初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー⑮

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 エイダンさんと話した後、家に帰った私は一晩中イースを待っていた。
 だけど、やっぱり帰って来ない。

 エイダンさんはきっと、イースにきちんと伝えてくれたと思う。チャラチャラしているけれど善良な人だってこと、何度か接する中でちゃんと分かっている。

 ……いつまでも、待っているばかりではいられない。

 仕方がないので、私は王宮に毎日通うことにした。
 子どものことも、仕事のことも、イースと話が出来ないことには先に進めないから。

 最初の数日間は、門の騎士にイースに取り次いでもらうよう、ダメ元で話し掛けたけど、どの人も答えは同じ。三日を超えたあたりから、私の姿を見るなり嫌な顔をされるようになったので、取り次ぎを求めるのはやめて、門が見える木陰でじっと待つことにした。

 ただ、一日中待っていられる訳ではない。
 たとえ仕事に繋がらなくても、自分のスキルが何かに役に立てる、ってことを確認したくて、デイブさんに連絡を取った。デイブさんは快くそれを了承してくれて、まずは王都のデイブさんの拠点でスキルの確認をすることになったのだ。

 デイブさんの商会は王都の中心街に店を出している。お店の地下には商品の貯蔵スペースがあって、そこで私の<腐敗>スキルを使用しながら色々と実験をすることになった。
 日時は決まっている訳ではなくて、デイブさんが仕事で王都にやってくる日に合わせて連絡が来ることに決まった。

 ここ数日はちょうど王都に滞在する予定だったから、と午後からはデイブさんのお店に足を運んでいるのだ。
 騎士の勤務時間を考えれば、午前中にデイブさんのところに行って、夕方以降ずっと王宮にのがいいんだろうけど、デイブさんにも都合があるので仕方ない。

 実験は順調に進んでいる。
 将来的にはデイブさんの商会がメインで扱っているワインやチーズに力を入れたいとのことだったけれど、最初は手軽に出来る生肉から試した。デイブさんの指示通りにスキルを使うと、あっという間に生ハムやサラミが出来た。どちらも私のような庶民の口には入らない高級品だ。

 初めて口にしたそれは美味しくて、でも本物を知らない私にはうまくいっているのかどうかイマイチ判断がつかなかったけれど、時々お酒のつまみに口にするというデイブさんによるととてもよく出来ている、ってことだった。

 ついでに、デイブさんのアシスタントをしているマイヤさんという女性の方に頼まれて、パンも作ってみた。フルーツから酵母を作るのもスキルを使えば一瞬で、生地を発酵させるのも一瞬。色んな種類のパンがあっという間に完成して、デイブさんもマイヤさんもパンに生ハムを載せて喜んで食べていた。

 デイブさんは自身の商会で扱っているワインを改良して、来年の品評会で優勝を目指しているんだって。
 年に一度、王都では国中のワインを集めての品評会があるのだ。審査員には毎年王族も参加していて、そこで優勝をすると王家に納品することが出来る――つまり、王家御用達の看板を掲げることが出来るのだ。

 ワインを足掛かりに、チーズや他の商品の評判も広めて行きたい、って語るデイブさんの瞳はキラキラしていて、村にいた頃、騎士への憧れを語るイースの姿を思い出した。
 そのためにはやっぱり、実際にブドウを生産している農園に一緒に来てほしい、と言われてしまった。来年の品評会を目指して味の改良をするのなら、いつまでも王都でグズグズしている時間はない。



******



 王宮近くで張り込みを初めて一週間。
 朝か強い日差しで眩暈がして、木陰で身体を休めていると、ふっと頭上に影が差した。


「リシュリーちゃん」

 あれ? と違和感を覚えながらも聞き覚えのある声に顔を上げるとエイダンさんが不快感を露わにして立っている。


「はッ……やっぱり本当なんだ。君さ、いつまでこんなところで待ち伏せ続ける気?」


 エイダンさんの瞳には、隠しきれない嫌悪感が浮かんでいる。初めて言葉を交わした、不信感を抱かれていたであろうあの夜でさえ、こんな目は向けられたことが無い。


「え、あの?」

「警備の騎士たち皆、迷惑してるんだよね」

「それは、でも、」

「言い訳とかもういいから。もう知ってるんだよね。君が嘘ついてる、ってこと。イースの妻とか言ってたけど、あれ全部嘘なんでしょ?」

「えっ……」

「イースから聞いたよ? 君の名前出したらそんな女知らないって言うから驚いた。君の特徴言ったら真っ青になってたよ。隊長に声を掛けられて村を出ることにした自分を追いかけてきて、王都に来てからも付きまとわれてるって困ってたよ。そうそう、リリーって名前まで嘘なんだってね。本当はリシュリーって言うんでしょ? さっき俺がリシュリーちゃん、って呼んでも普通にしてたしね?」


 軽蔑の眼差しを受けながら、エイダンさんの言葉に頭が真っ白になる。
 そう言えば、私はエイダンさんに本当の名前を伝えてなかった。流れでリリーと言ってしまって、食堂のおじさんやおばさんなんかにもそう呼ばれていたから、特に訂正はしなかったんだ……。

 だけど、“田舎から無理矢理自分を追いかけてきた”?
 どうして、そんなことを言うの? 私がイースの誘いで一緒に村から出てきたことは、王都まで一緒にやってきた騎士の人達は知っているのに?

 混乱する私に追い打ちをかけるように、エイダンさんが続ける。


「俺さ、念の為に貴族籍管理科に行って確認までしたけど、イースは独身で君と結婚した書類なんてなかったよ。君の言うことを信じるんじゃなかった」

「ちがっ! わ、私は本当にイースの」

「兎に角、あんまり酷いとこっちも対処しなくちゃいけなくなる。もう此処に来ないでくれない? 本当にイースの妻、いや、実際イースが独身なのは確定しているんだからいい所恋人?なら、こんな所で待っていなくてもイースの方から会いにくるでしょ」

 素っ気無い態度でそう言い捨てると、反論する暇も与えずにエイダンさんは去って行った。



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