初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー㉒

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「じゃあ、お願いします」

「オッケー! 大人しく寝てるから、任せといて」


 昼休憩を終え、午後はずっと事務作業だという他の従業員にエレノアを見ていてくれるように頼み部屋を出る。
 デイブさんは昨日から商談のため王都に出掛けているが、スキルを使った実験や商品の改良はデイブさんの指示書に沿って毎日行っているのだ。
 エレノアを背負ってやってもいいのだけど、揺り籠で気持ちよさそうに寝ているものだから下手に動かさない方がいいと考え、少しの間だけ他の従業員に見てもらうことにした。

 エレノアと離れる必要がある時は、こうして他の従業員に見て貰ったり、近所の子をベビーシッターのアルバイトとして雇うことでなんとかやっている。


「リシュリー!」


 いつも実験に使う部屋に向かい歩いていると、聞こえる筈のない声が背後から聞こえた。


(えっ……?)

 ここに居る筈の無い人の声。
 思わず振り向くと、そこには数年ぶりに顔を合わせる両親の姿があった。


「お、お父さん、お母さん!? 嘘でしょ、なんで……」

「俺が連れてきたんだ」


 呆然とする私は、声を掛けられて初めて、両親の隣にデイブさんが立っていたことに気が付いた。
 

「デイブさんは王都で商談の筈じゃ……?」


 何か言いたげな私の両親の横で、デイブさんはバツの悪い顔をしている。


「実は商談ていうのは嘘で、ご両親に会いに行った。ごめん、勝手なことして。でも、意地張っているリリーちゃんを見ていられなくて。リリーちゃん、俺や皆にこれ以上頼れない、って思ってたんでしょ?」

「それは……」

「でも、今君には助けが必要だよ。以前も言ったけれど、全部一人で抱え込まなくていいんだ。だけど、そうは言ってもリリーちゃんが俺たちに助けを求めるのが心苦しい、っていうんなら、身内の……家族なら助けてあげられるんじゃないか、って思って勝手にご両親を迎えに行った。苦情は受け付ける。
 でも、まずはご両親と話して欲しい。お二人とも、リリーちゃんのことすごく心配していたよ。碌に連絡もくれない、って。あ、因みに俺はリリーちゃんに会って欲しい、としか言ってないから、諸々の事情説明は任せるよ」


 言うだけ言って、デイブさんはその場を離れて行った。午後の仕事は休みにしていいと言う。
 久々に両親に会えて嬉しい筈なのに、突然のことに色々な感情が渦巻いて来て真っすぐ目を見ることが出来ない。

 ……だって、どんな顔すればいいの? 
 自分の行いが、親不孝だという自覚はある。
 両親の反対を押し切り幼馴染と結婚すると出て行って、相手とは別れて違う場所で働く――なんて、最低限のことしか伝えなかったのだ。
 本来ならエレノアが生まれた時も真っ先に伝えるべきだった。手紙すら出さなかったのは、別れたイースとの子を一人で産んだ、なんて書いたら、両親がイースの家に乗り込んでいってエレノアの存在が明るみに出るんじゃないか、って不安だったからだ。

 今の私は、エレノアなしの人生なんて考えられない。
 そして同時に、エレノアと私の人生にイースとイースに関わるもの全て、関わって欲しくないと思っている。少なくとも、成長してエレノア本人が自分から望まない限りは。
 だから両親があの村で穏やかに暮らしている以上、連絡は取るべきでないと思った。

 私の複雑な内心を感じ取っているのか、両親も黙って此方をじっと見つめている。


「リシュリー、会いたかったわ。元気そうで良かった」

 
 沈黙を破ったのは母だった。きちんと答えたいのに、喉が詰まって上手く言葉が出てこない。


「……連絡、きちんとしなくてごめんなさい」

「本当よ。リシュリーったら、短い手紙送ってきたきり音沙汰ないんだもの。でも、元気なら良かったわ」

「……怒って、ない?」


 恐る恐る顔を上げると、母は優しく微笑んでいた。


「馬鹿ね」


 そう言って、私を優しく抱き寄せる。


「怒る訳ないじゃない。心配はしたけど!」


 久しぶりに包まれる母の体温は、張り詰めた私の心をあっという間に子ども時代へ戻してしまった。


「ご、ごめんなさい。お母さん、会いたかった……っ!」


 泣くような場面でもないのに、何故だか涙が溢れてくる。
 暫くそうして抱き合っていると、おずおずと遠慮がちな声が上から降ってきた。


「あのー……リシュリー、お父さんのことも忘れないで」

「ふふっ、リシュリー、可哀想だから入れて上げましょう! ほら、あなたは反対側に行って!」

「よしきた! サンドイッチハグだっ」


 背中に父の体温が加わる。幼い頃私がぐずると、両親はこうしてよく抱きしめてくれた。私を真ん中に挟んで、両側から抱き着いてくるのだ。親子三人でぎゅうっと固まるとあったかくて、いつの間にか悲しい気持ちは何処かに消えてしまう。
 あの頃と変わらない温かさに包まれながら、けれどエレノアがこの温かさを感じる日は来ないのだと思うと、自分の選択が我が子に齎す業の深さに胸が痛んだ。



■■■■■



「~~~~~~~~~(なんってカワイイのっ!)」


 エレノアの昼寝を邪魔しないよう、声にならない声で感動する両親の前には、揺り籠の中ですやすやと気持ちよさそうに眠るエレノア。美味しい物を食べる夢でも見ているのか、むにゃむにゃと動く口からは盛大に涎が垂れている。


 サンドイッチハグで落ち着きを取り戻した後、私は両親を応接室へ案内した。直ぐにでも二人にエレノアを会わせてあげたかったけれど、エレノアの存在自体をまだ知らないのだ。両親に確認した所、驚いたことにデイブさんは本当に何も私の事情を伝えていなかった。「聞きたいことは沢山あるかもしれないけれど、私の事情を自分が話すのは違うと思うから」って。

 今私の住んでいるこの場所から村まではそれなりに距離がある。碌な説明も無しに文句も言わずデイブさんについて来た両親も凄い。それだけ私のことを心配してくれていたのだろうが、変な人に騙されてついて行ったりしないか不安だ。

 と、そんな訳で兎に角先に事情説明すべきだろう、ということで応接室まで連れてきた。与えられている社員寮の自室にしなかったのは、王都に来てから私の身に起きたことを一から説明すれば、両親が落ち着いて聞いてはいられないだろう、と予想がついていたから。
 そして案の定、両親――特に父は激怒した。勿論、怒りの矛先はイースだ。

 王都でイースと暮らした日々を思い返すと、幸せな記憶よりもつらい記憶の方が多い。なんせ、まともにイースと暮らした期間よりも存在を無視されていた期間の方が長いのだ。
 それでも、出来るだけ客観的に事実だけを伝えるように気を付けた。私は別に、両親にイースを憎ませたいわけでも、イースに復讐したいわけでもない。

 数か月前に一人で出産したことを伝えた時には、両親は驚愕で開いた口が塞がらないようだった。


「なっ、なんだ?! じゃあ、もしかして俺たちにはもう孫が?!」

「うん、知らせるのが遅くなってごめんなさい。女の子だよ。エレノアっていうの。今はお昼寝中で、私の部屋で他の人がみてくれてる」


 顎が外れそうな父の横で、母は得心が行ったと頷いている。


「道理でデイブさんが強引に私達を連れてくる筈だわ。一人きりで誰の手も借りずに働きながら子どもを育てるなんて無理よ」

「なんとかなる、って思ったんだもん」

「嘘。なんとかしなきゃ、って思った、の間違いでしょ」

「……そうかも」

「私だって、あなたを育てるのは大変だった。この人がいたのによ? デイブさんの仰る通りよ。一人で抱え込むんじゃなくて、もっと周囲を頼りなさい。勿論、おんぶにだっこは駄目だけど」

「はい……」

 母から呆れを含んだ目で見られると、自分の見通しの甘さを思い知らされるようで思わず小さく縮こまる。
 母の言う通り、意地を張ったところで遅かれ早かれ私の独りよがりな決意は続かなかっただろう。

「あー、リシュリー、その、父さん、孫に会いに行ってもいいかな……?」

「私も会いたいわ」

「勿論いいに決まってる。私の部屋で寝ている筈だから……移動してもらってもいいかな」


 そうして自室に着いた両親は、多くの大人同様、エレノアの愛らしさに一目でメロメロになった。エレノアの面倒を見てくれていた従業員にお礼を言い、眠るエレノアを両親と共に眺める。


「あやつに似ているのは忌々しいが……まるで天使の寝顔だ」

「見て、あんなに手がちっちゃい……」


 久々に会った私には目もくれず、両親はすっかりエレノアの虜だった。どのくらい寝顔を眺めていたのか、不意に母が宣言した。


「決めた。あの村を出て、私たちも此処に住むわ」

「えっ?」

「エレノアの面倒を見る人が必要よ! あなたもそれでいいでしょう?」

 
 母に同意を求められた父はあっさり頷いた。


「ああ、いいに決まってる」


 満足そうに見つめ合う両親に、私は待ったをかけた。


「ちょ、ちょっと二人とも?! 村を出るなんて本気? 家や畑はどうするのよ」

「そんなの、どうにでもなる」

「そうよ。孫と娘の傍にいられるなら住む場所なんてどうだっていいわ」

「それに、あの村にいてあの小僧が帰省でもしてこようものなら、殴り飛ばさない自信がない」

「ええ、私も殺っちゃいそうよ」


 黒い笑みを浮かべる二人には、イースとイースの両親にエレノアの存在は話していないこと、そしてこれからも話す気はないことは最初に伝えてある。
 きちんと認知させ養育費を払わせるべきでは、と渋い顔をしていた両親だが、エレノアの可愛さを目の当たりにして「かわいい孫は絶対に渡さん!」と私の考えに賛同してくれるみたいだ。


「お父さんもお母さんも、それでいいの……?」

「当たり前じゃない! そうと決まれば、早く行動しなくっちゃ! 忙しくなるわよ~!」

「あ、お母さんそんな大きい声を出すと」

 ぶみゃあ、ぶみゃあ。

 案の定、昼寝を妨害され泣く我が子の声を聞きながら、私は両親と、そして両親を連れて来てくれたデイブさんに感謝の気持ちで一杯だった。
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