23 / 42
FILE3『無自覚と功罪』
2・修学旅行費
しおりを挟む
聞けば探偵倶楽部を立ち上げたのも仙石で、一人だけだと倶楽部として成り立たないという理由で、司も強引に入らされたそうだ。仙石は見た目通り、強引な奴らしい。
「ええと、家族構成は……父、母、兄、おれ。好きな本は、うーん……」
「何だ、大谷くん。本くらい読まないのか?」
仙石が定規で自分の肩をぽんぽんと叩きながらにやにやと笑っている。ぼくよりも背が高い女子なんて、同級生で今までいたことがなかったので少し驚いたが、仙石家は元々早熟型で、小学生で成長が止まるような家系だそうだ。それでも百六十六センチは高いと思う。
「読むことは読むけど、歴史書とか伝記とか漫画とかだなあ」
「結構結構」
仙石が大きな音を立てて拍手をしたが、本を読んでいた司が顔を上げて「ハルカ、うるさい」と一喝していた。そんな司を横目で見ると、仙石はぼくに向かって口を開いた。
「見ろ、大谷くん。司はいま譜面を読んでいる。頭の中はきっとおたまじゃくしでいっぱいだ。流行りの漫画の話題を振っても、司には通じない」
困惑したように言われたが、ぼくだって同じようなものだ。
「残念だけど仙石、おれも同じようなものだよ。でも、仙石の愛読書は何となくわかるよ。推理小説や探偵小説、ハードボイルドだろ?」
仙石はパチンと指を鳴らした。いちいち派手なリアクションだ。
「正解だ。さすが大谷くん。噂通りの洞察力だ。因みに、最近は清正 醍醐先生の音の無い世界が気に入っている。雑誌連載しているのだが、知っているかい?」
「あー、うん、聞いたことある気がする」
ぼくは適当に頷いて鉛筆を動かした。百問のうち、まだ三十五問までしか終わっていない。こんな雑談をしていては、いつ帰れるのかわからないからだ。
「ハルカ、たくみを集中させてやれよ。お前が見張っていたら、書きづらいだろ? ハルカの好きな、清正先生の本でも読んでなよ」
静かな声でそう言って、司は清正 醍醐の『空中楼閣』を机に置いた。仙石はまだぼくに話しかけようとしていたが、やがて諦めたのか司の席の側へ行き、本を取り上げて読書を始めた。
ようやく百問終わる頃には、すでに午後五時を回っていた。倶楽部終了の鐘が鳴り、ぼくは同時に鉛筆を置いた。
「やっと終わった」
ぐったりと机に突っ伏すると、本を読んでいた仙石が顔を上げて「ご苦労だったね」と元気に声をかけてきた。部長だからか、偉ぶっていやがる。
そして百問質問用紙を取り上げると、張り切って読み始めた。
「おや、大谷くんの身長は百六十四センチなのだな。私と同じくらいかと思っていたが、二センチ低いようだ」
「ハルカがでかいんだよ」
譜面を閉じた司が、立ち上がってこちらに歩きながら言った。仙石は不満そうに司を見ていた。
「あと二センチだろ。仙石なんて、おれがすぐに追い抜いてやる」
人差し指を仙石に向けてぼくは挑発的に言ってやった。仙石はきょとんとしていたが、やがて眼鏡をずり上げると「期待して待っている」と恥ずかしそうに微笑んだ。思った通り、身長がコンプレックスのようだ。多分以前のおれと同様、自分より大きい同級生を見たことがないのだろう。仙石は女子だ。女子が一番大きいことは、多分恥ずかしいという気持ちもあるのだと思う。
司は百五十センチ前半くらいだろうか。まだ仙石には遠いようだ。
「お父さんは自由業、お母さんは内職、お兄さんは中学二年生か」
仙石が読み上げ、ぼくが補足した。
「母ちゃんは訳あって外で働けないから、家で出来る仕事をしているよ。兄ちゃんはこっちの中学でも野球部に入ったみたい。野球馬鹿だから、家にほとんどいないでトレーニングしてる。ちなみにペルセウスの熱狂的なファン」
「あ、ハルカと同じだね」
顔を上げて司が合いの手を入れた。仙石は大きく頷いた。
「君のお兄さんとは気が合いそうだ。因みに大谷くんはどこか贔屓の球団があるのかい?」
「おれは櫻ナイトメア。松永 ヒュウトのファンなんだ」
「あ、俺も松永好きだな」
司もこの話題に交じって、しばらく三人でわいわい話した。
基本的に探偵倶楽部の活動は、職員室の『忘れ物コーナー』に届けられた落し物を、落とし主を探し出して返すことだが、生徒が直接依頼にくることもあるそうだ。
飼い犬が逃げ出してしまい、一緒に探したこともあったそうだ。大きな案件というのはそれくらいで、平和なものだった。
高田が言っていた「人の粗さがし」なんてしていない。人の役に立つような倶楽部活動なら、ぼくも積極的にやっていきたいと思った。
「我々の活動は、基本的に月水金の三回。そして、大谷くんが部員になった記念に、今回はこんな仕事をしてみたいと思っている」
すでに下校のチャイムがなっているので、仙石は心なしか早口でまくし立てた。教卓の近くに座った司が小さくため息をつくのが見えた。
「名付けて『山岡さんの修学旅行費を隠した犯人を捜せ』だ」
「えっっ」
ぼくと司が同時に声を出した。山岡は修学旅行費が戻った時点でもう良いと言っていたのだから、この件は終息に向かっていたのだと思っていた。
2・続く
「ええと、家族構成は……父、母、兄、おれ。好きな本は、うーん……」
「何だ、大谷くん。本くらい読まないのか?」
仙石が定規で自分の肩をぽんぽんと叩きながらにやにやと笑っている。ぼくよりも背が高い女子なんて、同級生で今までいたことがなかったので少し驚いたが、仙石家は元々早熟型で、小学生で成長が止まるような家系だそうだ。それでも百六十六センチは高いと思う。
「読むことは読むけど、歴史書とか伝記とか漫画とかだなあ」
「結構結構」
仙石が大きな音を立てて拍手をしたが、本を読んでいた司が顔を上げて「ハルカ、うるさい」と一喝していた。そんな司を横目で見ると、仙石はぼくに向かって口を開いた。
「見ろ、大谷くん。司はいま譜面を読んでいる。頭の中はきっとおたまじゃくしでいっぱいだ。流行りの漫画の話題を振っても、司には通じない」
困惑したように言われたが、ぼくだって同じようなものだ。
「残念だけど仙石、おれも同じようなものだよ。でも、仙石の愛読書は何となくわかるよ。推理小説や探偵小説、ハードボイルドだろ?」
仙石はパチンと指を鳴らした。いちいち派手なリアクションだ。
「正解だ。さすが大谷くん。噂通りの洞察力だ。因みに、最近は清正 醍醐先生の音の無い世界が気に入っている。雑誌連載しているのだが、知っているかい?」
「あー、うん、聞いたことある気がする」
ぼくは適当に頷いて鉛筆を動かした。百問のうち、まだ三十五問までしか終わっていない。こんな雑談をしていては、いつ帰れるのかわからないからだ。
「ハルカ、たくみを集中させてやれよ。お前が見張っていたら、書きづらいだろ? ハルカの好きな、清正先生の本でも読んでなよ」
静かな声でそう言って、司は清正 醍醐の『空中楼閣』を机に置いた。仙石はまだぼくに話しかけようとしていたが、やがて諦めたのか司の席の側へ行き、本を取り上げて読書を始めた。
ようやく百問終わる頃には、すでに午後五時を回っていた。倶楽部終了の鐘が鳴り、ぼくは同時に鉛筆を置いた。
「やっと終わった」
ぐったりと机に突っ伏すると、本を読んでいた仙石が顔を上げて「ご苦労だったね」と元気に声をかけてきた。部長だからか、偉ぶっていやがる。
そして百問質問用紙を取り上げると、張り切って読み始めた。
「おや、大谷くんの身長は百六十四センチなのだな。私と同じくらいかと思っていたが、二センチ低いようだ」
「ハルカがでかいんだよ」
譜面を閉じた司が、立ち上がってこちらに歩きながら言った。仙石は不満そうに司を見ていた。
「あと二センチだろ。仙石なんて、おれがすぐに追い抜いてやる」
人差し指を仙石に向けてぼくは挑発的に言ってやった。仙石はきょとんとしていたが、やがて眼鏡をずり上げると「期待して待っている」と恥ずかしそうに微笑んだ。思った通り、身長がコンプレックスのようだ。多分以前のおれと同様、自分より大きい同級生を見たことがないのだろう。仙石は女子だ。女子が一番大きいことは、多分恥ずかしいという気持ちもあるのだと思う。
司は百五十センチ前半くらいだろうか。まだ仙石には遠いようだ。
「お父さんは自由業、お母さんは内職、お兄さんは中学二年生か」
仙石が読み上げ、ぼくが補足した。
「母ちゃんは訳あって外で働けないから、家で出来る仕事をしているよ。兄ちゃんはこっちの中学でも野球部に入ったみたい。野球馬鹿だから、家にほとんどいないでトレーニングしてる。ちなみにペルセウスの熱狂的なファン」
「あ、ハルカと同じだね」
顔を上げて司が合いの手を入れた。仙石は大きく頷いた。
「君のお兄さんとは気が合いそうだ。因みに大谷くんはどこか贔屓の球団があるのかい?」
「おれは櫻ナイトメア。松永 ヒュウトのファンなんだ」
「あ、俺も松永好きだな」
司もこの話題に交じって、しばらく三人でわいわい話した。
基本的に探偵倶楽部の活動は、職員室の『忘れ物コーナー』に届けられた落し物を、落とし主を探し出して返すことだが、生徒が直接依頼にくることもあるそうだ。
飼い犬が逃げ出してしまい、一緒に探したこともあったそうだ。大きな案件というのはそれくらいで、平和なものだった。
高田が言っていた「人の粗さがし」なんてしていない。人の役に立つような倶楽部活動なら、ぼくも積極的にやっていきたいと思った。
「我々の活動は、基本的に月水金の三回。そして、大谷くんが部員になった記念に、今回はこんな仕事をしてみたいと思っている」
すでに下校のチャイムがなっているので、仙石は心なしか早口でまくし立てた。教卓の近くに座った司が小さくため息をつくのが見えた。
「名付けて『山岡さんの修学旅行費を隠した犯人を捜せ』だ」
「えっっ」
ぼくと司が同時に声を出した。山岡は修学旅行費が戻った時点でもう良いと言っていたのだから、この件は終息に向かっていたのだと思っていた。
2・続く
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる