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第3章★眠り姫★
第7話☆禁じられた遊び☆※
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俺は菫に手を引かれながら凛とした横顔を眺める。
病んでいるようにも、絶望しているようにも見えない。
この頃の菫……いや、倭国にいるときの菫は、俺の知っている菫とはかけ離れている。
ラウンジは暗がりになっていて、良く見えなかった。
やがて目が馴れると、仮面やお面を着けた紳士ぶった男たちが、中央の円卓ステージを取り囲んでいるのがわかった。
きらびやかな照明が円卓ステージを照らしていたが、周囲は薄暗い。
菫は俺に目配せすると、後方の目立たない場所に立たせる。
俺が気配を消して壁に寄りかかったのを確認すると、菫は中央ステージへ向かった。
「菫様がきたぞ!」
歓声と好奇の視線が菫を包み込む。
菫は深呼吸すると、着物を脱ぎ始めた。
「お、おい……」
俺の動揺とは裏腹に、ゆっくりと焦らすように脱ぎ捨てていき、下着だけになる。
菫を取り囲む男たちの歓声が次第に大きくなっていった。
俺は腕を組んで静かにこの光景を見る。
やがて菫は胸当てを外すと、それを観客席に投げた。
一際歓声が大きくなる。
ゆっくりとした仕草で履いていた下着も脱ぐと、一糸まとわぬ姿で色っぽくポーズを決めた。
そしてその下着をわざと遠くにいた俺の方に投げてきた。
丁度俺の前にポトリと落ちたので、ため息をつき静かに下着を拾った。
手に取った下着から温もりを感じ、俺は菫を見て難しい顔をする。
なんのつもりだろうか。
「菫様、足を広げて!」
「胸を強調して!」
菫は声が聞こえた方に足を広げたり、胸を見せたりしている。
「いやあ、お兄さん。菫様の下着を拾えましたね。いいなあ」
ふとまだ若そうな男が声をかけてきた。仮面をしているので顔はわからない。
下着を拾えた? いいなあ?
「どういうことだ?」
俺は菫が先程すでに死んでいた吸血王の心臓を刺したことを思い出していた。
狂気の沙汰の行動、ではない。
菫は恐らく……吸血王から虐待を受けていた。
倭国は男尊女卑がまだ根深く残っている国だ。
さらに、兄の裕があれほど強く、魔物退治を涼しい顔をしてこなす有能だ。
菫には何の能力もない。
だから倭国幹部から下に見られていたと、カルラが言っていた。
親が率先して菫を虐待していたら、吸血王の部下だって菫をないがしろにしても良いと判断するだろう。
恥ずかしがりもせず裸体を男たちに晒す菫を見て、目の奥が熱くなった。
体が震えて仕方がない。
怒りで涙が出るのは、生まれて初めてだった。
「……菫様はいつもこのようなことをしているのか?」
俺の問いに男は頷く。
「おや、初めての紳士ですか。限られた会員制のサロンなので、観客は口の固い紳士のみですがね、菫様の裸を何度も見たいために大金をはたく紳士もいますよ」
「……くだらない……」
「本来、ここは商談したり政界財界の取り引きをしたりと、まだ明かせない密談をする場も兼ねていましたが、吸血王様のご発案で、やがて菫様の成長を見守る場にもなったのです」
「反吐が出る」
俺は吐き捨てるように言った。
「容姿しか能力がないからしかたないですよ。だから体を使って我々貴族や華族を喜ばせる」
「……なぜこのようなことを……」
「綺麗だからですよ。王女のくせに何もできない無能ですが、彼女はとても美しい。男を喜ばせる容姿を持って生まれた。我々貴族の役に立てるじゃないですか」
蠱惑的に笑顔で客に足を開いて踊る菫を眺めた。
菫が常に笑顔の意味を、俺は今はっきりとわかった。
菫はつらくても、心を押し殺して笑顔の仮面で本心を隠している。
そうしないとこの倭国で生きていけなかったからだ。
俺は冷静に見えるように努めてはいたけれど、もう無理そうだ。
菫の悪夢を、全て壊してやりたかった。
「その下着を拾えた人は、あとでご褒美がありますよ。楽しんで」
男はそう言うと、ワイングラスを軽く掲げて俺から離れて行った。
男たちは酒を飲み、陽気な雰囲気になっていた。
やがて男どもが菫の肌を触り始めた。
「おや、今日は吸血王が止めにきませんな」
「そうですね。菫様を触ると、たちまちお開きになるのに、今日はどうしたのでしょうか」
「まあいい。もっと奥まで……菫様の秘めた部分も触りましょうか」
「はは、それはそれは」
俺は下卑た男たちが菫の肌を触り、秘部に触れそうな瞬間、剣を握りしめた。
「しかし吸血王は本当にどうしたんだろう」
周囲がざわざわし始めたところで、俺は剣を振り隣にいた男の首をはねた。
「ひっ」
悲鳴を上げて男はすぐに生気をなくした。
「な、なんだお前は! メンバーではないな!」
誰かが気づいたが、俺は構わず剣を構えた。
「吸血王は殺した! 俺は天界国赤騎士団長、リョウマだ! この場にいる愚か者は全て殲滅する、覚悟しておけ!」
俺はその場にいる菫以外全員を切った。
逃げようとした男たちには背中から容赦なく切った。
30人くらいいるだろうか。数名がラウンジから逃げるのを目撃した。
「き、貴様……武士道精神の……かけらもない、卑怯者め……」
「武士道? そんなものは非道なお前らに説かれたくはない」
「非道は天界国騎士のお前だ! 突然斬りつけるなど、ありえない! 鬼の所業だ!」
倭国人ではない俺は武士道なんて知らないんだよ。
そんなことより菫にした鬼の所業を悔いるがいい。
「菫様にしていることは非道ではないのか? 人道に悖る行為、鬼畜以下畜生にも劣る」
「貴様……天界国の犬め! 菫様は我々に奉仕して喜んでいるんだよ。外部の者が口を出すな!」
「……うるさい雑魚だ。口を噤んで消えろ!」
数十人の男を切り、屍が積み上がる。
その光景を菫はステージから、目を見開いて眺めていた。
大きな目がさらに大きくなり、零れ落ちそうだった。
「赤騎士様!」
剣を収めたところで、菫が走ってきて背中から抱きついてきた。
俺はここでは初対面、さらに敵国の騎士団長なのに、懐いてくるようなこの菫の態度に驚いた。
よほど倭国がつらかったのだろう。
俺は振り返り、菫を見下ろす。
「……どけ。鎧に裸で抱きつくな。体が冷える。返り血もつく」
突き放すと、血塗られたラウンジに似つかわしくない美しい白皙の肌が俺の視界に入った。
「……服を着たら逃げろ。遠くへ行け」
「……赤騎士様、下着を拾ってくれてありがとうございます。わたしね、あなたに拾って欲しくて投げたのよ」
「……せめてこれを履け」
俺は菫の前にひざまずくと、拾った下着を履きやすいよう広げた。
菫は足を上げておとなしく履く。
「……いつもは、これを拾った人はあのステージに上がる権利が与えられ、わたしが奉仕をします。手を使い、口で咥えてね、果てたら終了」
「……」
「わたしは口と手を使うけれど、奉仕される人はわたしを触ったらダメなの。大体は口を所望するわね、みんな」
「……」
「その様子を参加者が見ているんです。わたしが13歳の誕生日から父の命令でやっています。頭おかしいわ、みんな」
俺は淡々と語る菫に衝撃を受けていた。
何かを悟ったような態度だ。戦争時、まだ15歳の少女が、この達観した態度。
普段の菫の落ち着き、何事にも動じない態度、肝がすわった行動。
それらをこの瞬間に見た気がした。
いや、諦めの境地なのかもしれない。
淡々と語るその目はどこか虚空を見ていた。
夢も希望も、将来に見出していないのだろう。
「この会に参加するのに、1回1億払うんですって。バカですよね」
菫はクスッと笑い肩を竦めた。
「1億の価値が、わたしにあるとは思えないんです。おかしな話、そんなにわたしに払って……申し訳なく思ったり、複雑です」
「菫様……」
感覚が麻痺している。可哀想に。
「……そんな大金、わたしなんかに払うなら、家族や子供、自分のために使えば良いのに。一生懸命働いて貯めたお金でしょうに。奥さんや子供を幸せにできるだけの充分なお金がもったいないわ……」
こんな仕打ちを受けて尚他人の心配か。
自分の傷ついた身や心は二の次か。
俺は鎧を外すと、菫を抱きしめた。そうしないと消えてしまいそうな気がした。
「赤騎士様、わたしは大丈夫です」
「……無理に笑うな」
笑顔を見せる菫の頬を触る。
「良く……今まで耐えたな……」
菫の目が揺らいだ気がした。それでも涙を流さない。やはり笑顔だった。頑固さはこの頃から変わっていない。
「最後のお勤め、しましょうか」
菫はそう言うと、膝をついて俺の下半身を脱がそうとしてきた。
「……やめろ。そんなことしなくていい」
俺が突っぱねると、菫は不安そうな目を見せて立ち上がった。
「わたしの下着を拾ったのだから、権利はありますよ」
「フン、見くびるな。男に対しての不信を払拭してから出直してこい」
菫は俺を見て楽しそうに笑った。
「変な人ですね、赤騎士様って。下着を拾って拒む人、ほぼいないですよ」
「……俺はそんなに安売りはしない。1億払っても今のお前を抱こうとは思わん」
菫はクスッと笑うと、目を細めて遠くを見た。
「……吸血王の所業を敵国の方に見て欲しかったの。倭国民は吸血王を立派だと言います。こんなことさせているなんて知らないから」
「……そうか」
「信じていた王が鬼畜だと失望させたら申し訳ないです。言ったところで倭国民は信じないだろうし。だから、敵国の方には……真実を見て欲しかった。ありがとう、天界国赤騎士様は心を持った紳士だわ」
菫はゆっくりと俺の下半身に手を掛けた。
「……おい……必要ない。やめろ」
菫が手で俺のものを握り、ゆっくりと弄りだした。
「わたしの下着を拾った紳士にはこうしろと……吸血王がわたしに命令していました。見ていて下さい……吸血王の所業を」
「おい……やめろ、菫……」
「待って、大きい。入るかしら」
「……っ」
ここで菫を受け入れたら、俺は一生後悔するだろう。
傷ついた菫に付け入るのは絶対に嫌だ。
俺はここで最大限の理性を発揮しなければならない。
俺はひざまずいて口を開いた菫の肩を強く掴んだ。
「やめろと言っている! 調子に乗るなよ、ガキが」
「えっ?」
大きな目で俺を見上げた菫が、力を抜いた瞬間を見計らって、俺は菫を突き放した。
「服を着ろ、敵国騎士などに同情を誘うな! 倭国民に訴えろ、吸血王の所業を! そのときは俺も力を貸してやる!」
菫は我に返ったように立ち上がると、着物の羽織を急いで羽織った。
「……こんな……倭国の闇を話してごめんなさい。敵国の方にしか……言えなったの。忘れて下さい」
笑顔で俺を見て謝った菫に、俺も服を整えるとため息をついた。
「……良く2度心臓を刺しただけで済ませたな……まるで聖女のようだ」
「敵対する方に褒められるなんて、地獄にいるお父様もびっくりね」
ふふ、と楽しそうに菫は笑った。
事情を知ればみんなお前の気持ちはわかるはずだ。
菫は脱いだ着物を綺麗にさっと着ると、ワイングラスを持って歩いてきた。
「……一応言っておくけど、わたし15ですからね。逮捕しないでね、赤騎士様」
菫が肩を竦めて笑顔で俺を見た。酒を飲める年齢を気にしたか。
「そうか。14以上なら逮捕しないし、14に満たしていなければ飲ませた俺が捕まる」
菫はそれを聞いて楽しそうに俺を見た。
「吸血王とラウンジの変態を殲滅して下さった天界国赤騎士様に、乾杯」
菫はワイングラスを掲げて、グイと飲み干した。
「ああ美味しい。今までで1番美味しいお酒だわ」
俺も近くにあったワイングラスを菫のグラスに重ねてカチンと音を立てた。
「菫王女の自由に、乾杯」
グイと飲み干し、お互い顔を見合わせて微笑み合う。
「あら、王女なのに自由にしてくれるの?」
「……ああ。逃げて幸せになれ。俺が責任を取る」
「赤騎士様……」
「……つらかったな」
俺はそう言うと、菫の背中をきつく抱きしめた。
「あ……」
一瞬不安そうに俺を見た菫は、俺の背中に手を回し、自分から強く抱きしめてきた。
「赤騎士様……リョウマ様!」
涙を流しながら菫は俺にしがみついた。
ラウンジにいた男たちの血が広がる中、ステージ上では菫の震えた声がいつまでも響いていた。
☆続く☆
病んでいるようにも、絶望しているようにも見えない。
この頃の菫……いや、倭国にいるときの菫は、俺の知っている菫とはかけ離れている。
ラウンジは暗がりになっていて、良く見えなかった。
やがて目が馴れると、仮面やお面を着けた紳士ぶった男たちが、中央の円卓ステージを取り囲んでいるのがわかった。
きらびやかな照明が円卓ステージを照らしていたが、周囲は薄暗い。
菫は俺に目配せすると、後方の目立たない場所に立たせる。
俺が気配を消して壁に寄りかかったのを確認すると、菫は中央ステージへ向かった。
「菫様がきたぞ!」
歓声と好奇の視線が菫を包み込む。
菫は深呼吸すると、着物を脱ぎ始めた。
「お、おい……」
俺の動揺とは裏腹に、ゆっくりと焦らすように脱ぎ捨てていき、下着だけになる。
菫を取り囲む男たちの歓声が次第に大きくなっていった。
俺は腕を組んで静かにこの光景を見る。
やがて菫は胸当てを外すと、それを観客席に投げた。
一際歓声が大きくなる。
ゆっくりとした仕草で履いていた下着も脱ぐと、一糸まとわぬ姿で色っぽくポーズを決めた。
そしてその下着をわざと遠くにいた俺の方に投げてきた。
丁度俺の前にポトリと落ちたので、ため息をつき静かに下着を拾った。
手に取った下着から温もりを感じ、俺は菫を見て難しい顔をする。
なんのつもりだろうか。
「菫様、足を広げて!」
「胸を強調して!」
菫は声が聞こえた方に足を広げたり、胸を見せたりしている。
「いやあ、お兄さん。菫様の下着を拾えましたね。いいなあ」
ふとまだ若そうな男が声をかけてきた。仮面をしているので顔はわからない。
下着を拾えた? いいなあ?
「どういうことだ?」
俺は菫が先程すでに死んでいた吸血王の心臓を刺したことを思い出していた。
狂気の沙汰の行動、ではない。
菫は恐らく……吸血王から虐待を受けていた。
倭国は男尊女卑がまだ根深く残っている国だ。
さらに、兄の裕があれほど強く、魔物退治を涼しい顔をしてこなす有能だ。
菫には何の能力もない。
だから倭国幹部から下に見られていたと、カルラが言っていた。
親が率先して菫を虐待していたら、吸血王の部下だって菫をないがしろにしても良いと判断するだろう。
恥ずかしがりもせず裸体を男たちに晒す菫を見て、目の奥が熱くなった。
体が震えて仕方がない。
怒りで涙が出るのは、生まれて初めてだった。
「……菫様はいつもこのようなことをしているのか?」
俺の問いに男は頷く。
「おや、初めての紳士ですか。限られた会員制のサロンなので、観客は口の固い紳士のみですがね、菫様の裸を何度も見たいために大金をはたく紳士もいますよ」
「……くだらない……」
「本来、ここは商談したり政界財界の取り引きをしたりと、まだ明かせない密談をする場も兼ねていましたが、吸血王様のご発案で、やがて菫様の成長を見守る場にもなったのです」
「反吐が出る」
俺は吐き捨てるように言った。
「容姿しか能力がないからしかたないですよ。だから体を使って我々貴族や華族を喜ばせる」
「……なぜこのようなことを……」
「綺麗だからですよ。王女のくせに何もできない無能ですが、彼女はとても美しい。男を喜ばせる容姿を持って生まれた。我々貴族の役に立てるじゃないですか」
蠱惑的に笑顔で客に足を開いて踊る菫を眺めた。
菫が常に笑顔の意味を、俺は今はっきりとわかった。
菫はつらくても、心を押し殺して笑顔の仮面で本心を隠している。
そうしないとこの倭国で生きていけなかったからだ。
俺は冷静に見えるように努めてはいたけれど、もう無理そうだ。
菫の悪夢を、全て壊してやりたかった。
「その下着を拾えた人は、あとでご褒美がありますよ。楽しんで」
男はそう言うと、ワイングラスを軽く掲げて俺から離れて行った。
男たちは酒を飲み、陽気な雰囲気になっていた。
やがて男どもが菫の肌を触り始めた。
「おや、今日は吸血王が止めにきませんな」
「そうですね。菫様を触ると、たちまちお開きになるのに、今日はどうしたのでしょうか」
「まあいい。もっと奥まで……菫様の秘めた部分も触りましょうか」
「はは、それはそれは」
俺は下卑た男たちが菫の肌を触り、秘部に触れそうな瞬間、剣を握りしめた。
「しかし吸血王は本当にどうしたんだろう」
周囲がざわざわし始めたところで、俺は剣を振り隣にいた男の首をはねた。
「ひっ」
悲鳴を上げて男はすぐに生気をなくした。
「な、なんだお前は! メンバーではないな!」
誰かが気づいたが、俺は構わず剣を構えた。
「吸血王は殺した! 俺は天界国赤騎士団長、リョウマだ! この場にいる愚か者は全て殲滅する、覚悟しておけ!」
俺はその場にいる菫以外全員を切った。
逃げようとした男たちには背中から容赦なく切った。
30人くらいいるだろうか。数名がラウンジから逃げるのを目撃した。
「き、貴様……武士道精神の……かけらもない、卑怯者め……」
「武士道? そんなものは非道なお前らに説かれたくはない」
「非道は天界国騎士のお前だ! 突然斬りつけるなど、ありえない! 鬼の所業だ!」
倭国人ではない俺は武士道なんて知らないんだよ。
そんなことより菫にした鬼の所業を悔いるがいい。
「菫様にしていることは非道ではないのか? 人道に悖る行為、鬼畜以下畜生にも劣る」
「貴様……天界国の犬め! 菫様は我々に奉仕して喜んでいるんだよ。外部の者が口を出すな!」
「……うるさい雑魚だ。口を噤んで消えろ!」
数十人の男を切り、屍が積み上がる。
その光景を菫はステージから、目を見開いて眺めていた。
大きな目がさらに大きくなり、零れ落ちそうだった。
「赤騎士様!」
剣を収めたところで、菫が走ってきて背中から抱きついてきた。
俺はここでは初対面、さらに敵国の騎士団長なのに、懐いてくるようなこの菫の態度に驚いた。
よほど倭国がつらかったのだろう。
俺は振り返り、菫を見下ろす。
「……どけ。鎧に裸で抱きつくな。体が冷える。返り血もつく」
突き放すと、血塗られたラウンジに似つかわしくない美しい白皙の肌が俺の視界に入った。
「……服を着たら逃げろ。遠くへ行け」
「……赤騎士様、下着を拾ってくれてありがとうございます。わたしね、あなたに拾って欲しくて投げたのよ」
「……せめてこれを履け」
俺は菫の前にひざまずくと、拾った下着を履きやすいよう広げた。
菫は足を上げておとなしく履く。
「……いつもは、これを拾った人はあのステージに上がる権利が与えられ、わたしが奉仕をします。手を使い、口で咥えてね、果てたら終了」
「……」
「わたしは口と手を使うけれど、奉仕される人はわたしを触ったらダメなの。大体は口を所望するわね、みんな」
「……」
「その様子を参加者が見ているんです。わたしが13歳の誕生日から父の命令でやっています。頭おかしいわ、みんな」
俺は淡々と語る菫に衝撃を受けていた。
何かを悟ったような態度だ。戦争時、まだ15歳の少女が、この達観した態度。
普段の菫の落ち着き、何事にも動じない態度、肝がすわった行動。
それらをこの瞬間に見た気がした。
いや、諦めの境地なのかもしれない。
淡々と語るその目はどこか虚空を見ていた。
夢も希望も、将来に見出していないのだろう。
「この会に参加するのに、1回1億払うんですって。バカですよね」
菫はクスッと笑い肩を竦めた。
「1億の価値が、わたしにあるとは思えないんです。おかしな話、そんなにわたしに払って……申し訳なく思ったり、複雑です」
「菫様……」
感覚が麻痺している。可哀想に。
「……そんな大金、わたしなんかに払うなら、家族や子供、自分のために使えば良いのに。一生懸命働いて貯めたお金でしょうに。奥さんや子供を幸せにできるだけの充分なお金がもったいないわ……」
こんな仕打ちを受けて尚他人の心配か。
自分の傷ついた身や心は二の次か。
俺は鎧を外すと、菫を抱きしめた。そうしないと消えてしまいそうな気がした。
「赤騎士様、わたしは大丈夫です」
「……無理に笑うな」
笑顔を見せる菫の頬を触る。
「良く……今まで耐えたな……」
菫の目が揺らいだ気がした。それでも涙を流さない。やはり笑顔だった。頑固さはこの頃から変わっていない。
「最後のお勤め、しましょうか」
菫はそう言うと、膝をついて俺の下半身を脱がそうとしてきた。
「……やめろ。そんなことしなくていい」
俺が突っぱねると、菫は不安そうな目を見せて立ち上がった。
「わたしの下着を拾ったのだから、権利はありますよ」
「フン、見くびるな。男に対しての不信を払拭してから出直してこい」
菫は俺を見て楽しそうに笑った。
「変な人ですね、赤騎士様って。下着を拾って拒む人、ほぼいないですよ」
「……俺はそんなに安売りはしない。1億払っても今のお前を抱こうとは思わん」
菫はクスッと笑うと、目を細めて遠くを見た。
「……吸血王の所業を敵国の方に見て欲しかったの。倭国民は吸血王を立派だと言います。こんなことさせているなんて知らないから」
「……そうか」
「信じていた王が鬼畜だと失望させたら申し訳ないです。言ったところで倭国民は信じないだろうし。だから、敵国の方には……真実を見て欲しかった。ありがとう、天界国赤騎士様は心を持った紳士だわ」
菫はゆっくりと俺の下半身に手を掛けた。
「……おい……必要ない。やめろ」
菫が手で俺のものを握り、ゆっくりと弄りだした。
「わたしの下着を拾った紳士にはこうしろと……吸血王がわたしに命令していました。見ていて下さい……吸血王の所業を」
「おい……やめろ、菫……」
「待って、大きい。入るかしら」
「……っ」
ここで菫を受け入れたら、俺は一生後悔するだろう。
傷ついた菫に付け入るのは絶対に嫌だ。
俺はここで最大限の理性を発揮しなければならない。
俺はひざまずいて口を開いた菫の肩を強く掴んだ。
「やめろと言っている! 調子に乗るなよ、ガキが」
「えっ?」
大きな目で俺を見上げた菫が、力を抜いた瞬間を見計らって、俺は菫を突き放した。
「服を着ろ、敵国騎士などに同情を誘うな! 倭国民に訴えろ、吸血王の所業を! そのときは俺も力を貸してやる!」
菫は我に返ったように立ち上がると、着物の羽織を急いで羽織った。
「……こんな……倭国の闇を話してごめんなさい。敵国の方にしか……言えなったの。忘れて下さい」
笑顔で俺を見て謝った菫に、俺も服を整えるとため息をついた。
「……良く2度心臓を刺しただけで済ませたな……まるで聖女のようだ」
「敵対する方に褒められるなんて、地獄にいるお父様もびっくりね」
ふふ、と楽しそうに菫は笑った。
事情を知ればみんなお前の気持ちはわかるはずだ。
菫は脱いだ着物を綺麗にさっと着ると、ワイングラスを持って歩いてきた。
「……一応言っておくけど、わたし15ですからね。逮捕しないでね、赤騎士様」
菫が肩を竦めて笑顔で俺を見た。酒を飲める年齢を気にしたか。
「そうか。14以上なら逮捕しないし、14に満たしていなければ飲ませた俺が捕まる」
菫はそれを聞いて楽しそうに俺を見た。
「吸血王とラウンジの変態を殲滅して下さった天界国赤騎士様に、乾杯」
菫はワイングラスを掲げて、グイと飲み干した。
「ああ美味しい。今までで1番美味しいお酒だわ」
俺も近くにあったワイングラスを菫のグラスに重ねてカチンと音を立てた。
「菫王女の自由に、乾杯」
グイと飲み干し、お互い顔を見合わせて微笑み合う。
「あら、王女なのに自由にしてくれるの?」
「……ああ。逃げて幸せになれ。俺が責任を取る」
「赤騎士様……」
「……つらかったな」
俺はそう言うと、菫の背中をきつく抱きしめた。
「あ……」
一瞬不安そうに俺を見た菫は、俺の背中に手を回し、自分から強く抱きしめてきた。
「赤騎士様……リョウマ様!」
涙を流しながら菫は俺にしがみついた。
ラウンジにいた男たちの血が広がる中、ステージ上では菫の震えた声がいつまでも響いていた。
☆続く☆
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