Shame,on me

埴輪

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工藤くんはお疲れ気味

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 まったくの偶然だ。

 工藤の視線の先、横断歩道の向こうに佐々木さんがいた。
 それはとても唐突だ。
 でも、あれはたぶん、佐々木さんで間違いない。

 あの夜から今日まで。
 何回もぼんやりと浮かんではもやもやイライラしたのだ。
 ついに現実まで汚染されたのかと疑うにしてはリアル過ぎる。
 工藤の脳裏に浮かぶ佐々木さんはいつだって輪郭がぼやけ、表情が曖昧なのだ。

 繁華街の灯りに照らされて、こんなに鮮やかに浮かぶはずがない。

(マジか……)

 本当に呪われているのかもしれないと工藤は無意識に唾を呑み込んだ。

(いや、むしろ今声かければ……)

 そのとき工藤は軽いパニック状態に陥っていた。
 工藤は突然の事態に弱いのだ。

 だから、佐々木さんが視界に入った瞬間彼女しか見えず、彼女のにしばらく気づかなかった。

 気づいたのは、信号が青に変わったときだ。

「……いい加減にしてよ」

 夜の風に乗って佐々木さんの声が工藤の耳に入る。
 意識しているせいか、普段なら周囲の賑やかな音に掻き消されそうな声が妙に大きくはっきりと聞こえた。

 聞いたこともない、険を含んだ声。

 一瞬、やはり人違いかと思った。

「……だから、やだって」

 その声色も、口調も、だんだんと近づく表情も、全てが別人に見える。

「別にいいじゃん。今、独り暮らしなんだろう?」
「嫌。絶対に嫌!」

 眉間に皺を寄せ、嫌そうに隣りの男を睨んでいる。
 横断歩道をよろよろと渡る佐々木さんは一人ではなかった。

「なぁ、頼むよ~ 一晩だけ、なっ?」
「ッ、おも……っ」

 ふざけたように笑う知らない男が佐々木さんに寄りかかっている。

「俺、もう歩けないんだって」

 男は酔っているらしく、上機嫌に佐々木さんの肩を抱いて胸に引き寄せる。
 むしろ佐々木さんに体重をかけて困っている姿を愉しんでいるようだ。
 酷く、馴れ馴れしい態度だ。
 ただの知り合いの女にするにしては親密すぎる。
 密着しすぎている。

「狭くても、汚くても我慢するって~ だから、泊めてくれよ、なっ?」
「な、んで、私があんたを泊めなきゃいけないわけ……!?」

 よろよろと男に覆いかぶされながら佐々木さんが近づいて来る。

「つめてぇ~」

 何が可笑しいのか、ケラケラと男が笑う。

 長身の、佐々木さんをすっぽりと隠せるほど体格のいい男だ。
 ぱっと見ただけで工藤より年上だと分かる。
 乱れたスーツ姿が妙に似合う。
 どこか全体的に軽薄な雰囲気の男だ。

 真面目な佐々木さんとはまったく違うと思うのに、何故か、その二人がくっついている光景は妙にしっくりくる。

「あんま、深く考えるなよ。せっかく、清水達が気ぃ、使ってくれたんだし。なっ?」

 信号が点滅し始めているのに、工藤は何故か動けなかった。
 佐々木さんに自分がここにいることを、その様子を見ていることを知られたくない。
 何故か、このときそう思った。
 だから、工藤は自然と息を殺すようにしてじっとその場に立っていた。

「あ、お前ん家ベッドだよな? 俺、ベッド派」
「……何勝手に話進めてんの? 泊めないから、絶対に泊めないからッ」
「まぁ、ベッド狭くても我慢するわ。こうして、ひっつけば寝られるだろ」
「人の話聞いてる……!?」

 信号は完全に赤くなっている。
 ギリギリで横断歩道を渡り切った佐々木さんは息切れしながら怒鳴っている。
 だが男はどこ吹く風だ。

「なんだよ、もしかして…… した?」
「バカじゃないの?」

 男がにやりと笑い、腕の中の佐々木さんの顔を覗き込む。
 ちょうど、工藤の近くで。
 男の腕の中にいる佐々木さんは工藤に気づかない。

 気づいて欲しくないと思ったのに、何故かムカッとした。

「なんだよ、マジで冷たすぎねぇ?」

 二人に関心を向ける者はいない。
 傍から見れば、ただの痴話喧嘩だ。

 今にも互いの唇が触れそうな距離で酒に酔った男の上機嫌な声が工藤の耳を刺す。


「俺とお前の仲だろ?」 


 一体どんな仲なんだ、と。
 一瞬、工藤は去って行く二つの人影を追って問いつめてやりたい衝動に駆られた。

 あまりにも一瞬過ぎて、それはすぐに夜の冷たい風に溶けてしまったが。

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