幸福論

のどか

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~後日談・番外編~

追憶に沈むー2ー

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コツリコツリとノクトの足音だけが静かな夜に響く。
ジオは生存者がいるかもしれない、しかもそれはまだ12の少女がでこの恐ろしい夜の終わりを知らされずに震えているかもしれないと知ったとたんに鉄砲玉のように飛び出していった。
アホだが情が深く腕も確かで子供受けも悪くはない。
ノクトとしてはジオから発見し保護したという報告が入るのが一番なのだが、そう上手くもいかないらしい。

「……誰かいるのか?」

ほんのかすか、勘違いかもしれないというレベルで生き物の気配を感じたような気がした。
ノクトは銃を握り直しながら扉越しに気配をうかがうが返事はない。
かわりにクローゼットの中からカタリという音と何かに怯えるように空気が張り詰めるのを感じた。
ここがアタリか。

「……誰か―――この家の娘か?
 俺は“夜の闇”を継ぐものだ。この家の者に危害は加えない」

これ以上怯えさせないようにと慎重に紡いだ声に反応するようにガタリと大きな音がして転がるように少女がクローゼットから飛び出してきた。
ノクトはとっさに駆け寄ってその体が床に激突する前に受け止める。
カタカタと震えているものの怪我はないらしい様子にひとまず息を吐く。
さてまだ幼い少女に今の状況をどう説明したものかと頭を悩ませていたところに全く空気の読めない声が割り込んできた。
ノクトはなんだかとても嫌な予感がして慌てて黙らせようとするが腕の中には恐怖と不安に震える少女が居る。
発砲することも何かを投げつけることも、怒鳴ることさえもできずにその声が紡がれるままにするしかなかった。

「ボス!こっちの生存者はゼロ、だ……」

だから常日頃気配には気を配れとあれだけ言っておいたのにこのバカが!!
さすがに状況が分かったらしいジオはあからさまにやっちまった…!!という顔をして盛大に視線を泳がせている。
当然のように降りたった気まずい沈黙を破ったのは意外なことにノクトの腕の中で震えていた少女だった。
真っ青になった顔で唇をわななかせながら縋るようにノクトとジオを見つめる。
ノクトもジオもこわばった顔で必死に現実を否定する少女にかける言葉を持っていなかった。
その無言に耐えかねて両親を探しに行こうとフラフラとした足取りで腕の中から抜け出そうとする少女の腕をつかんで引き止める。
それでも、それ以上の言葉は出てこない。
いやいやと首を振りながらもがく少女の腕をつかんだままノクトの唇からこぼれたのは残酷な現実だった。

「……残念だが、ここにお前以外の生き残りはいない」

強張った体に、震える声に、自分を睨みつける瞳に揺れる不安と絶望の影にノクトはどうしてやることもできなかった。
ただ、少女の望むままに彼女の両親の元まで連れて行ってやることしかできなかった。












泣くだろうと思った。
声を上げて幼い子供のように泣くだろうと、そう思っていた。
ノクトもジオも仕事柄そういう姿をたくさん見てきた。
だから、親の変わり果てた姿を見たらこのか弱い少女は簡単に泣き崩れると思っていた。

「爺や?寝てるの……?
 遅いから、私が来ちゃった」

執事のそばにそっと膝をついて優しくその頬を撫でる少女は泣いていなかった。
それどころかぎこちない笑みを浮かべてとても柔らかい声で執事に語りかけ続ける。
少女の白く細い指が血の気を失くした初老の執事の頬を滑る。
何度も何度も自分の温もりを移すように、その仕草だけではやく起きてと囁くように。
真っ暗な夜の中で窓から差し込む月の光を浴びて死者を呼びもどそうとする少女。
穏やかで柔らかで少しだけ甘えた色をのせた声が眠りを覚ますように何度も何度も執事と伯爵夫妻を呼んだ。
暗い死の影なんて見当たらないような、黒く変色した赤なんて目に入らないような、神聖で侵しがたく、異常で、異質で、美しいその光景を止めることも壊すこともできずにただ立ち尽くす。
そのうちに柔らかな声が震えて、途切れて、少女の白く柔らかそうな頬を真珠のような滴が次々に滑るようになった。
それでもノクトはかける言葉を見つけられず、慰める術も、元気づける方法も分からずにいる。
冷たくなった手に縋りながら「返して」と泣き叫ぶ少女を、その美しくも哀しく痛ましい姿をただ黙って見守ることしかできなかった。

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