初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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イース⑧

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「アルカが店を辞めた?」


 アルカの姿が見当たらないので他の給仕の女の子に聞くと、アルカは店を辞めたという。


「う、嘘だろ?!」

「いえ、残念ながら本当です」

「また休んでいるだけじゃなくて? 俺は何も聞いていないぞ。なんでそんな急に……」


 ここの所、店に行くと三回に一回はアルカが休みだった。理由を聞くと、そろそろ年齢的に厳しくなってくるので他の仕事を探しているのだ、と話していた。
 今の俺はまだ誰とも結婚するつもりは無いが、アルカが望むなら少しの間くらいなら養ってやってもいい、と思っていた。アルカ本人に「自立した生活をしたいから」と断られてしまったが、困ることがあれば援助くらいしてやろうと思っていた。

 急に辞めた、ということは、無事に新しい仕事が見つかったんだろうか。でもそれなら俺にも一言くらい言ってくれたって――。

 驚きに硬直する俺の前で、店の女の子が困った表情で此方を見ていたが、それを気に掛けてやる余裕が俺には無かった。


「何故だ? 何故彼女はっ!」


 思わず給仕の女の子の肩を掴みかけた時、後ろから伸びてきた手が素早く彼女の肩を引いた。はっとして見ると、眉を顰めたサリアだった。


「店の子に乱暴は止めて下さる?」


 サリアは「この人は私が対応するから仕事に戻って」と給仕の女の子を遠ざけると、腕を組んで俺に向き直った。


「……で? アルカのこと?」

「そうだ。アルカが店を辞めた、って……本当なのか?」

「ええ。嘘をつく理由なんてないでしょ」

「何故だ? 何故突然」

「別に突然、って訳でもないんだけどね」

「え?」


 はあ、と大きく息を吐いて俺を見つめるサリアの瞳は冷たい。


「あの子、店の外で客と会ってたのよ」

「……は? それの何がいけないんだ」


 内心ドキリ、としながらも平然を装って答える。
 サリアの言う通り、俺は何度もアルカと店の外で会っている。デートだけの日もあれば、一日中二人で宿のベッドで過ごしたことも……。
 だけど、別にそれを禁止する決まりなんて無い筈だ。勤務時間外に何をしようと、本人の自由だろう?


「うちの店はね、歩合制なの。最低限保障している基本給はあるけど、それ以上は出来高制。料理やお酒の注文を沢山取れる程、お金を貰えるの。うちは娼館じゃないから、“二階”へ行くかも本人の気持ち次第。だけどまぁ、それに付随して入って来るお金は店から本人に分配される。

 で、あの子は客と“二階”には行かない、と公言しながら、前々から外でこっそり客と会って身体を売っていたのよ。店側もある程度は目を瞑っていたけど、あの子は派手にやり過ぎたのよ。結構強引なことをしていたみたいで、関係を持ったことを盾に既婚者からお金をせびったりもしていたみたい。
 このままじゃ店の評判が悪くなる、って首にされそうな気配を感じていたんでしょうね。クビにされる前に自分から辞めることにしたみたいよ。ここの所休みがちだったでしょ?」

「そ、んな……」


 アルカが店の外で客と会っていた? しかも恐喝まで?
 確かに経験は豊富な方がいいと言っていたが……それは女の自分にも当てはめての発言だったのか?


「で、でも! 彼女は俺とは“二階”へ行ったし俺は店の外で会っても彼女からお金を要求されたことはないぞ」

「潮時だと思っていたんじゃない? あの子もいい年だったし。貴方騎士様でしょ? 安定した職で、お金も持っていて、社会的地位があって、見た目も悪くない、そして何より簡単に手玉に取れそう。結婚相手――とまで考えていたかどうかは知らないけれど、生活を任せるには悪くない相手だと思ったんじゃないかしら。本命だった、てことなんでしょ。だからあえて“二階”にも行った……ように、私には見えたけど」

「そんな……」

「でも、ま、その様子じゃ、貴方切られたみたいね」

「“切られた”……?」


 呆然とする俺に、サリアは肩を竦めた。


「だってそうでしょ? 店を辞めることも聞かされていない。 連絡先は? 彼女の家は? 知っているの?」

「大体の住所なら……」

「ふーん、まあ、私はよく分からないけど。知っているなら、そこに行ってみれば? 兎に角、うちの店はもうあの子と関係ないし、あの子が戻って来ることもないから。アルカ以外の女の子と話したい、っていうなら席に案内するけど、どうされますか、お客様?」


 サリアがわざとらしく愛想笑いを浮かべるが、今の俺はとてもそんな気分になれなかった。


「今日は帰るよ……」

「そうですか。またのご来店をお待ちしています」


 にっこり笑ったサリアの声は全然心が籠っていなかった。



✚✚✚✚✚✚



 店を出て、深呼吸をした後、記憶を辿りながら歩く。
 以前、一度だけアルカを家まで送ったことがある。とはいっても、正確な場所を知っている訳ではない。サリアにはああ言ったが、大体の場所しか分からない。

「私のアパート、もうすぐそこだから此処でいいよ。また明日ね」って、止める間もなくアルカが走って行ったから……あの時きちんと部屋の前まで送っていけば良かった。

(確か、この辺りだった筈だけど……。)

 暫くの間周辺をあても無くうろついたが、当然というべきかアルカらしき女性の姿は見えない。心無しか、近所の人の目が痛い。今の俺は騎士服では無く私服姿だから、不審者と思われる可能性もある。

 一時間程うろついて、俺は仕方なく宿舎に帰ることにした。もしかしたらアルカから俺に連絡があるかもしれない、と思ったからだ。

 思えば、俺とアルカが店の外で会う時は、いつもアルカの方から時間と場所を指定してきていた。店の二階以外でベッドを共にする時も、街中の宿屋を利用していた。俺は宿舎住まいで女性を連れ込める筈もなく、アルカはアルカで、友人とルームシェアをしているので家は男子禁制と言っていた。
 村の外に出ることが殆ど無かった俺は、色々な宿屋に泊まるのも楽しかったから、それを不満に思ったことは無かった。

 部屋に帰り、シャワーを浴びてベッドに寝ころぶ。部屋を暗くしても中々寝付けず、サリアに言われた言葉が頭をぐるぐる巡っている。

『でも、ま、その様子じゃ、貴方も切られたみたいね』

 アルカは俺と別れるつもりなのか?
 ……いや、そんな筈はない。アルカは俺が騎士団の宿舎に入っていることを知っている。今は求職活動で忙しいのかもしれないし、落ち着けば連絡が入る筈だ。

 待つ側になると時間の流れがこんなにも遅く感じるとは……。
 それから暫くの間、俺はいつも通りの日々を過ごしながらも、アルカからの連絡を待つ日々が続いた。
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