初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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イース⑨

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 アルカが店を辞めてから一ヶ月。一週間もすれば何かしらの連絡はあるだろう、という予想に反して、アルカからは手紙一つ無かった。何らかの理由で管理人の所で止められているのかとも思い確認したが、この一月俺宛の物は届いていないという。

 それでも、この時点の俺はまだ、アルカに何かあったのかと本気で心配していた。

(あんなに頻繁に会っていた俺に、何の連絡も無いなんて……事故にでもあったのだろうか? 無事だと良いんだが……。)

 だが、そんな俺の心配は思わぬ形で踏み躙られることになった。

 俺のような下級の騎士は基本的に午前か午後のどちらかで演習を行い、残りの時間に王宮内の警備・見回りと王都の繁華街周辺のパトロールを行っている。任務は大抵二人組を作って行動を共にする。

 その日、俺はちょうど王宮の外でのパトロール任務に割り当てられていた。犯罪の温床になりやすい薄暗い路地裏や、繁華街で徒党を組んでスリを行う孤児集団に目を光らせながら歩くのは、中々疲れる。
 合間で話し相手が欲しい年寄りに捕まったり、通りすがりの女達に色目を使われるのは、演習場で剣を振るうのとはまた違う種類の疲労に変わっていく。

 相変わらず特に大きな事件や事故もなさそうだ。この分だもいつもより広い範囲までパトロールしても時間がありそうだと思った時、迷子を見つけた。

「どうした? お嬢ちゃん、ひとりか?」

 見つけた俺より先に、今日の相棒が動いた。彼は俺より少し年上の先輩騎士で、既に子供が二人いる、と話していたから、子どもの扱いになれているのだろう。

 聞けば、幼女は母親と一緒に買い物に来て逸れてしまったようだ。まだ迷子になって時間は経っていなさそうだから、最後に母親と見ていたという店に行けば恐らく母親に会えるだろう。

 問題は、その店の売り子に以前から俺にしつこくアプローチしてきている娘がいることだ。彼女は俺の見た目が大層好みらしく、断っても断ってもうっとりした顔でしつこく言い寄ってくる。一度くらいなら相手をしてやろうか、と思わなくもなかったが、店主らしき彼女の父親が面倒そうなのと、純粋にタイプじゃなかったので相手にしたことはない。

 娘が俺に熱を上げていることは知られているので、先輩騎士は苦笑しながら、

「すぐそこだし、さっと行って俺が送ってくよ。お前は先に公園へ行って待っていてくれ」

 と言って幼女を抱きかかえて行ってしまった。

 仕事に影響が出るようでは、そろそろあの娘のことも何とかしなければいけないな、と若干憂鬱な気分で公園へ向かう。

 王都の公園は国が専用の庭師を雇って管理しているため、いつ来ても花や青々と茂る生け垣が美しい。
 なんとはなしに公園内をぼうっと見回していると遠くの方で、覚えのある横顔を見た。

 陽光に輝く美しい金髪に赤い唇。見事なボディラインを顕にしたドレスを纏うその女性は、この一ヶ月、連絡を待ち侘びていた彼女だった。

 どうやら自分で思っていたよりもずっと、俺は彼女を恋しくおもっていたらしい。

 今すぐあの唇を蹂躙し、熱い彼女の中を滅茶苦茶に突き上げ、甘い声で叫ばせたい。

 湧き上がる衝動のままに、彼女目掛けて走る。


「アルカッ!」


 笑ってくれると、思っていた。いつも店で俺を出迎えてくれた時の笑顔で「久しぶり」と言ってくれる筈だった。

 だけど、こちらを向いた彼女は驚いた様子で目を見開くと――


「……何してるの」


 硬い声でそう言った彼女は眉間にシワが寄っていて、どう見ても迷惑そうな顔だった。


「何してるって、連絡も寄越さず今までどこに――」


 言いかけて、最後まで口にすることが出来なかった。アルカが一人では無いと気付いたからだ。

(は?)

「誰だ、そいつ……」


 隣でアルカの腰を抱くそいつは、背が高く上等な服を身に着けていた。顔は人形のように整っており、貴公子然とした佇まいだ。
 しなだれ掛かるかのようにぴったりと身体を寄せるアルカのその様は、覚えのあるもので。ほんのひと月前までの彼女と俺の姿そのものだった。


「知り合いかい?」

「昔、ちょっとね。でも何か勘違いしてるみたい」


 ちらり、と俺に目を向けわざとらしく溜息を吐く姿に呆然とする。
 はくはくと、動く唇からは声が出ない。


「悪いけど、もうとっくに終わってるでしょ? 迷惑だからもう話し掛けないでくれる」

「なっ……お前!」

「おっと、それ以上彼女に近付かないでくれるかな。嫌がってるでしょ?」

 アルカの隣の男が庇うように前に出る。冷たいアイスブルーの瞳をした男は、俺の頭の先から爪先までさっと一瞥すると、嫌な笑みを浮かべた。


「君と彼女じゃ釣り合わないよ。彼女は今俺と付き合ってるんだ。付きまとうのはやめてくれ」


 その瞬間、身体の内側が、かぁっと熱くなった。自分の状況や此処がどこかも忘れて、気付けば男に殴りかかっていた。
 我に返った時には既に遅く、周囲から突き刺さるような視線に囲まれていた。
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