初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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イース④

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 リシュリーが俺を最後に訪ねて来た時から暫く経った。
 俺は相変わらず王都で騎士を続けている。

 エイダンとは、リシュリーのことを尋ねられて以降、仕事中しか口を聞かなくなった。無視されている訳では無いし、話しかければ答えてはくれるが、以前と比べて明らかにそっけない。

 別にエイダンとはそれほど気が合っていた訳ではないし、仕事上問題ないならいいか、と思っていたが、最近他の何人かの騎士にも距離を取られているような気がする。
 エイダンが何か余計なことを言い触らしているのか、と勘繰って探りを入れてみたが、リシュリーのことを誰かに話した訳ではなさそうだ。エイダンは階級が上の奴らに目を掛けられているので、そのエイダンが俺を避けることで他の騎士から遠目に見られているのかもしれない。



「イース、今演習場に団長いるらしいぜ? 希望する奴とは手合わせしてくれる、ってんで今列が出来てるらしいぞ!」

 勤務時間が終わりシャワーと着替えを済ませ、宿舎を出た所で仲間の騎士にばったり会った。同じ騎士団にいるとはいえ、多忙な団長から直接指導を受けられる機会は早々無い。いつも落ち着いている奴なのに、同僚の目は珍しくキラキラと輝いている。


「へえ」

「どうした? 待っててやるから早く着替え直して来いよ」


 同僚が首を傾げる。俺も一緒に行くと疑っていない目だ。 頷きかけて、自分の服装が目に入った瞬間、俺の頭に浮かんだのは面倒だな、という感想だった。
 アルカに見立てて貰い新調した、仕立ての良いブルーのシャツと、細身の白いスラックス。「お忍びの貴族みたいよ」とアルカお墨付きの、お気に入りの服だ。

 折角勤務時間を終えシャワーを浴びて着替えたのに、またお洒落とは言えない練習着に着替え、演習場の土埃と汗にまみれる羽目になると思うと、どうも気が進まない。


「あー……俺は止めとくよ」

「はっ?! 団長と手合わせだぞ?! 久々に打ち合いして貰えるチャンスなのに、行かないのか?」


 同僚が目を丸くし、信じられないという表情で俺を見る。


「行きたいのは山々だが、用事があんだよ」

「そんなに大事な用事なのか? 団長との手合わせより?」

「……またチャンスはあるだろ」

「そうか。勿体ないけどまぁ、用事があるなら仕方無いな。じゃ、俺は早く行くよ」


 イマイチ納得出来ないと言いたそうな顔で背中を向けて走っていった同僚の姿を見送ると、思わず大きな溜息が出る。

(どうせ手合わせして腕を上げた所で、やることといえば見回りだ。剣の腕を奮う場なんてそう無いだろ。)


 以前の俺なら、同僚と同じように目を輝かせて演習場に走って行っただろう。
 だが、最近の俺は退屈していて――正直に言うと、今の仕事に不満が溜まっていた。あんなに憧れていた騎士になれたというのに、まさか早々にこんな気持ちになるとは思っていなかった。

 来る日も来る日も王宮内の警備と、王都の治安維持任務ばかり。そりゃあ、事件や事故は起きないのが望ましいが、折角鍛えた剣の腕も振るう機会が無ければ鈍っていく。折角の<剣士>スキルも中々生かす機会は無く、これじゃあ村にいた時と大差ないと不満が募っていく。

 近頃は朝・晩と欠かさず行っていた鍛錬にもどうも身が入らず、気付けば勤務後はアルカの店や馴染みの娼館に足が向いている。
 さっき、同僚には「予定がある」と言ったが、本当は予定なんて無い。いや、あるといえばあるのだが、アルカの店に行こうと思っただけで、別に約束している訳じゃない。

 小隊長クラスになると、王宮で行われる茶会や夜会の警備や、王族の移動時の護衛任務などにも携われるのだが、戦争をしている訳でも無く、大きな犯罪が起こっているわけでもない現状は上が状態で、中々階級を上げて貰えない。剣の腕だけなら、既に俺は充分小隊長クラスの実力はあるのに……こうも平和じゃあ、それをアピールすることさえままならない。

 もやもやした気持ちでアルカの働く店へ向かうと、意外そうな顔のアルカが俺を出迎えた。


「あら? 今日も来たの」


 今日のアルカは、胸の谷間を見せつけるような煽情的なドレスを纏っている。まだ夕食には少し早い時間というのもあり、店内の客は疎らだ。勧められるまでも無く、いつもの席に座る。


「なんだよ、来ちゃ悪いか?」

「ふふ、怒っちゃ嫌よ。此処の所毎日来ているから大丈夫なのかな、って心配しただけよ?」

「それだけ平和ってことだ」

「なあに、平和なのが不満?」

「そういうワケじゃないけど、ちょっとな。なぁ、アルカ。もう上がれるか? 今日は思いっ切りヤリたい気分なんだ」


 他の客に聞こえないよう、グラスに酒を注ぐアルカの耳元で囁くと、アルカが少し呆れたような顔をする。


「騎士様には悪いけど、まだ夜の営業が始まったばかりよ? 流石に抜けられないわ」


 アルカが視線で店内の時計を示す。


「それとも、私をくれれば早く上がれるかもね?」

「はぁ、ったく、分かったよ。一番高いワインを頼むよ」

「ステーキもどう? 今日は最上級のボア肉ですって」

「まったく、商売上手だな。それも頼むよ」

「はあい」


 アルカの働くこの店は、表向きはただの酒場ということになっているが、店の二階が所謂“連れ込み部屋”になっていて、金を払えば気に入った女の子とそこにシケこむことが出来る。気に入った女の子、の中には男漁りに来ている酒場の女性客だけでなく、アルカのような給仕も含まれる。勿論、相手の同意があるのが大前提だが。

 田舎から出てきた俺はそんな店の存在を知らなかったので、最初は人目を憚らず二階に消えていく男女の姿に面食らったものだ。何度もこの店に通った今じゃ、すっかり見慣れた光景だ。

 慣れない店でそわそわする俺に色々と教えてくれたのはアルカだ。アルカはこの店の給仕の子の中でも中堅どころながら、金を積まれても店の客と二階には行かない給仕で一目置かれていた。

「気持ちいいのは嫌いじゃないけど、私は娼婦じゃないから」

 自分にいやらしい視線を送る男共にきっぱりと告げる姿に、思わずどきりとした。色気たっぷりの容姿でくるくると愛想良く笑いながら、矜持を持って働く凛とした姿は新鮮で、俺の目に鮮烈に焼き付いた。その時恋人だったリシュリーと思わず比べてしまったのは仕方ない。

 思えば、最初はただの付き合いで、アルカと気安くなってからは息抜きに店を訪れるだけだったのに、気付けば俺の気持ちは随分と彼女に傾いていた。彼女といると、身も心も軽くなるのだ。

 アルカと出逢った頃、俺は密かに落ち込んでいた。
 先輩騎士に誘われ、断り切れず娼館に行ってしまったのだ。愛する人以外と行為をすることなんて考えられないと、最初はだけの筈だったのに、結局はプロの手練手管の前にあっけなく陥落し、猿みたいに盛ってしまった。
 リシュリー以外の人と寝てしまった罪悪感でリシュリーの顔をまともに見れず、仕事が終わった後も外食して帰ることが増えた。何も知らずニコニコと俺に話しかけるリシュリーの姿に、後悔が襲ってくる。

 そのくせ、新たに知ってしまった快楽は俺の頭を悩ませた。リシュリーが悪いわけではないが、彼女は俺しか知らない。よくも悪くも純粋な分受け身で、自分から積極的に動くということが無かった。その点、娼館の女は――。
 商売女と比べるなんてとんでもない、と分かっているが、若い身体は快楽に弱く、周囲の騎士に誘われるままに娼館に立ち寄るようになった。


「そんなに難しく考えることないんじゃない? 経験を積んだ男の方が魅力的だもの。男を磨いているって思えばいいの。イースは真面目すぎよ。王都ここじゃ、それくらい皆やってるわ」

 
 アルカの言葉は、俺の心を軽くした。そこからアルカと話したくて店に通うようになった。彼女はいつも、俺の欲しい言葉をくれる。

 アルカとの距離が縮まると、俺たちの間には親密な空気が漂いだしたのは嫌でも分かった。他の客と接する時と、俺とでは彼女の態度が微妙に違うのだ。声に艶があるというか……。
 それに気付いていながら、店に通うことを止めなかった。否、むしろ以前より頻繁に通うようになった。美しく色気のある彼女が他の客の前で俺だけに好意を示すのは気分が良かったし、俺も彼女に惹かれていたから……。

 そしてアルカが初めて俺に身を任せて来た日、俺は突き離すことが出来なかった。既に他の騎士連中に誘われて娼館に行き、リシュリー以外の女と関係を持っていたのもハードルを軽くした。
 決して“客と二階に行かない女”だったアルカは、俺とだけは二階に行くようになった。

 アルカの身体は素晴らしかった。豊満な胸にキュッと引き締まったウエスト、丸くて触り心地の良い尻……初めての時は互いに夢中になって、朝方まで彼女を貪ってしまった。
 村で畑仕事をしていて体力がある筈のリシュリーは二回もすれば疲れてすぐ眠ってしまっていたからいつも不完全燃焼だったが、その点アルカは最後まで俺に付き合ってくれて、身も心も満たされる。

(リシュリーもアルカくらい、別れなかったのに……。)

「経験豊富な方が魅力的だ」というアルカの考え方に賛同して、時々は娼館に行ったり誘って来た行きずりの女と関係を持つこともあるが、継続して関係を持っているのは、今はアルカだけだ。

 上機嫌でバックヤードに戻っていくアルカの、大きく露出した背中やドレスの生地越しでも引き締まっているのが分かるぷりっとした尻を見ていると、胸のもやもやがむらむらと性欲に変換されていくのが分かる。今夜これからアルカと過ごす熱い夜を想像するだけで下半身が疼いた。
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