22 / 43
イース③
しおりを挟む
『大人はわざわざ付き合おう、とかさよなら、とか口に出さないわ。そういうのは相手の態度や言葉から察するものでしょ?』
誘われるままに関係を持ったアルカに言われ、俺は衝撃を受けた。確かに、周りの騎士連中もわざわざ告白や別れ話なんてしているのを見たことも聞いたこともない。
アルカに言わせれば、そんなのは子どものママゴト、らしい。
その言葉を聞いて、俺の心はふっと軽くなった。同時に、それがアルカの身体に溺れるキッカケにもなったのだが――いい加減リシュリーと向き合わなければ、という重たい気持ちが癒やされていくのを感じたんだ。
もう子どもじゃないんだ。分かりやすく態度で示せば、流石にリシュリーにも俺の気持ちは伝わるだろう。
もしも結婚していれば離縁手続きが必要な関係上、話し合わなければいけなかったかもしれないが、実際には俺達はただ同棲していただけだ。
教会に問い合わせれば結婚していないことは分かるだろうから、リシュリーも身を引くだろう。俺がいなければロクなスキルも持たないリシュリーは職がなく生活していけない。放置していれば村にでも帰るだろう。
それか、案外他に男を作って寄生するかもな。
村にいる両親には、ほとぼりが冷めた頃にリシュリーとはうまく行かなかったと手紙を送れば大丈夫だろう。
そうして、俺はアルカと付き合い始めた。リシュリーの時とは違う、刺激的で大人な関係だ。
だけど、俺の予想に反してリシュリーは諦めなかったのだ、と、エイダンに声を掛けられて気付いた。
もしかして、夫婦でないことにまだ気付いてないのか?
リシュリーのことを知っている隊長や騎士仲間には、王都に出てきたらお互いうまくいかなくなって別れた、と言っている手前、妻だという主張するリシュリーに付きまとわれるのは迷惑だし、都合が悪い。
幸いエイダンは村での俺とリシュリーを知らない。
エイダンにはそんな役回りをさせて申し訳ないと思うが、俺は「リリーと言うのは偽名で、本名はリシュリー。俺に妻はいない。そいつには村にいた時から付き纏われて迷惑している」と言った。
俺の話を信じたエイダンは、憤りながらリシュリーを追っ払いに行ってくれた。
……多少の後ろめたさはあるが、ほぼ本当のことだ。
“リリー”の本名はリシュリーだし、俺に妻はいないし、今俺は彼女に付き纏われている。
何も問題は無い。無かった、筈だ。
そう思うのに、エイダンの真っ直ぐな視線が痛い。
どうして今頃になって、リシュリーのことなんか気にしだしたんだ?
「いや、少し気になってな」
「気になるって、何が?」
「お前が嘘を言っていると思っているわけじゃないけどさ。でも、リリーちゃん、じゃない、リシュリーちゃんが嘘を言っているようにも思えなくてさ。結婚してます、なんて嘘ついたって、確認したらすぐにバレるのに。妙に必死だったし、何か訳が合ってお前を頼ったとか、そういうことじゃないのか?」
「そんなの……」
「あのさ。俺がこっちに戻ってきたばかりの頃。お前、俺にカップル向けのデートスポット聞いてきただろ?」
「ああ……そう言えば、そんなこともあった、な」
「お前は忘れているかもしれないが、『有名な観光名所やお洒落な店よりも、ゆっくり落ち着けて自然がある場所』って言ったんだ。派手な商売女に入れあげているんなら釘を差しておこうかと思ったが、それを聞いて真剣に付き合っている奴がいるんだな、って俺は思ってた」
エイダンのその発言は、田舎者と馬鹿にされているようで頬が熱くなった。エイダンはそんなつもりはないんだろう。だけど、イースにしてみれば都会育ち故の傲慢な上から目線だ。
都会に出てきて浮かれ、羽目を簡単に外す馬鹿な田舎者だと思われていた、と本人の口から聞かされているのだ。
自分はそんなことはしない。……リシュリーと別れたのは、都会に出てきて浮かれたからではない。ない、筈だ。
「だけど、いつからかお前、そんなこと言わなくなったよな。色んな女と遊びだして、洒落た店や宝飾店みたいな情報を聞いてくるようになっただろ。それこそ、アルカ嬢のような王都の女が好むような場所をさ」
チャラチャラしているようで、意外によく見ている。おまけに記憶力もいい。イース本人ですら忘れているような何気ない会話を細部まで覚えているエイダンの、上の階級の覚えが良い理由が分かった気がする。
「お前がこっちに来た時に付き合っていた女と、今の女は全然別だよな。……本当に、リシュリーちゃんとは付き合って無かったのか?」
「……っ!」
此処で否定するのは簡単だが、リシュリーの存在を知る他の騎士仲間に確認でもされたらまずい気がする。
「……実を言うと、村にいた時は少し付き合ってたんだ。王都に追いかけて来られてから仕方無く何回か寝たけど、それだけだ」
「おまっ……付き合ってんじゃねーかっ!」
「昔のことだったから……ちゃんと説明しなくて悪かったよ」
「ふざけんなよ、俺、ひどいこと言っちまったぞ……」
俺の向かいで、エイダンが頭を抱えている。
嘘をついたのは悪いと思うけど、リシュリーとエイダンには何の関係もないのに、大袈裟な。
何をしに来たのか、結局エイダンは朝練をすることなく演習場から去っていた。去っていくエイダンの瞳に軽蔑の色が浮かんでいたことに、俺は気付かなかった。
誘われるままに関係を持ったアルカに言われ、俺は衝撃を受けた。確かに、周りの騎士連中もわざわざ告白や別れ話なんてしているのを見たことも聞いたこともない。
アルカに言わせれば、そんなのは子どものママゴト、らしい。
その言葉を聞いて、俺の心はふっと軽くなった。同時に、それがアルカの身体に溺れるキッカケにもなったのだが――いい加減リシュリーと向き合わなければ、という重たい気持ちが癒やされていくのを感じたんだ。
もう子どもじゃないんだ。分かりやすく態度で示せば、流石にリシュリーにも俺の気持ちは伝わるだろう。
もしも結婚していれば離縁手続きが必要な関係上、話し合わなければいけなかったかもしれないが、実際には俺達はただ同棲していただけだ。
教会に問い合わせれば結婚していないことは分かるだろうから、リシュリーも身を引くだろう。俺がいなければロクなスキルも持たないリシュリーは職がなく生活していけない。放置していれば村にでも帰るだろう。
それか、案外他に男を作って寄生するかもな。
村にいる両親には、ほとぼりが冷めた頃にリシュリーとはうまく行かなかったと手紙を送れば大丈夫だろう。
そうして、俺はアルカと付き合い始めた。リシュリーの時とは違う、刺激的で大人な関係だ。
だけど、俺の予想に反してリシュリーは諦めなかったのだ、と、エイダンに声を掛けられて気付いた。
もしかして、夫婦でないことにまだ気付いてないのか?
リシュリーのことを知っている隊長や騎士仲間には、王都に出てきたらお互いうまくいかなくなって別れた、と言っている手前、妻だという主張するリシュリーに付きまとわれるのは迷惑だし、都合が悪い。
幸いエイダンは村での俺とリシュリーを知らない。
エイダンにはそんな役回りをさせて申し訳ないと思うが、俺は「リリーと言うのは偽名で、本名はリシュリー。俺に妻はいない。そいつには村にいた時から付き纏われて迷惑している」と言った。
俺の話を信じたエイダンは、憤りながらリシュリーを追っ払いに行ってくれた。
……多少の後ろめたさはあるが、ほぼ本当のことだ。
“リリー”の本名はリシュリーだし、俺に妻はいないし、今俺は彼女に付き纏われている。
何も問題は無い。無かった、筈だ。
そう思うのに、エイダンの真っ直ぐな視線が痛い。
どうして今頃になって、リシュリーのことなんか気にしだしたんだ?
「いや、少し気になってな」
「気になるって、何が?」
「お前が嘘を言っていると思っているわけじゃないけどさ。でも、リリーちゃん、じゃない、リシュリーちゃんが嘘を言っているようにも思えなくてさ。結婚してます、なんて嘘ついたって、確認したらすぐにバレるのに。妙に必死だったし、何か訳が合ってお前を頼ったとか、そういうことじゃないのか?」
「そんなの……」
「あのさ。俺がこっちに戻ってきたばかりの頃。お前、俺にカップル向けのデートスポット聞いてきただろ?」
「ああ……そう言えば、そんなこともあった、な」
「お前は忘れているかもしれないが、『有名な観光名所やお洒落な店よりも、ゆっくり落ち着けて自然がある場所』って言ったんだ。派手な商売女に入れあげているんなら釘を差しておこうかと思ったが、それを聞いて真剣に付き合っている奴がいるんだな、って俺は思ってた」
エイダンのその発言は、田舎者と馬鹿にされているようで頬が熱くなった。エイダンはそんなつもりはないんだろう。だけど、イースにしてみれば都会育ち故の傲慢な上から目線だ。
都会に出てきて浮かれ、羽目を簡単に外す馬鹿な田舎者だと思われていた、と本人の口から聞かされているのだ。
自分はそんなことはしない。……リシュリーと別れたのは、都会に出てきて浮かれたからではない。ない、筈だ。
「だけど、いつからかお前、そんなこと言わなくなったよな。色んな女と遊びだして、洒落た店や宝飾店みたいな情報を聞いてくるようになっただろ。それこそ、アルカ嬢のような王都の女が好むような場所をさ」
チャラチャラしているようで、意外によく見ている。おまけに記憶力もいい。イース本人ですら忘れているような何気ない会話を細部まで覚えているエイダンの、上の階級の覚えが良い理由が分かった気がする。
「お前がこっちに来た時に付き合っていた女と、今の女は全然別だよな。……本当に、リシュリーちゃんとは付き合って無かったのか?」
「……っ!」
此処で否定するのは簡単だが、リシュリーの存在を知る他の騎士仲間に確認でもされたらまずい気がする。
「……実を言うと、村にいた時は少し付き合ってたんだ。王都に追いかけて来られてから仕方無く何回か寝たけど、それだけだ」
「おまっ……付き合ってんじゃねーかっ!」
「昔のことだったから……ちゃんと説明しなくて悪かったよ」
「ふざけんなよ、俺、ひどいこと言っちまったぞ……」
俺の向かいで、エイダンが頭を抱えている。
嘘をついたのは悪いと思うけど、リシュリーとエイダンには何の関係もないのに、大袈裟な。
何をしに来たのか、結局エイダンは朝練をすることなく演習場から去っていた。去っていくエイダンの瞳に軽蔑の色が浮かんでいたことに、俺は気付かなかった。
18
あなたにおすすめの小説
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる