初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ

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リシュリー㉖

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 デイブさん率いるネルソン商会が王家御用達の看板を掲げるようになり半年程経った。品評会後、正式に売り出した白ワインの評判は上々で、デイブさんや以前より働いている従業員の話だと、取引先がぐっと増えたらしい。既に来年のワインまで予約しようとする人がいるくらいだと聞いて、益々頑張らなければと日々の仕事にも気合が入る。

 そして更に嬉しいことがあった。初回納品の際、御礼を兼ねてワインと一緒に贈ったチーズやハムなどの食品が、贈った王家の皆様の大変お気に召したらしい! チーズについては、実はワインと並行してスキルで検証しながら改良し続けていた物の一つだ。王家に特別に贈るものだから、スキルで発酵から熟成状態まで細かく調整して一番出来の良かったものをお納めした。

 まさか本当に王族の方々が口にしてくださるとは思ってもみなかったので、ワインとは別に追加の発注を受けた時、商会の従業員は皆仰天した。デイブさんだけは「自信作だから当然だ」って胸を張っていたけど。
 当然その話はあっという間に拡がり、ネルソン商会の白ワインとチーズはセットでよく売れるようになった。


「んまっ!」

 
 そして今、私の目の前ではエレノアがチーズをぷくぷくの両手で掴みながら嬉しそうに頬張っている。エレノアはデイブさんの牧場で作られる新鮮な牛乳やチーズなどの乳製品が大好きだ。初めて口にした時は、赤子ながら雄たけびを上げていたっけ、と思わず遠い目になる。

 エレノアの成長は驚く程早い。食べることが大好きらしく、既に母乳は殆ど卒業している。
 初めての子育てだから、赤ちゃんって成長が早いのね、なんて呑気に思っていたけれど、母や子持ちの従業員の話を総合すると、エレノアは赤ちゃんの中でもかなり成長が早いようだ。力も強いし、従業員のルウさんにお願いしてしょっちゅう牛の背中に乗せて貰っては、きゃはきゃはと笑っている。

(運動神経の良さは、イース譲りなのかもね。)


「もうっ、エレノア。今日はもうチーズはそれでおしまいよ。塩分の摂りすぎはよくないんだから」


 もっともっととジェスチャーでチーズを強請る娘にきっぱり言うと、ガーンという効果音が聞こえそうなくらいショックを受けた顔をする。


「ちーじゅっ! ちーじゅっ!」

「だーめ」

「むううううううう」


 母親の意志が固いとみるやいなや、エレノアは周囲をキョロキョロし始めた。幸い、エレノアに甘い両親は離れの住まいに帰っている。

「まえら、ちーじゅ」

「ご、ごめんねエレノア。明日また食べましょ?」


 うっと絆されそうになりながらもチラッと私を見て誘惑に耐えるマイラさん。偉いぞ!
 しかし誰に似たのか、エレノアは非常に諦めが悪いのだ。その後もハマーさんやシシリーさんに私が睨みを利かせていると見て取るや(え、今誰か鬼婆って言った?)、最終兵器をぶっこんできた。

「でぶー! ちーじゅっ! ちーじゅほちい」

 そう、発音が難しいのかすっかり“デブ”呼ばわりされているデイブさんである。私たち親子の命の恩人と言っても過言ではないデイブさんにだけは、私が厳しく追及することが出来ないのを、エレノアは本能で悟っているらしい。大きな薄紫の瞳をうるうる潤ませ、デイブさんの洋服の裾を握った。


「ふわあああエレノアは今日もかわいいねぇ」

「でぶっ! ちーじゅっ!」

「えーでもなぁ、お母さんが駄目っていってるしなぁ」

「ちーじゅぅ……」

「うっ! そんな可愛い顔されると……」


 エレノアを抱き上げながら、ちらちらとこちらを見るデイブさん。
 そんな縋るような目はヤメテーーーーー!


「…………仕方ないな。あと一個だけですよ」

「やちゃ!(やった!)」

「よかったねぇ、エレノア」


 結局、愛娘と恩人兼上司のうるうる攻撃に屈してしまうのだった。



■■■■■



「こんにちは。ネルソン商会のワインが欲しくて寄ったんだが、ここであっているかな」

 昼下がり、ワイナリーを訪ねてきたのは身形のいい男性だった。本人が上流階級という訳では無さそうだけれど、恐らくそういった人たちのすぐ近くで働いているような雰囲気の。

 ネルソン商会のワインとチーズはセットで有名になり、近頃はこうして遠方から直接やってくるお客さんも増えた。それらのお客さんはいつも、デイブさんかマイラさん、二人がいない時は他の従業員が担当しているのだが、その時はたまたま人が出払っていて、自由に動ける人がいなかった。
 私は子どもを産み一児の母になったけれど、それでも大分若く見えるらしい。王都でたまの店番をする時なんかにも子どもだと侮られて絡まれてしまったことが何度かあり、それ以降は裏方に徹している。

 どうしよう? と思ったが、折角足を運んでくださったお客様を帰すのも忍びない。さっと対応して帰って貰えば平気だろうと自分で対応することにした。


「はい。白ワインをお求めですか?」

「ああ、王都で評判を聞いて是非飲んでみたいと思ってね。この国じゃ白ぶどうを使ったワインはまだ珍しいだろう?」

「ええ、そうですね。フルーティーで飲みやすいので、女性にもおすすめですよ」

「楽しみだな。もし可能なら少しブドウ畑なんかも見学してみたいのだが」


 男性は人の良さそうな笑顔を浮かべているが、目の奥に冷徹な光があるようで私はどこか恐ろしさを覚えた。

 ワイナリーがあるこの地は、シャンダン伯爵領にある。デイブさんがこの土地を購入したのは十数年程前と聞いているが、ワイナリーやブドウ畑自体はそれ以前からあったそうだ。経営が上手く行かず放置されていた土地を建物付きで買い取ったと聞いている。

 昨今のネルソン商会の躍進を聞いてか、買い物客を装い偵察にくる人間がいるので気を付けるように、と少し前にデイブさんより従業員全員に通達があったばかりだ。白ブドウの栽培方法や、チーズの製造工程を欲している人たちがいるらしい。ブドウ畑に関しては、<農家>スキルを持っている従業員の手伝いもあり、バレたところですぐに真似できる物でもないが、製品――特にチーズなどの乳製品の方はあれこれ試行錯誤して一般的な製造工程に手を加えているので、他の商会に知られる訳にはいかない。

 どうにか穏便に帰って貰おうと、不本意ではあるが自分の幼い見た目を利用することにする。


「すみません。今日は皆さん出払っていて……私はまだ此処で働き始めたばかりで勝手に案内は出来ないんです」

「へぇ、君はいつから此処で働いているの」

「ええっと、一年前くらいですね」

「ということは、賞を取った品評会の前あたりかな?」

「ええ、まぁ」

「そうなんだ。じゃあ知らないかな? この商会に珍しいスキルを持っている子がいるって噂で聞いたんだけど」

 
(私のこと……?)

 私は内心ドキリ!としたが、なんとか表情に出すことはなく平静を装った。
 男性の言う“珍しいスキル持ち”が私のことだとは限らない。スキルについて大っぴらに話すのはあまり歓迎されないので、私も従業員全員のスキルを把握している訳ではないからだ。


「すみません、働いて日も浅いのでよく知らないんです」

「そうか。いやなに、ちょっと興味があっただけなんだけど、わからないなら仕方ないね」


 眉を下げて困った顔を作ると、男性は案外あっさり引いた。


「まぁまーーーー!」


 背後からエレノアが私を呼ぶ声が聞こえてきたことで、男性は切り上げて帰って行った。
 エレノアのおむつを替えながらふと気付く。

(そういえば、さっきの人、結局何も買っていかなかったけれど良かったのかしら……?)


 
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