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6章★閑話★

4★八雲の呪縛★

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 腑に落ちた、というのが本当のところだ。


 ワタルがヒサメをかどわかした。


 ワタルが倭国第2王子だったと天満納言様から円卓会議で聞かされたとき、驚いていたのは俺と御雷槌だけだった。


 ルージュの婚約パーティーのときにワタルが盛大に正体をバラしたため、パーティーに参加していた騎士団長たちは知っていたようだ。


 そっか。ワタルは倭国の王子様だったのか。


 だから口が悪いわりに仕草がどこか上品だったし、ダンスもこなれていたのか。


 自分は貧民出身だと言って、リョウマから軽蔑の目で見られても全然気にした素振りをしていなかった。


 まあ言えないよな。実は敵国の王子です、なんて。


 むしろあいつは権力至上主義のリョウマを嫌っていた。


 それはそうか。リョウマは吸血王……自分の父親を戦争で殺した男だから。


 だからリョウマに対して当たりが強かったんだ。


 俺も倭国陰陽師長の……八雲を殺したけどな。


 でもさ、ワタル。


 俺はお前が心底憎いよ。


 竜を召喚出来て、その才能を倭国のみならず、天界国でまで使い、国民に感謝されていたことが、憎い。


 魔物を涼しい顔して退治して、みんなから崇められる。


 才能、天賦、それらで説明がついちゃうもんな。


 その影で、努力してもワタルに及ばず、どんなに一生懸命頑張っても感謝すらされず、あいつは何も能力がないと蔑まれる者がいる。


 天賦の才があるやつは、能力がない者の気持ちはわからない。


 竜の加護をふんだんに受け、愛されて、竜を召喚できるというやつには、影で努力し、それが評価されない敗北者の気持ちは理解ができないと思う。悪気がなくてもな。


 自分がそういう立場に立ったことがないからだ。


 父親が殺されて、手にかけたリョウマに冷たく当たるほどには、吸血王を慕っていたということだ。


 つまり、菫が吸血王にされていた仕打ちを知らないのだろう。


 菫……あんな化物と姉弟だったら、つらかっただろうな。


 あんな化物級の才能に囲まれて、自分は何もできない。


 惨めだよな……


 だから吸血王や八雲が菫の劣等感に目を付けたんだろう。

 
 劣等感を逆手に取って、体を使って権力者たちを満足させることで自己肯定感を保たせようとしたか。


 子供は親の都合の良い道具じゃない。


 吸血王よ。お前は搾取して気付かれてないとでも思っていたのか?


 聡い菫は全てわかっているぞ。わかった上で倭国民のために体を張って、国民を守っているんだよ。


 性搾取を断れば、吸血王が権力者を繋ぎ止めるために、誰に何をするかわからないからだ。


 菫が使えないと判断したら、ワタルや国民の誰かに矛先が向くかもしれない。


 だから菫は自分が盾になり、逃げもせずにみんなを守っていたんだろう。


 それくらい菫を見ていたらわかる。




 俺は厳重に幾重も掛けてある鍵を外し、重い扉を開けた。


 中にはホルマリン漬けにした女たちが同じ表情で左右に並び、目をつぶっていた。


 一種の仮死状態のそれらは、俺の判断1つでホルマリン漬けから開放される。


 今まで何人の女を仮死状態にしただろう。その向こう、1番奥には12歳の弟、火輪が女たちと同じように全身液体漬けにされ、目を閉じていた。


 すでに死んでいる火輪を、生き返らせることが俺の人生のミッションだ。


「出ていけ、変態!」


「俺たちをここから出せよ」


 ふと、さらに奥まった隠し部屋から男の声が2つ、聞こえてきた。


 静かにすらできないのか。どうしようもない、クズの子供はクズなんだな。


 まあ、人のこと言えないか。俺も虐待されて育った、クズの子供だからさ。


「静かにしててくれないかな。お前らから入り込んできたから、俺は不法侵入で逮捕しただけだよ。天満納言様に報告しないことを、感謝して欲しいくらいなんだけど」


 俺の言い分がよほど気に障るのか、気の強そうな男が俺を睨みつける。


「手錠を外せ。俺たちを監禁して、ただで済むと思うなよ、この変態!」


 裸の女たちのホルマリン漬けを見たからか、怯えている表情に見える。


「あっ、そうか。彼女たちのようにホルマリン漬けにされたい? ああ、それとも一体、貸そうか?」


「貸す……だと?」


2人の男は目配せをして生唾を飲み込んだ。


「どういうことだ……死んでるんだろ、この女たちは……? お前、頭おかしいんじゃないか……?」


 声が震えているな。俺は楽しくなって男2人を笑いながら見下ろす。


「言われ慣れているよ。死体しか愛せない、屍体愛好家だし、俺」


 まあ、そう噂されるよう、自分から噂を流しているんだけど。


 そうすればこんな場所、近寄ろうともしないだろ?


 でも噂を知らない厄介者2人が潜り込んできた。


「屍体はいいぞ、煩わしくないし。生身の女より、ひんやりして膣が締まる」


 ニヤニヤと笑う俺に、2人は気持ち悪い物を見るような目を俺に向けた。


「父親の仇かなんだかしらないけど、天倭戦争で父上を殺したことは悪かったよ。でも戦争なんだからさ、俺だって命令されて倭国のやつらを殺しただけなんだよね」


「……冷血漢め! 八雲父さんをなぶり殺したくせに! 父さんを生きたまま体中にひどく傷を付け、ジワジワと殺し、最後に首をはねてホルマリン漬けにしただろう! 体の傷を見られたら大変だから、お前は死の監獄から体を持ち出し、処分した。違うか?」


 自称八雲の子供たちは、俺を憎しみの目で見ていた。


 俺は手錠で繋がれた2人を見て、その滑稽さに思わず笑った。


「湊人に凪人だっけ? お前たちの父親は慕うほどご立派な魔人だったのか? 俺は対峙したときに思ったが、卑小な小物だと感じた。俺はあいつを殺せて誇らしいよ!」


 あはは、と隠し部屋に俺の笑い声が響いた。


 こいつらは俺が緑騎士団長と認識した瞬間、父の仇だと不思議な術で襲ってきた。


 湊人と凪人が、あの八雲の子供と聞いて、笑いが止まらなかった。


 あんなラウンジを提案するような変態の子供! ようやく会えたな。


 吸血王の同級生というだけで意見が通ると笑っていた5年前のラウンジでのことは忘れないぞ。


 菫を苦しめた裏では、自分の子供を可愛がっていたのか。


 八雲め……つくづく許せない。この手で殺せて満足だ。


「変態め……わかった、もういい。俺たちを天満納言とやらに突き出してくれ。そこで裁きを受ける」


 俺は笑いながら首を振った。


「ダメだよ。もうお前たちはここから出せない。俺の秘密を知ってしまったからね」


「ふざけるな、変態! 菫という女中にはこの部屋を見せていただろ! あの女は出られたじゃないか! 奥の部屋から声が聞こえたぞ!」


「へえ、健気だな。倭国王女の正体を秘密にしてあげるのか。倭国民は団結力が強くて羨ましいね」


 俺の言葉に、湊人と凪人は衝撃を受けたように俺を見た。


「な、なんでお前……」


「ああ、安心しな。菫の正体は誰にも言ってない。菫も俺が王女の正体を知っているとは知らない」


「コウキ……と言ったな。お前は一体……何者なんだ? このホルマリン漬けの女たちも……なぜここまで揃えた?」


 2人共俺のコレクションを見て、震えながら涙を流していた。


 へえ、こいつら、八雲の子供にしては情があるんだな。


 まあいいか。この2人はここから出すつもりはない。
 火輪生き返りに役立ってもらうとするか。


「湊人に凪人。お前たちの探している打ち出の小槌とやらは、ここにはない」


 この2人の忍びこんだ理由は、打ち出の小槌なるものらしい。


 天界城の宝物殿にあると、噂で聞いたようだ。


「打ち出の小槌を探しているうちに、父上の仇を見つけて、殺そうとしちゃったわけか。残念だったな、返り討ちに遭ってさ」


 2人は睨みつけながら俺の真意を測りかねているようだった。


「天満納言様には言わないよ。お前たちが不法侵入したことも。つまり、ここに監禁していることを知っているのは、俺だけってこと。じゃあ、これからよろしくやろうな、湊人、凪人」


 俺は2人に食事を置くと、個室を閉めて鍵をかけた。


☆終わり☆
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