが多いよ。なんていっても王宮の食堂ならいくら食べても無料だから」
「夕食は? 結構外で食べるんじゃないですか?」
「そりゃね! 王宮じゃあ飲めないから、飲みたい奴らは外に行く」
そうか、イースは『飲みたい奴』に入るのか……。
私がじっと考え込んでいると、何を勘違いしたのかエイダンさんがじっとこちらを見つめて言う。
「ストーカー、ダメ、絶対」
「何の標語ですか! そんなことしませんっ!」
エイダンさんは、宣言通りコーヒーを飲み干すと仕事に戻って行った。騎士にしてはチャラすぎるけれど、いい人だと思う。
エイダンさんの注文してくれた今日のおすすめランチとやらは、チーズの載った黒パンに野菜スープ、唐揚げのセット。おかずが日替わりで、パンとスープは毎日共通らしい。裏通りでも客の入る繁盛店だけあって、味も美味しい。私が家で作る料理より、少し濃いめの味付け。
店主のおじさんによると、身体を使って、汗を掻く仕事の人も多くから、気持ち塩を多めに入れているんだって。
料理が上手くなりたい、って言ったらちょっとしたコツなんかも聞かせてくれた。
詳しくは言わずに、騎士のような人達が好きそうなお店を他に知らないか? って止められちゃったけど。
王都には確かに美味しい店も沢山あるけれど、危ない店やいかがわしいお店(おじさんは私を子どもだと思っているからか、婉曲な表現をしていた)も多いから、って。
特に、騎士様が好む店には出会いを求める男女が集まる場もあって、私のような子どもには危険だって。
私、それほど子どもじゃないんだけど、って、言ってしまおうかと思ったけれど、おじさんが本気で心配してくれているようなので黙っていた。
代わりに、それから日置きにエイダンさんの教えてくれた食堂でご飯を食べるようになった。二週間の間にすっかり顔馴染みになり、量が多くて困っていたら、私が注文すると少し量を減らし、代わりに代金をまけてくれるようになった。
ひとりで来る女の子が珍しいのか、お店のおばさんもよく話しかけてくれる。
私、他人との会話に飢えていたんだ、って気付いた。
おじさんもおばさんも、私が好きな人のために料理を練習していると思っているみたいだ。いくつか家で出来る簡単なレシピを教えてもらえたので、イースに振る舞ってみる。
って、思ってたんだけど。
遠征から戻って来た後のイースは、なんだか別人みたい。
遠征前に抱きしめ合ったのが嘘みたいに、遠い。話していても目が合わない。私に触れてくることもない。
宿舎に泊まる回数が増えて来て、折角習った料理のレシピを披露する場も無い。
村の両親から手紙が届いた。前回送った手紙は、結婚式は村で挙げる、と書いた手紙だった。郵便代はそれなりに高いから、あまり頻繁には出せない。
両親は私とイースが村にいた時と同じように、仲良く楽しく暮らしていると思っているみたいだ。
孫の顔はまだか? って遠回しに書いてあって、笑ってしまった。そんな自分に驚いた。こんな乾いた笑い、村にいた時はしたことなかったから。
……私達、結婚した意味あるのかな。
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