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第1章★女帝、降臨★
第3話☆ラストダンスは軍師様と☆
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「菫殿!」
パーティーの片付けを終えて、すでにもう空が白んできた頃、海野が手を上げて菫に声をかけてきた。
「海野様、お待たせしてすみません」
目立たないよう城を出て、天界国側にある小さな丘で待ち合わせをしていた。
2人は握手を交わす。
海野は相変わらずのポーカーフェイスだったが、菫が笑顔で挨拶をすると、少しだけ片頬がピクリと動いた気がした。
「お元気そうでなによりです。サギリ様と御剣はあなたの元できちんと罪を償っていますか?」
海野が菫を見下ろして冷たいような三白眼ぎみの目を向けて呟く。菫は対照的にニコニコしながら頷いた。
「はい、もちろんです。サギリ様と御剣様は違う場所で、月読教信者の方たちに罪を償っています。月毎に報告書を提出致しますね。とりあえず今までの2人の行動報告書です。お納めください」
菫が書類を海野に提出すると、海野は流れるような仕草でそれを受け取り、鞄にしまった。
「ありがとうございます」
「実月姫のご様子はいかがですか? カルラ様と裕がいなくなって、残念に思っていませんか?」
海野はその言葉を聞いて、ピクリと頬を動かした。
「裕殿がいないのがずいぶん堪えているようです。カルラ殿には甘えきっていましたが、一緒にいる時間が短かったのと、元々恋愛気質な姫のお戯れと思っておいて下さい」
「恋愛気質?」
菫が反芻すると、海野は頷いた。
「つまり、カルラ殿の顔がタイプだったのかと」
海野の声を聞いて、菫は少し考えると口を開いた。
「顔もそうかもしれませんが、一緒にいて安心できたんじゃないかな……」
ポツリと呟いた菫の声に、海野はピクリと眉を動かした。
「安心?」
「はい。王女の重圧から解放されて、穏やかな時間を過ごせたんじゃないかな……」
「あなたはずいぶん実月姫の気持ちがわかるのですね」
「ううん、想像です。忘れて下さい」
2人は少し沈黙した。その後海野が荷物を地面に置いて、菫に手を差し出してきた。
「せっかくパーティーに出たのですから、私と踊って下さいませんか」
跪く海野は、菫を見上げて相変わらずのポーカーフェイスで言った。
菫はクスッと笑うと海野に声をかける。
「わたし出席はしてないですよ。女中の仕事をしただけです」
「ですから、2人きりの今、ここで踊りませんか」
見た目と裏腹に随分洒落たことをするな、と思いながら、菫は笑顔で頷いて海野の手に自分の手をそっと乗せた。
「海野様、意外と積極的なんですね。ドキドキしちゃう」
「ええ、あなたを口説きにきましたから。これが天界国まで来た私の本当の目的です」
海野は立ち上がると菫の手をグイと引いた。
勢いで菫は海野の胸に飛び込み、そのまま抱きしめられるようにゆったりと2人だけのダンスが始まった。
菫は海野の行動に驚いていた。彼の突拍子もない行動は、どう判断して良いのかわからない。
策略は得意だろうから、何かを試されているのかもしれない。
「菫殿……私の元で働いてみませんか」
「え?」
「お給料は現在の20倍、お出しします。私のサポートとして、邪神国のために策を練ったり戦術を考えたり、して下さいませんか」
「……引き抜きですか? 一介の天界国女中を?」
「ええ。私は菫殿の頭脳が欲しい。こんなところで埋もれているのはもったいない」
菫を抱きしめる海野の手が強まった。
「……こんな色気のない口説かれ方をしたの、初めてだわ」
クスッと笑いながら菫は呟いた。
「どういう意味ですか」
訳がわからない、という表情で海野が顔色を変えずに首を傾げる。
「嘘でも菫が欲しい、と言えばときめいたのに。まるでわたしの頭脳だけが欲しくて、わたしの心は必要ないみたい」
「……え……」
絶句したように海野は菫の肩を掴み、菫の顔をまじまじと見た。
菫は海野を見上げて試すように笑っていた。
「どれだけわたしが欲しいのか、その証拠を見せて欲しいな」
海野にウインクすると、菫は海野から離れた。
「証拠、ですか……」
「ええ。海野様は普段どうやって女性を口説いているの?」
「私は……仕事一筋ですので浮ついたことはありません」
「ふふ、そんな感じね」
海野は戸惑ったように視線を宙に浮かせた。
「ですから、ダンスに誘い、異性と密着するということすら、自分の中では精一杯です。そう、思って頂ければ……」
「うーん。それなら、わたしじゃなくてもいいんじゃない? わたし頭も良くないし、専門的な戦略なんか考えつかないですよ」
「……あなただから欲しいとお伝えしたはずですが」
なんで? と菫の頭の中で疑問が沸いている。
この顔色を滅多に変えないポーカーフェイスの邪神国軍師に、なぜここまで評価されているのか、全くわからなかった。
「だってわたし、天界国の士官ですよ。現在は同盟を組んでいるとはいえ、緊張状態にある邪神国の味方になるなんて、売国奴って言われちゃう」
「ですから、20倍お出しすると申しました」
海野の淡々とした口調に、菫は唸ってしまった。
「わたし以上に合理的ね、海野様は。そこに感情を入れてはダメなのね」
「お金をもらえれば満足ではないですか? 少なくとも私が邪神国で働いている理由はそれです」
「うふふ、いいこと聞いちゃった」
「え?」
「海野様、ご出身は?」
菫の問いに、眉を潜めながらも小さな声で海野は答えた。
「中世国です」
「まあ、中世国!」
三国から少し離れた小さな国だ。倭国同様島国だが、こちらは島が連なった連邦にあたるため、国内同士の争いが絶えない国だった。
芸術面に優れた才能を持つ者が多く、建造物も美しいものが多い。
「人魚族との争いの際、家族を全て失いました。それからすぐ邪神国に逃げ、難民として暮らしておりましたが、運良く士官として就職できた次第です」
人魚族は海を統べているため、同じ島国である倭国とも争ったことがあった。
その際は、倭国大体の男性陣が人魚族の術で魅了され、全く役に立たなかったため菫が指揮をとり、女性と少しの男性で人魚族に勝利した過去があった。
現在人魚族たちは菫が取り込んでしまったため、彼女たちは菫をとても慕っており、力になってくれたり、一緒にイベントを企画したり、良好な関係を築けていた。
「海野様、そのお話、少し考えてからでも良いですか? わたし、やはり天界国で仕事をするのが好きなのです」
「はい、愛国心は大切なことですから」
無表情を貫く海野に、おかしくなって菫はクスッと笑ってしまう。
「じゃあ、次に口説きにくるときまで、楽しみに待っていますね」
菫は海野に抱きつくと、頬に口づけを落とした。
「え、えっ……」
慌てたような声を聞いて見上げると、海野の頬が少し赤く染まっているような感じがした。
「そういえば、カルラ様はお元気ですか? お2人は黄金の林檎の治験者たちの件でたまにお会いする仲と聞きました」
菫がふと聞いてみると、海野は「知らなかったのですか」と呟いた。
「カルラ殿は黄金の林檎の解毒薬を大量に生産するため、時間が惜しくて、死の監獄から出てこないそうです」
「えっ、そうだったのですか」
菫が驚くと、海野も頷いた。
「カルラ殿は邪神国のために解毒薬を作っているので、今回の不参加は許されたのでしょうね」
全然カルラと会っていない菫は、少し気持ちが沈んでしまった。
「もう少し踊りましょうよ。ね、海野様」
その後感情を振り払うように笑うと、菫は海野の手を取ってアップテンポで踊り始めた。
弾けるような笑顔を見せる菫を、海野はキスをされた頬を押さえながら、目を細めてずっと眺めていた。
☆続く☆
パーティーの片付けを終えて、すでにもう空が白んできた頃、海野が手を上げて菫に声をかけてきた。
「海野様、お待たせしてすみません」
目立たないよう城を出て、天界国側にある小さな丘で待ち合わせをしていた。
2人は握手を交わす。
海野は相変わらずのポーカーフェイスだったが、菫が笑顔で挨拶をすると、少しだけ片頬がピクリと動いた気がした。
「お元気そうでなによりです。サギリ様と御剣はあなたの元できちんと罪を償っていますか?」
海野が菫を見下ろして冷たいような三白眼ぎみの目を向けて呟く。菫は対照的にニコニコしながら頷いた。
「はい、もちろんです。サギリ様と御剣様は違う場所で、月読教信者の方たちに罪を償っています。月毎に報告書を提出致しますね。とりあえず今までの2人の行動報告書です。お納めください」
菫が書類を海野に提出すると、海野は流れるような仕草でそれを受け取り、鞄にしまった。
「ありがとうございます」
「実月姫のご様子はいかがですか? カルラ様と裕がいなくなって、残念に思っていませんか?」
海野はその言葉を聞いて、ピクリと頬を動かした。
「裕殿がいないのがずいぶん堪えているようです。カルラ殿には甘えきっていましたが、一緒にいる時間が短かったのと、元々恋愛気質な姫のお戯れと思っておいて下さい」
「恋愛気質?」
菫が反芻すると、海野は頷いた。
「つまり、カルラ殿の顔がタイプだったのかと」
海野の声を聞いて、菫は少し考えると口を開いた。
「顔もそうかもしれませんが、一緒にいて安心できたんじゃないかな……」
ポツリと呟いた菫の声に、海野はピクリと眉を動かした。
「安心?」
「はい。王女の重圧から解放されて、穏やかな時間を過ごせたんじゃないかな……」
「あなたはずいぶん実月姫の気持ちがわかるのですね」
「ううん、想像です。忘れて下さい」
2人は少し沈黙した。その後海野が荷物を地面に置いて、菫に手を差し出してきた。
「せっかくパーティーに出たのですから、私と踊って下さいませんか」
跪く海野は、菫を見上げて相変わらずのポーカーフェイスで言った。
菫はクスッと笑うと海野に声をかける。
「わたし出席はしてないですよ。女中の仕事をしただけです」
「ですから、2人きりの今、ここで踊りませんか」
見た目と裏腹に随分洒落たことをするな、と思いながら、菫は笑顔で頷いて海野の手に自分の手をそっと乗せた。
「海野様、意外と積極的なんですね。ドキドキしちゃう」
「ええ、あなたを口説きにきましたから。これが天界国まで来た私の本当の目的です」
海野は立ち上がると菫の手をグイと引いた。
勢いで菫は海野の胸に飛び込み、そのまま抱きしめられるようにゆったりと2人だけのダンスが始まった。
菫は海野の行動に驚いていた。彼の突拍子もない行動は、どう判断して良いのかわからない。
策略は得意だろうから、何かを試されているのかもしれない。
「菫殿……私の元で働いてみませんか」
「え?」
「お給料は現在の20倍、お出しします。私のサポートとして、邪神国のために策を練ったり戦術を考えたり、して下さいませんか」
「……引き抜きですか? 一介の天界国女中を?」
「ええ。私は菫殿の頭脳が欲しい。こんなところで埋もれているのはもったいない」
菫を抱きしめる海野の手が強まった。
「……こんな色気のない口説かれ方をしたの、初めてだわ」
クスッと笑いながら菫は呟いた。
「どういう意味ですか」
訳がわからない、という表情で海野が顔色を変えずに首を傾げる。
「嘘でも菫が欲しい、と言えばときめいたのに。まるでわたしの頭脳だけが欲しくて、わたしの心は必要ないみたい」
「……え……」
絶句したように海野は菫の肩を掴み、菫の顔をまじまじと見た。
菫は海野を見上げて試すように笑っていた。
「どれだけわたしが欲しいのか、その証拠を見せて欲しいな」
海野にウインクすると、菫は海野から離れた。
「証拠、ですか……」
「ええ。海野様は普段どうやって女性を口説いているの?」
「私は……仕事一筋ですので浮ついたことはありません」
「ふふ、そんな感じね」
海野は戸惑ったように視線を宙に浮かせた。
「ですから、ダンスに誘い、異性と密着するということすら、自分の中では精一杯です。そう、思って頂ければ……」
「うーん。それなら、わたしじゃなくてもいいんじゃない? わたし頭も良くないし、専門的な戦略なんか考えつかないですよ」
「……あなただから欲しいとお伝えしたはずですが」
なんで? と菫の頭の中で疑問が沸いている。
この顔色を滅多に変えないポーカーフェイスの邪神国軍師に、なぜここまで評価されているのか、全くわからなかった。
「だってわたし、天界国の士官ですよ。現在は同盟を組んでいるとはいえ、緊張状態にある邪神国の味方になるなんて、売国奴って言われちゃう」
「ですから、20倍お出しすると申しました」
海野の淡々とした口調に、菫は唸ってしまった。
「わたし以上に合理的ね、海野様は。そこに感情を入れてはダメなのね」
「お金をもらえれば満足ではないですか? 少なくとも私が邪神国で働いている理由はそれです」
「うふふ、いいこと聞いちゃった」
「え?」
「海野様、ご出身は?」
菫の問いに、眉を潜めながらも小さな声で海野は答えた。
「中世国です」
「まあ、中世国!」
三国から少し離れた小さな国だ。倭国同様島国だが、こちらは島が連なった連邦にあたるため、国内同士の争いが絶えない国だった。
芸術面に優れた才能を持つ者が多く、建造物も美しいものが多い。
「人魚族との争いの際、家族を全て失いました。それからすぐ邪神国に逃げ、難民として暮らしておりましたが、運良く士官として就職できた次第です」
人魚族は海を統べているため、同じ島国である倭国とも争ったことがあった。
その際は、倭国大体の男性陣が人魚族の術で魅了され、全く役に立たなかったため菫が指揮をとり、女性と少しの男性で人魚族に勝利した過去があった。
現在人魚族たちは菫が取り込んでしまったため、彼女たちは菫をとても慕っており、力になってくれたり、一緒にイベントを企画したり、良好な関係を築けていた。
「海野様、そのお話、少し考えてからでも良いですか? わたし、やはり天界国で仕事をするのが好きなのです」
「はい、愛国心は大切なことですから」
無表情を貫く海野に、おかしくなって菫はクスッと笑ってしまう。
「じゃあ、次に口説きにくるときまで、楽しみに待っていますね」
菫は海野に抱きつくと、頬に口づけを落とした。
「え、えっ……」
慌てたような声を聞いて見上げると、海野の頬が少し赤く染まっているような感じがした。
「そういえば、カルラ様はお元気ですか? お2人は黄金の林檎の治験者たちの件でたまにお会いする仲と聞きました」
菫がふと聞いてみると、海野は「知らなかったのですか」と呟いた。
「カルラ殿は黄金の林檎の解毒薬を大量に生産するため、時間が惜しくて、死の監獄から出てこないそうです」
「えっ、そうだったのですか」
菫が驚くと、海野も頷いた。
「カルラ殿は邪神国のために解毒薬を作っているので、今回の不参加は許されたのでしょうね」
全然カルラと会っていない菫は、少し気持ちが沈んでしまった。
「もう少し踊りましょうよ。ね、海野様」
その後感情を振り払うように笑うと、菫は海野の手を取ってアップテンポで踊り始めた。
弾けるような笑顔を見せる菫を、海野はキスをされた頬を押さえながら、目を細めてずっと眺めていた。
☆続く☆
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