初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー⑬

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 つわりが重くてしんどい私は、必然的に暫く家で過ごすことになった。
 だけど、やっぱりイースが帰って来ない。

 仕事のこと。
 子どものこと。
 これからの二人のこと。

 きちんと話し合いたい……否、話し合わないといけないことが沢山あるのに、肝心のイースが帰って来ない。ソファの上でぐったりしながら、目を瞑るとイースと知らない女の人の寄り添う姿が浮かんでくる。

 人の気持ちは変わるものだから、私のことを好きじゃなくなったら……それは、とても悲しいけれど仕方ない。
 だけど、それならきちんと終わらせてほしい。別に地面に額をつけて謝れなんて言わないから、せめて私の目を見てそう言って欲しい。そうする価値もない女だと思われているのかと思うと涙が出る。


 未婚の母や父親のいない子どもがどういう扱いを受けるか、私は知っている。私は幸い両親が揃っていたけど、村に住む同じ年頃の子には片親の子もいたから。
 村八分にされる、って訳じゃないけれど、やっぱりその子も、その子の親も周囲から距離を置かれていたし、女手ひとつで子どもを育てていたその子のお母さんは、どうしても男手が必要な時は村の大人たちにいつも頭を下げていた。あの時は自分も子どもだったから意味が分かっていなかったけれど、その子の家の前を通ると、村の男連中からあからさまな遊び目的でしつこく纏わりつかれている場面をよく目にした。祭りや半年に定期的に行う用水路の掃除なんかで、その子のお母さんはいつも大変な仕事をさせられていて、どうしてだろうって思っていたけれど……あれはきっと、自分の夫たちに色目を使う、と理不尽な理由で村の女たちにきつく当たられていたのだと思う。

 私たちの村では野菜や果物なんかの食べ物は、お金で買うよりも物々交換することが多かった。殆どの家は畑を持っているから、そこで作ったものを交換し合うのだ。だけど、幼い子どもと若い女ひとりではそんなに広い畑なんて維持出来ないから、その子はいつもお腹を空かせていた。たまに家で余った野菜を上げると大袈裟な位に頭を下げて……私、どうしてもっとあの子にも、あの子のお母さんにも優しくしてあげなかったんだろう。
 自分が同じ立場になるかもしれない。そうなって初めて、過去の自分の振る舞いを後悔するなんて……私は愚かだ。


 そうこうしていると、大家さんが訪ねてきた。家賃の催促だった。
 村から出て初めて知ったことだけれど、王都のどのエリアに住むか、によって、家賃や貸借契約の内容に違いがある。王都の中心街からほど近く、治安がいい王宮近くは基本的に契約は一年更新、家賃もその時に一年分前払いする。勿論一年住まなかった場合は後から家賃は返金されるそうだけれど、そうすることによってきちんとした収入と財産があり、社会的信用が出来る人間だと証明されるのだという。
 確かに、碌な仕事についていない者や、収入があっても賭博や色事に使ってしまう人は排除出来るので、合理的と言えば合理的だ。

 勿論、皆が皆そんなお金なんて払えるわけではないので、それが出来ない人は中心街から少し離れた場所に住む。家賃は数か月置きの所もあれば、毎月、週払い、と家主によるらしい。田舎から出てきた人間や日雇い労働者、失業してしまった人なんかにはありがたいが、一方でスラムからの距離も近く、スリや盗難で生計を立てる人がうろついている地区でもある。

 私とイースは田舎から出てきたばかりで、あまりお金は持っていなかった。騎士は平民の中では比較的高収入とはいえ、働いて間もない時期に一年分もの家賃を払うことなんて出来ない。だから諦めてスラムに近い地区で部屋を探そうとしたのだが、イースを騎士団に誘ってくれた隊長様の好意で今の家を紹介して貰えた。

 今私たちが住んでいる家は中心街に近く、本来なら家賃一年分を前払いしなければならない地区だ。けれど、騎士という職業柄、悪いことはしないだろう、と、隊長さんの口利きもあって、大家さんからは、時々力仕事を手伝って貰えるなら三カ月ごとに家賃をまとめて払うのでいい、と言って貰えたのだ。

 私はイースから生活費を毎月貰っていたけれど、家賃はイースが自分で大家さんに払いに行っていた。その際に一緒に頼まれた力仕事をやれば効率がいいから、と。
 だから、まさか家賃が払われていないなんて知らなかった。大家さんも私の顔を見てそれに気が付いたのか、私を責めるようなことはせず、少し申し訳なさそうな顔をしている。聞けば、前の三カ月分は一応貰ってはいるが、それもかなり期日を遅れていたそうだ。遠いところから王都にやってきたばかりで大変なのだろうから、生活が安定するまでは、と大目に見ていたと言われ、申し訳なさと情けなさで居たたまれない気分になった。
 私、イースのこと全然わかってなかったんだ……。

 三か月分なら、取り合えず村にいた時に貯めていたお金を使えばなんとか払える。家にあるお金もかき集めて、大家さんに急いで渡した。気まずい雰囲気で帰って行く大家さんの背中を見つめながら、いい人に嫌な思いをさせてしまった嫌悪感と罪悪感が胸に渦巻いている。

 取り合えず、今回の三カ月分はなんとかなった。……といっても、実際には期日を過ぎてから支払っているので、大家さんに確認した次の家賃の支払い日まではあと一月半程しかない。その分を私一人で払うのは正直無理だ。
 それ以前に――イースから渡される生活費で暮らしていたが、額はまちまちで、正直言ってここ最近額がどんどん減っていた。自分が働けていないこともあって聞きづらくてイースには聞けなかった。
 でも、ここに帰ってこないイースは、何日も顔も合わせない私のために生活費や家賃を割く気はあるのだろうか。

 家賃を今払ってしまったせいで、私個人のお金の残金は心許無い。このままイースが帰って来なかったら、お金もないまま住む場所を追い出されてしまう。子どもを産むどころではない……。
 もうなりふり構っていられない、と私は王宮へ向かった。
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