初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー㉔

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「まぁーまっ!」


 もうすぐ一歳になろうかという頃、エレノアが初めて言葉を話した。満面の笑みで私を呼ぶ我が子の姿は感動もので、思わずうるっと来たのは内緒だ。
 エレノアは大方の予想通り、赤子ながら既に美しく整った女の子に成長しつつある。
 出産して暫く経ってから判った瞳の色は私と同じ薄紫色。イース譲りの金髪と私から引き継いだ薄紫の瞳が合わさると、どことなく高貴な雰囲気になるのは何故なのだろう。何処かの貴族の生まれだと言っても納得されてしまいそうな見た目だ

(変な人に目をつけられないよう、気をつけないと。)

 エレノアが私を「ママ」と呼んで以降、両親は次に名前を呼ばれるのは自分だとばかりに張り切っている。


「エレノア! じいじだよ~! じーじ、って呼んでくれぇ」

「あなた! こんな小さい子に何言ってるの! 私が先でしょ! エレノア~ばあばだよ~」


 あっという間に此処や商会の従業員と馴染んだ両親は、毎日のように時間を見つけてはエレノアに自分を売り込もうと必死だ。
 そのエレノアは、というと高貴な見た目を裏切るアグレッシブさを日々発揮するので、親としては冷や冷やすることもしばしば。赤ちゃんの時からやたらと動き、ハイハイをするようになってからは私の自室どころか、ワイナリー中を高速で這いまわるちょっと恐ろしくてちょっと笑える商会の名物赤ちゃんとなった。

 両親や商会の皆に可愛がられすくすくと育ったエレノアは、ついこの間つかまり立ちをあっという間に覚えたと思ったら、いつの間にか短い距離ならば支えなしに一人で歩くことも出来るようになっていた。動物が好きで牧場横の両親の住む離れに頻繁に遊びに行っては、牛やヤギと楽しそうに戯れている。

 日々は穏やかに過ぎていき、夏がやって来た。


「いよいよ品評会ですね」

「ああ、漸く……と言いたいような、もう少し時間が欲しかったような……」


 久々に商会の従業員全員が揃った夕食の席。
 テーブルの上には、この数か月、何度も試作を繰り返し出来上がったワインが置かれている。

 ブドウの品質や製造工程などを改良するのには、私のスキルを使ったとしても長い時間がかかる。百パーセント満足が行く出来なのか、といえばそうではないだろう。

 私の<腐食>スキルは発酵工程の短縮だけでなく、その後の味を左右する熟成期間の短縮も出来るとこの数か月の実験で分かっているので、少量――それこそ、品評会に出品する分程度ならスキルを使えばすぐに作ることも可能なのだが、デイブさんとしてはあくまで、一般に流通させるものと同じワインを出せなければ意味がない、と考えたようだ。一般に広く販売する程の量を私のスキル頼みで作るつもりはないので、商品が出来上がるまでに時間が掛かってしまうのは仕方ない。

 結果、デイブさんが選択したのはこの国の主流とは違う、フレッシュでフルーティな口あたりの白ワインだった。
 エレノアはまだ完全に断乳していなので、母親の私はアルコールを飲めないけれど、出来上がったワインは芳醇な香りだけでも充分に評価が期待できるのでは、と思える出来だ。

 そして品評会を明日に控えた今夜、前哨戦というべきか、商会の従業員全員に完成品のお披露目をすることになった。この数か月、デイブさんと一緒にワイン造りをメインに取り組んできた私としては、緊張の瞬間だ。


「おいしいっ」

「ジュースに近いけど、ちゃんとワインぽさもありますね!」

「これ、ちょっとクセのあるチーズとか他のフルーツとも合いそう」

「ワインって苦手だったけれど、これなら飲めます!」


 幸い、従業員の反応は上々で、明日に控える品評会の手ごたえを感じた。
 デイブさんや皆の期待に輝く顔を見ていると、なんだか私まで嬉しくなる。
 
 明日の品評会には、例年通り王族も参加するらしい。そこで高い評価を貰えれば、商会の更なる飛躍に繋がることは間違いない。
 お世話になった皆の役に立ちたい一心で働いてきたが、いつのまにか商会の皆は私の大事な家族になっていて、この商会を発展させ皆とずっと働いて行くことは、いつの間にか私の夢にもなっていた。

 今はただ、成功を祈って。

 自分の他にただ一人、飲酒できないエレノアとジュースのグラスをぶつけ合い、小さく乾杯した。
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