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リシュリー㉓
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一度私とエレノアの傍に住む、と決めた両親の行動は速かった。再会したその日に村へとって返すと、一週間もしない内に此方へやって来た。
両親はワイナリーの近くに家を借りようとしたのだが、デイブさんのご厚意で牧場近くにある離れに住むことになった。デイブさんの保有する畑や牧場はかなり広い。近くで家を探すといってもそれなりに離れた距離になるのは明白だったので、正直その申し出は有難かった。
デイブさんは「誰も住んでいないと建物が傷むから。管理も兼ねて住んでくれたら助かるよ」なんて言ってくれたが、それが建前だってことくらい、私にもわかる。
デイブさんが協力を申し出てくれたのは、それだけじゃない。仕事に関しても、ブドウ畑や牧場は拡大するつもりだし手が足りないくらいだから、当面は臨時の商会員として働けばいいと言ってくれた。
両親はそれなりに老後資金として貯めた貯金があると初めの内は固辞していたが、村にいた時と違い何かとお金がかかるのは事実なので、結局は有難く受け入れた。
両親が近くに住んでエレノアの世話を手伝ってくれるようになったことで、私の生活環境はぐっと改善された。
エレノアを産んで以降、他の人に迷惑は掛けられないと、いつも気を張っていて休まる時が無かった。他の従業員やアルバイトの子にエレノアの面倒を見てもらうのも申し訳なくていつも気が急いていたが、今は安心して預けられる先があることで、精神的にも安定し仕事に臨めるようになった。
「どうしてこんなに良くして下さるんですか?」
失礼かな、と思いつつ、二人で品評会用のワインの調整をあれこれ試行錯誤している時、不思議に思って聞いてみた。
デイブさんには心の底から感謝している。彼は間違いなく私の、私たち家族の大恩人だ。
だけど、彼がここまで私や家族に良くしてくれる理由が、私には見つけられなかった。
「んー、どうして、って言われると困っちゃうけど……多分、自分が受けた優しさを他の人へ繋げたかったから、かなぁ?」
分かるような、分からないような回答に反応し兼ねていると、デイブさんが少し恥ずかしそうに話し出す。
「俺さ、もう十五年近く前になるけど……それまで積み重ねて努力してきたものが全部無駄になったというか、奪われたと言うか……とにかく、何もかも失くして行き場もなくなったんだ。これまで上ってきた梯子を急にはずされて、途方に暮れたよ。居場所なんてなくて……どうしていいか分からなかった。
だけど、そんな時俺のことを助けてくれた人がいて、そのお陰で今俺は此処にこうしている。その人にはどうやったって返しきれない恩がある。どうにかして恩を返そうって思っていたけど、その人が言うんだよ。『俺に恩を返そうとしなくていい。ただ、この先過去の自分と同じように困っている人がいたら、俺がしたように今度はお前が手を貸してやれ。そうやって人から人へ巡る優しさが、いつかきっと自分や周囲のためになる日が来る』って」
(ああ、そうか。だからデイブさんは……。)
デイブさんの元で働き始めてまだ一年にも満たないけれど、それでも分かったことがある。デイブさんの商会で働いている人の殆どは、所謂“訳あり”の人だ。
いつも明るいマイラさんは孤児院出身の天涯孤独で、料理上手なハマーさんは片足に障害がある。口が悪いけど優しいジョーさんは別れた妻子がいるらしいが多くは語らない男やもめで、細かいことにもよく気が付くシシリーさんは男性恐怖症。力持ちのアンディさんは多分同性愛者で、動物の世話が得意なルウさんは内向的で滅多に声を発さない。
そして、父親のいない乳飲み子を抱えた私。
k
生きていれば皆何かしらの事情はあるものだが、それでも全員が全員、普通の職場では敬遠されてしまいそうな事情を抱えている。偶然なんてことはあり得ない。デイブさんがあえてそういった事情を抱える人を雇っているのだ、と考えた方が自然だ。
何故だろう、と今まで思っていたけれど……そういう理由だったんだ。
「だからさ、リリーちゃんも頑張って俺に恩返ししよう、とか思わなくていいからね?」
「う……」
どうにかしてデイブさんに報いたいとずっと考えていたけれど、私の考えは見透かされていたらしい。
「こうしてスキルを使って働いてくれるだけで充分助かってる。それでももし足りない、って思うなら、今度はリリーちゃんが他の誰か――困っている人に会った時、手を差し伸べてあげたらいいよ」
「……はい」
満足そうに笑うデイブさんの横顔を見て、この人には敵わないなあ、と思う私だった。
両親はワイナリーの近くに家を借りようとしたのだが、デイブさんのご厚意で牧場近くにある離れに住むことになった。デイブさんの保有する畑や牧場はかなり広い。近くで家を探すといってもそれなりに離れた距離になるのは明白だったので、正直その申し出は有難かった。
デイブさんは「誰も住んでいないと建物が傷むから。管理も兼ねて住んでくれたら助かるよ」なんて言ってくれたが、それが建前だってことくらい、私にもわかる。
デイブさんが協力を申し出てくれたのは、それだけじゃない。仕事に関しても、ブドウ畑や牧場は拡大するつもりだし手が足りないくらいだから、当面は臨時の商会員として働けばいいと言ってくれた。
両親はそれなりに老後資金として貯めた貯金があると初めの内は固辞していたが、村にいた時と違い何かとお金がかかるのは事実なので、結局は有難く受け入れた。
両親が近くに住んでエレノアの世話を手伝ってくれるようになったことで、私の生活環境はぐっと改善された。
エレノアを産んで以降、他の人に迷惑は掛けられないと、いつも気を張っていて休まる時が無かった。他の従業員やアルバイトの子にエレノアの面倒を見てもらうのも申し訳なくていつも気が急いていたが、今は安心して預けられる先があることで、精神的にも安定し仕事に臨めるようになった。
「どうしてこんなに良くして下さるんですか?」
失礼かな、と思いつつ、二人で品評会用のワインの調整をあれこれ試行錯誤している時、不思議に思って聞いてみた。
デイブさんには心の底から感謝している。彼は間違いなく私の、私たち家族の大恩人だ。
だけど、彼がここまで私や家族に良くしてくれる理由が、私には見つけられなかった。
「んー、どうして、って言われると困っちゃうけど……多分、自分が受けた優しさを他の人へ繋げたかったから、かなぁ?」
分かるような、分からないような回答に反応し兼ねていると、デイブさんが少し恥ずかしそうに話し出す。
「俺さ、もう十五年近く前になるけど……それまで積み重ねて努力してきたものが全部無駄になったというか、奪われたと言うか……とにかく、何もかも失くして行き場もなくなったんだ。これまで上ってきた梯子を急にはずされて、途方に暮れたよ。居場所なんてなくて……どうしていいか分からなかった。
だけど、そんな時俺のことを助けてくれた人がいて、そのお陰で今俺は此処にこうしている。その人にはどうやったって返しきれない恩がある。どうにかして恩を返そうって思っていたけど、その人が言うんだよ。『俺に恩を返そうとしなくていい。ただ、この先過去の自分と同じように困っている人がいたら、俺がしたように今度はお前が手を貸してやれ。そうやって人から人へ巡る優しさが、いつかきっと自分や周囲のためになる日が来る』って」
(ああ、そうか。だからデイブさんは……。)
デイブさんの元で働き始めてまだ一年にも満たないけれど、それでも分かったことがある。デイブさんの商会で働いている人の殆どは、所謂“訳あり”の人だ。
いつも明るいマイラさんは孤児院出身の天涯孤独で、料理上手なハマーさんは片足に障害がある。口が悪いけど優しいジョーさんは別れた妻子がいるらしいが多くは語らない男やもめで、細かいことにもよく気が付くシシリーさんは男性恐怖症。力持ちのアンディさんは多分同性愛者で、動物の世話が得意なルウさんは内向的で滅多に声を発さない。
そして、父親のいない乳飲み子を抱えた私。
k
生きていれば皆何かしらの事情はあるものだが、それでも全員が全員、普通の職場では敬遠されてしまいそうな事情を抱えている。偶然なんてことはあり得ない。デイブさんがあえてそういった事情を抱える人を雇っているのだ、と考えた方が自然だ。
何故だろう、と今まで思っていたけれど……そういう理由だったんだ。
「だからさ、リリーちゃんも頑張って俺に恩返ししよう、とか思わなくていいからね?」
「う……」
どうにかしてデイブさんに報いたいとずっと考えていたけれど、私の考えは見透かされていたらしい。
「こうしてスキルを使って働いてくれるだけで充分助かってる。それでももし足りない、って思うなら、今度はリリーちゃんが他の誰か――困っている人に会った時、手を差し伸べてあげたらいいよ」
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