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リシュリー㉑
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予定日より遅れること二週間。
ふんぎゃあああああ……って、想像していたのより力強い声を上げながらお腹の子が誕生した。
中々産まれる気配の無い我が子に気を揉む私を気にして、「そろそろ出ておいで~おじさんが一杯遊んであげるよ~」なんてデイブさんが声を掛けてくれたすぐ後、突然陣痛がやってきたものだから驚いた。
お腹の中でデイブさんの声が聞こえていたのかもしれない。
「ふふ、すっごくかわいい女の子よ。将来は美女になること間違いなしね!」
産婆さんと共に出産のお手伝いをしてくれたマイラさんが、ガーゼケットに包まれた赤子を出産でへろへろの私の枕元まで抱いて来てくれた。
産まれたばかりの我が子は、しわくちゃでひよこのような金色のふわふわした髪が生えている。
すんごく長い時間痛みに耐えたと思ったけど、時間にしたら僅かニ時間半だったらしく、初産にしては超スピード出産だったみたい。話には聞いていたけど、子どもを産むのがこんなに大変だなんて思わなかった。
身体中の体力を根こそぎ持っていかれた気分だ。
「かわいい……」
口をむにゃむにゃさせる我が子を眺めていると、自然とこぼれた。
……本当は、心の何処かで不安に思っていた。
生まれてくる子がイースに似ていたら、私は心からその子を愛せるか? って。
だけど、いざ生まれてみれば、そんなことは全くの杞憂だった。
生まれてきた赤子は瞳の色こそまだ分からないが、金色の髪も整った顔立ちも危惧していた通り、イースにそっくりだ。これから成長するにつれ、どんどん似ていくこともあるだろう。
それでも、そんな些細なことはどうでもいいと思えるくらい、この子が愛しい。
私が産んだ、大切な子。
愛する我が子。
此処に来てから、周りの人は皆本当によくしてくれた。
だけど、どんなに距離が縮まろうが、それでも私は一人ぼっちだ、って感覚はいつも心の何処かにあった。
決して孤独ではない。だけど一人ぼっち。
でも、今はもう違う。この子がいる。新しい家族が。
「あの時、この子を諦めなくて良かった……」
心地良い疲れの中、幸せな気持ちでベッドに身を任せた。
■■■■■
ぶみゃああ、ぶみゃああ……って、ちょっと頼りない泣き声で目が覚める。
「はいはい、今おっぱいあげるからね」
ぷくぷくのほっぺをつつくとむにゃむにゃと眉を寄せるのが可愛くてたまらない。
親バカって思う? でも、そう思っているのは私だけじゃないみたい。
出産後、日頃お世話になっている皆にこの子をお披露目した。天使みたいなぷくぷくの赤ちゃんは、一目で周囲を骨抜きにしたらしい。産休中の私の部屋へ、空いている時間を見つけては顔を出す商会の従業員が多数。
しかも皆が皆、いいと言うのにおもちゃや絵本、果ては服や靴まで持ってくるものだから、目も開かない内から私より衣装持ちになってしまった。
デイブさんなんて、本気か冗談か分からない目で「はぁーこんなに可愛いのになんで羽が生えてないんだっ?!」なんて叫んでいたし。
我が子が天使なのは認めるけど、 将来男を侍らす稀代の悪女になったらどうしよう、なんてちょっと心配になる。……生物学上の父親を思うと、絶対にならないとは言えないから気をつけて育てなくっちゃ。
子はエレノアと名付けた。
私の恩人であるデイブさんに命名をお願いしたんだ。出会ってからずっとお世話になりっぱなしのデイブさんを、私はすごく尊敬している。
「本当に俺でいいの?!」って言いながらも、デイブさんは一生懸命考えて決めてくれた。
エレノアは、昔の言葉で“光”って意味なんだって。
聞いた瞬間、ピッタリだ! って思った。
だって、正しくこの子は私の人生に差し込んだ希望の光だから。
イースにされた仕打ちは、忘れようと思っていても、ふとした瞬間に思い出されてジクジクと胸が痛む。今はまだ、完全に許すことは出来無い。
だけど、私にこの子を授けてくれたことだけは心から感謝している。
私一人だったらきっと、イースが去った後人生を悲観し、こんな風に前向きに生きることは出来なかったかも知れない。
■■■■■
出産から三ヶ月。
私は少しずつ仕事を始めた。デイブさんはもう少し休んだら、と言ってくれたけど、貯金なんて無いに等しい私は給与の前借りという形で出産や生活に必要な費用を出してもらっている。少しでも早く返せるように沢山働かなければ。
流石に力仕事や畑仕事はまだ出来ないけれど、事務仕事や餌やりくらいなら問題無い。
スキルの使用に関しては、体力は関係ないしね。どれだけ使っても、疲れることは無い。不思議だけど、神様からの贈り物だからそういうものらしい。
エレノアはあまり手の掛からない子だ……って言えたら良かったけど、実際は大変だ。何故か夜は数時間ごとに起きては泣くし、漸く落ち着いたら朝なんてこともしょっちゅう。
睡眠不足でふらふらな中、仕事と育児をしながら家事も熟すのは目が回るような忙しさで……今は母乳で済んでいるが、離乳食が始まったら、と思うと恐怖だった。
勿論、周囲は気遣ってくれている。だけど、これ以上は甘えられない。既に沢山迷惑をかけている。
私一人でも、この子を立派に育ててみせる。
幸せだけど張り詰めた日々を送っていた私が、周囲に迷惑をかけまい、とするその態度が逆に周囲の気を揉ませていた、と気付いたのは、思わぬ形で両親と再会したからだった。
ふんぎゃあああああ……って、想像していたのより力強い声を上げながらお腹の子が誕生した。
中々産まれる気配の無い我が子に気を揉む私を気にして、「そろそろ出ておいで~おじさんが一杯遊んであげるよ~」なんてデイブさんが声を掛けてくれたすぐ後、突然陣痛がやってきたものだから驚いた。
お腹の中でデイブさんの声が聞こえていたのかもしれない。
「ふふ、すっごくかわいい女の子よ。将来は美女になること間違いなしね!」
産婆さんと共に出産のお手伝いをしてくれたマイラさんが、ガーゼケットに包まれた赤子を出産でへろへろの私の枕元まで抱いて来てくれた。
産まれたばかりの我が子は、しわくちゃでひよこのような金色のふわふわした髪が生えている。
すんごく長い時間痛みに耐えたと思ったけど、時間にしたら僅かニ時間半だったらしく、初産にしては超スピード出産だったみたい。話には聞いていたけど、子どもを産むのがこんなに大変だなんて思わなかった。
身体中の体力を根こそぎ持っていかれた気分だ。
「かわいい……」
口をむにゃむにゃさせる我が子を眺めていると、自然とこぼれた。
……本当は、心の何処かで不安に思っていた。
生まれてくる子がイースに似ていたら、私は心からその子を愛せるか? って。
だけど、いざ生まれてみれば、そんなことは全くの杞憂だった。
生まれてきた赤子は瞳の色こそまだ分からないが、金色の髪も整った顔立ちも危惧していた通り、イースにそっくりだ。これから成長するにつれ、どんどん似ていくこともあるだろう。
それでも、そんな些細なことはどうでもいいと思えるくらい、この子が愛しい。
私が産んだ、大切な子。
愛する我が子。
此処に来てから、周りの人は皆本当によくしてくれた。
だけど、どんなに距離が縮まろうが、それでも私は一人ぼっちだ、って感覚はいつも心の何処かにあった。
決して孤独ではない。だけど一人ぼっち。
でも、今はもう違う。この子がいる。新しい家族が。
「あの時、この子を諦めなくて良かった……」
心地良い疲れの中、幸せな気持ちでベッドに身を任せた。
■■■■■
ぶみゃああ、ぶみゃああ……って、ちょっと頼りない泣き声で目が覚める。
「はいはい、今おっぱいあげるからね」
ぷくぷくのほっぺをつつくとむにゃむにゃと眉を寄せるのが可愛くてたまらない。
親バカって思う? でも、そう思っているのは私だけじゃないみたい。
出産後、日頃お世話になっている皆にこの子をお披露目した。天使みたいなぷくぷくの赤ちゃんは、一目で周囲を骨抜きにしたらしい。産休中の私の部屋へ、空いている時間を見つけては顔を出す商会の従業員が多数。
しかも皆が皆、いいと言うのにおもちゃや絵本、果ては服や靴まで持ってくるものだから、目も開かない内から私より衣装持ちになってしまった。
デイブさんなんて、本気か冗談か分からない目で「はぁーこんなに可愛いのになんで羽が生えてないんだっ?!」なんて叫んでいたし。
我が子が天使なのは認めるけど、 将来男を侍らす稀代の悪女になったらどうしよう、なんてちょっと心配になる。……生物学上の父親を思うと、絶対にならないとは言えないから気をつけて育てなくっちゃ。
子はエレノアと名付けた。
私の恩人であるデイブさんに命名をお願いしたんだ。出会ってからずっとお世話になりっぱなしのデイブさんを、私はすごく尊敬している。
「本当に俺でいいの?!」って言いながらも、デイブさんは一生懸命考えて決めてくれた。
エレノアは、昔の言葉で“光”って意味なんだって。
聞いた瞬間、ピッタリだ! って思った。
だって、正しくこの子は私の人生に差し込んだ希望の光だから。
イースにされた仕打ちは、忘れようと思っていても、ふとした瞬間に思い出されてジクジクと胸が痛む。今はまだ、完全に許すことは出来無い。
だけど、私にこの子を授けてくれたことだけは心から感謝している。
私一人だったらきっと、イースが去った後人生を悲観し、こんな風に前向きに生きることは出来なかったかも知れない。
■■■■■
出産から三ヶ月。
私は少しずつ仕事を始めた。デイブさんはもう少し休んだら、と言ってくれたけど、貯金なんて無いに等しい私は給与の前借りという形で出産や生活に必要な費用を出してもらっている。少しでも早く返せるように沢山働かなければ。
流石に力仕事や畑仕事はまだ出来ないけれど、事務仕事や餌やりくらいなら問題無い。
スキルの使用に関しては、体力は関係ないしね。どれだけ使っても、疲れることは無い。不思議だけど、神様からの贈り物だからそういうものらしい。
エレノアはあまり手の掛からない子だ……って言えたら良かったけど、実際は大変だ。何故か夜は数時間ごとに起きては泣くし、漸く落ち着いたら朝なんてこともしょっちゅう。
睡眠不足でふらふらな中、仕事と育児をしながら家事も熟すのは目が回るような忙しさで……今は母乳で済んでいるが、離乳食が始まったら、と思うと恐怖だった。
勿論、周囲は気遣ってくれている。だけど、これ以上は甘えられない。既に沢山迷惑をかけている。
私一人でも、この子を立派に育ててみせる。
幸せだけど張り詰めた日々を送っていた私が、周囲に迷惑をかけまい、とするその態度が逆に周囲の気を揉ませていた、と気付いたのは、思わぬ形で両親と再会したからだった。
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