52 / 102
【35】違和感 ー誰かに見られてる?ー
しおりを挟む
その日、ハルボーン中佐に連れられ、ダニエルは初めて宮殿内に足を踏み入れた。
初めてのヴァリカレー宮殿!
豪華絢爛な装飾・内装に圧倒されるんだと思っていたが、実際には恐れ多くて、内部をジロジロ見る余裕なんてなかった。
正確には、ずっと俯いていたからハルボーン中佐のブーツの踵と真っ赤な絨毯しか見てない。
だって、緊張していたんだもん!
文官士官、貴族御婦人方……すれ違う人々はみんな優雅で品に溢れていて、田舎者の自分との雲泥の差だ。
軍関係者の詰所に入れて、ホッとへたり込みそうになった。
ハルボーン中佐は、「そんなに畏まらなくていい」って言うけど、ここで謹まなきゃ、何処で謹むんだって話よっ!?
「ここは女王陛下に謁見する際の将校達の待合室だ。掃除用具はここにだ」
興奮冷めやらぬダニエルを無視して、ハルボーン中佐は淡々と説明を続ける。
壁に埋め込まれたコートロッカーの隅に、箒ちりとり、雑巾、ワックスなどの備品が詰め込まれていた。
「廊下の角の使用人室から水を借りたまえ。それから暖炉側の壁には触れるな。特殊な塗料が使われている」
「はい」
ドアの右手には大きな暖炉、その周囲には剣を掲げる騎士が壮大に描かれている。
それを横目に、中佐の指示を聞き逃さないようダニエルは必死でメモをとった。
「まず初めに、なにか危険な品が置かれてないか、部屋中をくまなくチェックしろ」
「はい」
「次に、清掃だ。糸くず一つ残すな。埃なんて以ての外だ。窓は綺麗に磨いておけ」
「はい」
「それが終わったら本の整理を頼む。一ヶ月に一度は、机、本棚を水拭き乾拭きして、ワックスをかけること。ソファーも同様だ。革専用のワックスがあるから、ソファーにはそれを使用してくれ」
「はい」
待合室の中央にはローテーブルと革張りのソファ。
正面は腰丈の窓が壁一面に並ぶ。
窓と窓の間には重そうなカーテンが並び、糸くずが落ちてきそうね。
左手には壁一面の本棚とコートロッカー、製図の束が入ったワゴンが備え付けられていた。
部屋は大きくないものの、とにかく本が多くて埃っぽい。
下働きの侍女達による清掃は毎日入るだろうが、これは骨が折れそう。
「他にもしてほしいことは色々あるが……ひとまずこれだけやってみてくれ」
「はい!」
ダニエルがピシッと敬礼すると、ハルボーン中佐は小さく頷き、部屋を去っていく。
一人残されたダニエルは、「うらぁぁぁ!やるぞぉ」と両手を宙に突き出し、気合を入れた。
それからは週二日、仕事が休みの日にハルボーン中佐からの宮殿内バイトが入るようになった。
銀行のローンも通ったし、嬉しい事づくめ、幸運って続くものね!
そういえば前もこんな風に、思ったことがあったなぁ。
ーーーなんだっけ?
窓ガラスをを磨きながら記憶を辿ってみたが、思い出せない。
それだけ自分には、幸せが多いってことだろう。
両親との距離感は残念だが、ダニエルには理解してくれる友人、頼りにならない弟、心の支えになってくれるあの人がいる。
それに厳しく指導してくれるリック分隊長も、親身になってくれるハルボーン中佐もいるのだ。
ダニエルは幸せ全開でガラスを拭き上げた。
「今日はソファーをやってしまおう」
ハッピーパワーのまま、ダニエルはソファーのワックスがけに取り掛かる。
独特の匂いを放つ茶色い脂を布に染み込ませ、革に塗り込む。
暖炉側の座面を拭き終わり、本棚側の座面にとりかかろうと尻を突き出した、その時だった。
「ーーー!!!」
毛虫を目にした時のような、寒気が混じった鳥肌がうなじから背中にかけて走る。
恐る恐る、ダニエルは振り返った。
そこには暖炉がぽっかり口を開けている。
ダニエルは誰もいない室内で、幽霊を探すかのように目をこらした。
理性が気のせいよと訴えるが、本能が心臓の鼓動を速める。
信じられないことに、誰かに見られている気がした。
おそるおそるカーテンの裏をめくる。
当たり前だが、誰もいない。
こんな場所に人が入るわけないとわかっていても、壁に並ぶコートロッカーを開けて中を確認せずにはいられなかった。
「き、きのせいよね……そうよ、気のせい!気のせい!!」
わざと大声で、自分に言い聞かせる。
だが肌をゾワゾワさせる無人の視線は、絶えず背中に感じたままだった。
初めてのヴァリカレー宮殿!
豪華絢爛な装飾・内装に圧倒されるんだと思っていたが、実際には恐れ多くて、内部をジロジロ見る余裕なんてなかった。
正確には、ずっと俯いていたからハルボーン中佐のブーツの踵と真っ赤な絨毯しか見てない。
だって、緊張していたんだもん!
文官士官、貴族御婦人方……すれ違う人々はみんな優雅で品に溢れていて、田舎者の自分との雲泥の差だ。
軍関係者の詰所に入れて、ホッとへたり込みそうになった。
ハルボーン中佐は、「そんなに畏まらなくていい」って言うけど、ここで謹まなきゃ、何処で謹むんだって話よっ!?
「ここは女王陛下に謁見する際の将校達の待合室だ。掃除用具はここにだ」
興奮冷めやらぬダニエルを無視して、ハルボーン中佐は淡々と説明を続ける。
壁に埋め込まれたコートロッカーの隅に、箒ちりとり、雑巾、ワックスなどの備品が詰め込まれていた。
「廊下の角の使用人室から水を借りたまえ。それから暖炉側の壁には触れるな。特殊な塗料が使われている」
「はい」
ドアの右手には大きな暖炉、その周囲には剣を掲げる騎士が壮大に描かれている。
それを横目に、中佐の指示を聞き逃さないようダニエルは必死でメモをとった。
「まず初めに、なにか危険な品が置かれてないか、部屋中をくまなくチェックしろ」
「はい」
「次に、清掃だ。糸くず一つ残すな。埃なんて以ての外だ。窓は綺麗に磨いておけ」
「はい」
「それが終わったら本の整理を頼む。一ヶ月に一度は、机、本棚を水拭き乾拭きして、ワックスをかけること。ソファーも同様だ。革専用のワックスがあるから、ソファーにはそれを使用してくれ」
「はい」
待合室の中央にはローテーブルと革張りのソファ。
正面は腰丈の窓が壁一面に並ぶ。
窓と窓の間には重そうなカーテンが並び、糸くずが落ちてきそうね。
左手には壁一面の本棚とコートロッカー、製図の束が入ったワゴンが備え付けられていた。
部屋は大きくないものの、とにかく本が多くて埃っぽい。
下働きの侍女達による清掃は毎日入るだろうが、これは骨が折れそう。
「他にもしてほしいことは色々あるが……ひとまずこれだけやってみてくれ」
「はい!」
ダニエルがピシッと敬礼すると、ハルボーン中佐は小さく頷き、部屋を去っていく。
一人残されたダニエルは、「うらぁぁぁ!やるぞぉ」と両手を宙に突き出し、気合を入れた。
それからは週二日、仕事が休みの日にハルボーン中佐からの宮殿内バイトが入るようになった。
銀行のローンも通ったし、嬉しい事づくめ、幸運って続くものね!
そういえば前もこんな風に、思ったことがあったなぁ。
ーーーなんだっけ?
窓ガラスをを磨きながら記憶を辿ってみたが、思い出せない。
それだけ自分には、幸せが多いってことだろう。
両親との距離感は残念だが、ダニエルには理解してくれる友人、頼りにならない弟、心の支えになってくれるあの人がいる。
それに厳しく指導してくれるリック分隊長も、親身になってくれるハルボーン中佐もいるのだ。
ダニエルは幸せ全開でガラスを拭き上げた。
「今日はソファーをやってしまおう」
ハッピーパワーのまま、ダニエルはソファーのワックスがけに取り掛かる。
独特の匂いを放つ茶色い脂を布に染み込ませ、革に塗り込む。
暖炉側の座面を拭き終わり、本棚側の座面にとりかかろうと尻を突き出した、その時だった。
「ーーー!!!」
毛虫を目にした時のような、寒気が混じった鳥肌がうなじから背中にかけて走る。
恐る恐る、ダニエルは振り返った。
そこには暖炉がぽっかり口を開けている。
ダニエルは誰もいない室内で、幽霊を探すかのように目をこらした。
理性が気のせいよと訴えるが、本能が心臓の鼓動を速める。
信じられないことに、誰かに見られている気がした。
おそるおそるカーテンの裏をめくる。
当たり前だが、誰もいない。
こんな場所に人が入るわけないとわかっていても、壁に並ぶコートロッカーを開けて中を確認せずにはいられなかった。
「き、きのせいよね……そうよ、気のせい!気のせい!!」
わざと大声で、自分に言い聞かせる。
だが肌をゾワゾワさせる無人の視線は、絶えず背中に感じたままだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
223
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる