初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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イース①

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「おーいイース。お前宛に荷物が届いてんぞ」


 仕事終わり、街へ出る前にシャワーを浴びようと宿舎に戻ると、管理人から声を掛けられた。宿舎の管理人は怪我や加齢で引退した元騎士が勤めていて、騎士個人へ宛てた手紙や荷物は一旦管理人が受け取り、その後本人の手に渡されることになっている。

 礼を言って受け取ると、差出人の名前は書かれていなかった。不審に思い眉を顰めるが、危険物の可能性があれば管理人から注意を促される筈なので、問題は無いのだろう。
 部屋に戻り、荷物の封を開ける。中には着古した衣服が少しと、色の褪せた置時計や村から出てくる時に身に着けていた鞄、読みかけの本、村の皆から餞別に貰った田舎くさいアミュレットなど、細々したものが入れられていた。

「これは……」

 全て、リシュリーと暮らしていたあの部屋に置いてあった物。どれも今の俺の暮らしには必要無い物だ。もうあの家に住むことを俺は、すっかり捨てた気分になっていた。差出人の名前こそ書いていなかったが、リシュリーが送ってきたのだろう。
 突然目の前に突き付けられたそれらに、少しの罪悪感と安堵を覚える。
 いつまで俺に拘るつもりかと思っていたが、こうして荷物を送ってきたのだから、漸く俺のことは諦めたのだろう。
 
(こんなの、全部勝手に捨ててくれて良かったのに……。)

 荷物の入っていた箱ごと与えられた宿舎の部屋の隅に押しやると、数日前の出来事が思い出された。

 つい数日前、休日に恋人のアルカと歩いていると、見慣れた後ろ姿が目に入った。

(何故あんな所にいるんだ?)

 そう思った瞬間に足が止まっていた。
 遠くからでも目立つ長い黒髪に身長の低い小柄な体型。珍しく、俺が見たことのない鮮やかな色のブラウスとスカートを身に着けているが、村にいた頃から十年以上も隣で見続けてきたその姿は服を着替えた位で見間違える筈も無い。

 思わずぼう、っとしていると、俺の腕に胸を押し付けるようにしていたアルカが突然立ち止まった俺を覗き込んだ。アルカの声に反応したリシュリーが顔を上げる。

 久々に真面に向き合った、リシュリーの瞳。薄紫色の瞳に真っすぐ見つめられ、かつては彼女と目が合うだけで胸が高鳴っていたことを思い出した。
 リシュリーの野に咲く菫のような美しい紫色は珍しく、小さい頃は彼女のその美しい瞳に自分を映して欲しくて、周囲をうろちょろしていたのが随分と遠い昔の出来事に思えて懐かしい。

 リシュリーと顔を合わせるのはいつぶりだろうか。
 此方を認識したリシュリーの顔が強張るのを見ながら、もうずっと見ない振りをしてきた後ろめたさがムクムクと湧いてくる気がして、気付けば目を逸らしていた。

 俺の中では、リシュリーとの関係はとっくに終わっている。
 リシュリーを王都まで連れて来ておいて悪いとは思うし、別れの言葉をはっきりと告げた訳では無いが、男女の機微が分かるなら、俺たちの関係は切れたと分かる筈だ。
 それを理解してない様子のリシュリーに苛々して、俺はいい機会なのではっきりと釘を刺すことにした。“昔寝たことがある女”――そう呼ぶことで、俺とリシュリーの間には、もう何の関係も無いんだと分からせるために。

 そして今日送られた来た荷物を見る限り、どうやらその意図はリシュリーに正しく伝わったようだ。
 幼い頃から長らく続いた俺と彼女の縁は、此処で切れた。

 ほんの少し、胸の奥がちりちりと痛み、鉛を飲んだような気持ちになるのはきっと、ただの感傷だ。狭い世界しか知らなかった頃、直向きに彼女だけを愛していた自分が消えたことに対する感傷。
 
 リシュリーを生涯愛する、と思った時間は俺の中に確かに存在する。
 けれど、王都にやってきて、幼い頃からの夢を叶えた俺は、広い世界を知った。結果、気持ちが変わってしまったことは誰にも責められないだろう。

 頭を切り替え、着替えてアルカの店に飲みに出掛ける。
 

「今日もうちに泊まっていくでしょ?」


 ぽってりとした赤い唇を吊り上げ蠱惑的に微笑むアルカは艶めかしく、いつもなら二つ返事で頷いていただろう。
 けれど、今日は何故だかその気になれなかった。


「あー、悪いけど明日朝早いんだ。また明日来るよ」

「なぁんだ、つまんないの。ま、いいや。適当に他の人を誘うから」

「……飲むだけならいいけど、他の男とは寝るなよ?」

「ふふっ、どうしようかな。心配なら泊って行けば」

「また明日来る」


 店にいる他の男達に見せつける様に深くアルカの唇を貪り外に出る。
 ……別に明日は特別早い訳でもないのに、その気になれなかったのは何故だろう。

(漸く肩の荷が下りて、きっと疲れが一気に来たんだな。)

 その夜、瞼を閉じると澄んだ菫色の瞳が浮かんできて、暫く寝付けなかった。

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