初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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イース⑦

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「ビッグニュースだ! 今、王女殿下の専属護衛を探しているらしい。うちも対象だってよ!」


 昼の食堂に駆けこんできた騎士の一人がそんなことを言い出した。


「はぁ? 王族の護衛なら近衛の仕事だろ。俺らの仕事は治安維持」

「最近じゃ平和すぎて何でも屋化しつつあるけどなー」

「ほんとソレ」


 なんて、周りの奴らは皆何言っているんだ、って肩を竦めている。俺も同じ感想だ。


「ちっがうんだって! 近衛のいかついおっさ……失礼、近衛の鍛え上げられた騎士様方じゃ駄目らしいぞ」

「どういうことだ?」

「それがさ――」


 同僚の話によると、なんでもまだ幼い王女殿下は大人の男、それもいかつい男特にをひどく怖がるらしい。王女殿下は確か今年で八歳になる筈だが、これまでそんな話は一度も聞かなかったので、もしかしたら大人の男が怖くなるような何かがあったのかも知れない。

 花形といえる近衛騎士の殆どは、不測の事態にも柔軟に対応出来るよう経験を積んだ熟練の騎士だ。加えて王族について回ることから、見目が麗しいこと、ある程度のマナーや教養は必須条件になるので貴族家出身が多い。
 俺も含めて今食堂にいる連中は皆、余程のことがない限り近衛騎士になれるチャンスは無に等しい。

 けれど、何があったか知らないが、今回はその万に一つもないチャンスがやって来た。
 姫様があまり今の近衛騎士達を怖がるので、俺たちのような騎士になって年数の浅い騎士を引き抜き、鍛えていくことにしたそうだ。

 条件は以下の通り。
 なるべく王女殿下に年が近いこと。
 護衛を務められるだけの最低限の剣の腕が立つこと。
 既婚であればより望ましい。

 まだ幼い王女殿下は公務らしい公務もないので、容姿はそれほど重視されず、マナーや教養については後から学ばせればいい、という破格の条件だった。

 話を聞いた食堂にいる面々はにわかに活気づいた。
 
 だけど一番喜んだのは、間違いなく俺だろう。

 俺は成人してすぐにこっちへ来て、騎士になった。だから王都の騎士団の中で、今俺は最も年齢が若い。最近やってきた新人たちも皆、俺よりニ、三は年上だった。
 騎士の中でも<剣士>スキルを持つ人間は多くない。スキルのブーストもあってか、若手の中で俺の剣の腕は頭ひとつ抜きんでている。打ち合いでも小隊長以下の人間には負けたことがない。

 まるで俺を護衛にしたいが為につけた条件か?! と思った。それ程、すべての条件が俺に当て嵌まっていたからだ。
 まぁ、既婚という部分だけがネックだが……幸いにして必須の条件では無い。護衛に若さを求める以上、既婚者である可能性は低くなるのは仕方無い、と選考側も分かっているのだろう。

 それにその分、俺は容姿が良い。金色の髪は村にいた時も珍しかったが、同じ髪色の父がいたので特に褒められることもなかった。だが王都に来てからは違う。俺のような金髪は、人の多い王都でさえ平民には珍しい。母に似たやや女顔の顔立ちも女性には受けがいいようで、俺を初めて見る女は大抵頬を赤くする。この容姿はきっとアドバンテージになる。


 それにしても、やっぱり俺は、ついている! 村にいた時から希望通り〈剣士〉スキルを手に入れられたことといい、俺は運がいい。どのようにして選ばれるのかは知らないが、近日中に声が掛かる筈だ。
 
 正直言って、王宮内の警備と王都の治安維持ばかりの日々に飽きていた。地方領主からの要請を受け、遠征に赴くこともあるが、それだってメンバーに選ばれなければどうしようもない。
 エイダンに嘘を吐いたことや、隊長を怒らせたことが影響しているのか、どうもギクシャクした雰囲気になってしまうことも頻繁にあり、入隊したばかりの頃より居心地が悪いのも嫌だった。
 どうにか早く出世したい、と感じていた俺にとっては、この話は正しく僥倖だ。


 だが――てっきり俺が選ばれるものだと思っていたのに、選ばれたのは違う奴だった。

(何故だ?! おかしいだろ、俺の方が絶対に相応しいのにッ!)


 選ばれた騎士は俺と同時期に入隊した同期で、確か俺より二歳年上だった筈だ。俺のように〈剣士〉スキルを持っている訳でもなく、腕は大したことない。俺は打ち合いで奴に負けたことは一度も無い。
 ありふれた茶髪に茶色の瞳で肌は浅黒く、顔立ちはどちらかというと不細工だった。
 
 だけどそう、ただ一点だけ、俺が満たすことの出来なかった条件を、奴は満たしていた。
 ”既婚であればより望ましい”――奴は、既に妻子がいるのだ。

(たったそれだけのことでッ!)

 俺は少しだけ、リシュリーと結婚していなかったことを、後悔した。別れていたとしても正式な離婚歴があればまた違っただろう。

 まぁそれも、選ばれた奴の嫁について知るまでの短い間だけだったが。
 奴はなんと、あんなに冴えない見た目のくせに、子爵家出身の嫁がいるらしい。同期とはいえ、仕事以外で一緒に飲みに行ったこともない奴とは、あまり話したことが無いので知らなかった。
 奴の嫁は慰労会で何度か見かけた気もするが……正直よく覚えていない。覚えていないということは、多分特別綺麗でも可愛くも無く、平民の中に埋没してしまう程度の女だ、ということだろう。

 奴自身も男爵家の出身らしい。「男爵って言っても没落寸前の貧乏男爵家で、末っ子で継ぐ爵位もないから俺は平民だよ」なんてへらへらしていたが、奴の生まれは殿下の護衛選定の際に有利に働いたことは間違いない。


 明日から近衛に所属が変わる奴のため、勤務後、手が空いている奴らで集まり壮行会を行うことになった。店を貸し切りにしても良さそうなものだが、奴の希望で食堂の一角でこじんまりと集まる。なんでも、嫁が心配性なので出来るだけ外食や外での飲酒はしないようにしているのだそうだ。貴族の令嬢と結婚していることを羨ましく思っていたが、それを聞いて少し胸がスッとした。やはり身分の高い女は面倒そうだ。

 そういえば……俺が初めて先輩騎士に娼館に誘われた時――奴はきっぱり断っていたな。

「妻を悲しませたくないので」

 そうきっぱり言って去って行った。娼館に誘ってきた先輩騎士は既婚者だった。騎士団では、演習や仕事で気が高ぶった時に娼館に行くことはよくあることで、独身・未婚関係なく娼館に行くのは普通のことだ。
 奴が空気を読まず、妻を理由に帰ったせいで、その場の雰囲気はかなり盛り下がった。「ノリの悪い奴だな」って先輩騎士等に悪口を言われている奴のせいで、俺は自分も帰りたいとは言い出せなくなってしまった。
 あの時の奴の背中が妙に目に焼き付いているのは、どうしてだろう。

 これまで、貴族の令嬢に言い寄られたことは何度かある。騎士団の練習は年に一度公開されているし、それでなくとも貴族ならば王宮内に参内した際に俺たち騎士の姿を見掛ける機会がある。他の騎士と比べても見目の良い俺は目立つようで、何回か声を掛けられたが、その時は貴族の令嬢と付き合って何かあったら大変だから、と穏便にお断りしていたが、実力が俺より遥か下の人間が血筋だけで出世していく様をこうして見せつけられると、考えさせられる。


(でも、まぁ……俺にはアルカがいるしな。)


 そう思うと、アルカの顔が見たくなった。俺と似た金色の髪も、ぽってり赤い唇も、豊満な胸も、奴の嫁が持ち合わせていないものだ。
 早々にお開きになった壮行会の後、くさくさした気持ちで店へ向かうと、アルカの姿は消えていた。
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