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リシュリー⑱
しおりを挟む更に翌日。またもデイブさんのお店の上階を借りて、私はジュンさん、デイブさん、マイラさんと顔を合わせていた。今日は月に一度の店の定休日だというのに、わざわざ場所を提供してくれただけではなく、顔を出してくれたデイブさん達には感謝しかない。
涙ぐみ、頭を下げる私に二人は、「今日は雇い主でも同僚でもなく、純粋な友人として此処にいるのだから気にするな」と何でもない風に言うので、余計泣きそうになった。
ジュンさんは初対面の印象通り、とても有能な方だった。
弁護士という立場は余程強いのか、あっさり王宮で婚姻関係の照会をすると、その足で教会を回り、その後イースの素行調査に入った。結果、たった数日しか経っていないのに、見事な報告書が私の目の前に置かれている。
平民だが私の村は比較的学習環境が整っていたため、読み書きは問題なく出来る。
「まずはこちらを」
そう言って渡された報告書には、王都に来てからのイースの行いが記してあった。
騎士になって割と直ぐに先輩騎士に誘われて娼館やいかがわしい店へ出入りするようになっていること。
私の存在を知る村に来ていた騎士仲間には、早い段階で王都に来てからウマが合わず別れた、と話していること。
親しくしている女性は複数いたが、今はとある店で給仕をしている年上の女性と懇ろな関係になっていて、半同棲生活を送っていること。
中には関係を持った女性の一覧や、女性へ贈ったプレゼントの金額まで、短時間でどうやって調べたのか、と思うようなことまで書いてあった。
「そっか……私、初めから愛されてなかったんですね」
呟いた私に、ジュンさんは何も言わなかった。
因みに私の許可を得て報告書を読んだマイラさんは隣で静かに怒り狂っている。
「ねぇ、これ、コイツの親は知ってるの? 同郷なんでしょう?」
そう、実はエイダンさんにストーカー妄想女扱いされたあの時から、私もそれが気になっていた。
私の認識では、イースの両親と私の両親は仲がよく、イースのお父さんもお母さんも私を実の娘のように可愛がってくれていた。結婚して王都に行くと行った時も賛成してくれたし、手紙で結婚式は村で行う、と伝えた時も喜んでいた。
彼らは、イースが私を騙して捨てたことを容認しているのだろうか? 私の知っているイースの両親は、利己的な所が無いとは言わないが、基本的には純朴で良い人達だった。
彼らが私が思っている通りの人達だったなら、イースが私にした仕打ちを許すことはないだろう。
もしかして、イースは彼らに何も伝えていない?
けれど、どうせ一度でも田舎に帰った時に私がいなければ、もしくは私が両親に真実を告げれば全て露呈してしまう。
そんな愚かなことをするだろうか。
それとも、イースは金輪際村に帰る気が無いのだろうか?
けれど、彼らは私が思っていたような人間ではなく、息子のためなら近所の女の子がどうなろうと知ったこっちゃない、という感性の持ち主だった可能性もある。
答えを知らない私の代わりに、マイラさんの質問に答えたのはジュンさんだ。
「恐らくですけど、彼は田舎のご両親には何も話されてないようですよ。手紙が宿舎に届いたことはあるようですが」
まさかの答えに、私は言葉を失った。
「ご実家や彼のご両親に直接話を聞き取りに行ってもよかったんですが、リシュリーさんの今後のご意向によっては悪影響となる可能性を考慮して、そこまでは行っていませんので確実とは言えませんが」
「うわー……なんていうか、王都に来てはっちゃけちゃう短慮な田舎者、って感じ」
「そうだな」
「そうですね」
さらりとマイラさんに同意するジュンさんとデイブさんに、何故か私まで恥ずかしくなる。
(イースは、故郷まで捨てたの……?)
「ちなみにお聞きしたいのですが、リシュリーさんは今後どうされるおつもりですか? ひとまずは迅速な事実関係の確認を、という依頼でしたが……リシュリーさんにその気があるなら、結婚詐欺として訴えることも出来ますよ。教会で誓約していますし、リシュリーさんご自身だけでなく、互いの家族もそのように認識していた上に、近所の人にもそう紹介していた事実があります。
投獄は叶わないでしょうが、職業柄、裁判に持ち込まれるのは避けたいでしょうから相場の慰謝料くらいは毟り取れる筈です。それに人の口に戸は立てられませんから、リシュリーさんへの所業が広まれば騎士を続けられるかどうか怪しいですね」
ジュンさんは教会で誓約書の写しを作成し、大家さんや近所の人たち第三者からしっかり証言を取っていた。私の手元には双方の両親から結婚を祝う言葉の書かれた手紙もある。
それだけで、結婚詐欺として充分な証拠になるらしい。
「あとは、お腹のお子様ですね。堕胎される場合はその費用と慰謝料を、ご出産される場合は慰謝料に養育費を上乗せして請求することが出来るかと。但し、お子様をイース様のお子だと認知してもらうことが前提になるのと、将来的に親権を争うことになる可能性もあります」
認知……イースと自分の関係にばかり目が向いて、お腹の子のことについてはそこまで考えていなかった。
そうか、これから私がこの子を産んだとして、イースが認知しなければ、この子は父親のいない私生児になってしまうんだ。
それが生きていく上でどれだけマイナスになるのか、世間知らずの私でも簡単に想像がつく。
私がこうして、外に出るようになったのはごく最近だ。それまでは食材を買いに市場へ行く他は殆ど家に籠もっていた。私は私のお腹の子の父親はイースしかいないと断言出来る。けれど、万が一それを証明しろ、と言われたら難しい。
だけど、私の気持ちはもうとっくに出産へ傾いていた。
昨日から何度も何度も、感じる胎動。
自分は生きているんだ、と主張しているようなそれ。
私一人でこの子を育てていける自信なんて全然無い。
お金もなければ経験も無い。
父親がいない不幸な子を増やすだけかもしれない。
だけど、この子を殺すなんて、考えられない。
この子は、私の子だ。たとえ父親に望まれなくても、私の大事な子だ。
ジュンさんに話を聞くまでは、せめて別れる前に子どもが出来たことだけは伝えたいと思っていたけれど……――。
「どの道を選んでも、私に出来る限りはサポートします」
「俺も」
「私だってそうよ!」
「皆さん……」
真摯な瞳が、私を見つめる。
(そうだ、私は一人ぼっちな訳じゃない……。)
こんなに親身になってくれる人がいるじゃない。
ここにいる人たちだけじゃない。食堂のおじさんやおかみさん、サニーちゃんだって……助けを求めたら、皆力になってくれたじゃない。
それに――
ぽこり。
まるで私の心を読んだかのようなタイミングでお腹を蹴る我が子に笑ってしまう。臍の緒で繋がっているから、この子には私の感情や考えが伝わっているのかも知れない。
想像するんだ。
この子と、自分のため、一番良い未来を。
最良の未来を掴むため、私は心を決めた。
「私は――」
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