ごめん、もう食べちゃった

埴輪

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にじゅ~う

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 雪子は間もなく見つかった。
 汗をかき、息を乱しながらも春斗は膝を抱えて座り込む雪子の姿を見て漸く生きた心地がした。
 それと同時に途方もない疲労感が一気に押し寄せて来る。

「雪子……」

 何も考えずに、春斗は一歩を踏み出した。

「は、ると…… くん?」

 擦れた声は痛々しく、雪子がずっと泣いていたことを示していた。
 その弱弱しい声は春斗の胸を強く抉る鋭い刃でもある。

 春斗は知らない。
 全てがそう、丸く収まると思っていた。
 本来あるべき形へ世界は修復されたと思っていたのだ。
 悪い魔女は罪を暴かれ、間抜けな王子が真実の愛に目覚めて、美しい王女に恋い焦がれる。
 そして、王女の騎士はその役目を終えて無言で退場する。
 それでめでたしめでたし、ハッピーエンドのはずだった。
 もう春斗が雪子のために、雪子の幸せのためにしてやれるのは二度と魔女が悪さをしないようにずっとそれを見張ること。
 それしかないと、それでいいと思っていた。

「なんで……」

 だからこそ、こんな結末など知らない。

 春斗の口から漏れた疑問は雪子ではなく、現状全てに問いかけるものだった。
 雪子は赤く腫れた目を瞬かせながら、自嘲する。

「え、へへへ…… ご、ごめんね、はるとくん…… わ、わたしの、ためにっ、い、いろいろ、してっ、くれたの、に……っ」

 壊れた涙腺から溢れ続ける涙。
 腫れた瞼にそのしょっぱい液が沁みる。

「でも、でも…… だめ、だったのっ わ、わたひゃっ ふっ、わたしが、いくらがんばっても……! わたし、なんかのこえ…… あ、きくんに…… とどか、なくって……っ!」

 手の中で握りしめていた眼鏡のフレームが歪むのも気づかないほど雪子はやり場のない感情に翻弄されていた。
 繰り返し頭の中を駆け巡るのは秋と苑子の姿だ。
 初めて秋を好きになったときのこと、明るくて優しい人気者の秋を遠くから想うだけで幸せだった過去の日々、いけないことと知りながらも隠し撮りした秋の写真を苑子に見られたときのこと、そこから高校に入った後のこと、二人が付き合うと知ったときの衝撃と哀しみ、初めて見る男女の秘め事……
 そして、繰り返し蘇る秋の言葉。
 桜の花びらが舞うここで聞かされた秋の本音に雪子はどれだけ泣いただろうか。
 どれだけ傷つきショックを受けたか。

「あきくんを、たすけて、あげれなかった……!」

 自分の無力さを、秋を救えなかった自身を雪子は嘆き責めた。
 苑子がどれだけ人を傷つけることに躊躇いがないのかを雪子は誰よりも知っているのだから。

「わたしじゃ…… おねえちゃんに、かなわないから……」

 怖気が走るような、それでも視線を反らすことも耳を塞ぐこともできない苑子と秋がベッドで乱れる光景がまた蘇る。
 男慣れした苑子の肉体は瑞々しく、その艶めかしいとしか例えようのない表情と声はとても同年代の少女のものとは思えなかった。
 これほどまで姉に嫌悪を、汚らわしいと思ったことはない。
 だが、雪子などよりもずっと男を知り尽くしている苑子のその痴態が純真な秋の心を誑かし、陽の光が似合う彼の心を歪なものにしてしまったのだ。

「あきくんを、秋くんを助けたいのに……! でも、でもっ……!」

 苑子は雪子を苦しめようと、絶望させようと思い秋を誘惑したのだ。
 そんなちっぽけな理由で秋の全てが、肉体も心も全部穢された。
 許されていいはずがない。

「どうすることもできなくて、もうっ、どうしたらいいのか、どうすればいいのかっ、なんにも、わかんない…… わかんないよっ!」

 許されていいはずがないのに、無力な雪子にはどうすることもできないのだ。
 今の雪子は絶望していた。
 自暴自棄となっていた。
 苑子が、実の姉が憎い。
 その妹として生まれた自身の不幸を呪うほど。

 ふと、気づけば雨が降っていた。
 まるで雪子の心を映したような空模様だ。
 ぽつぽつと。
 少しずつ勢いが増していく雨に打たれ、雪子の興奮が引いて行く。

 熱が雨に流され、残されたのは途方もない無力感だ。

「私のせいだ…… 全部、私のせい…… 私さえ、いなかったら…… 私なんかが秋くんを…… 好きになんて、ならなかったら良かったんだ」

 それは紛れもない雪子の本心だ。
 だが、雪子が例え秋ではない男を好きになったとして、今度はその男が苑子の犠牲となるのだろう。
 かつて、春斗を盗られたときと同じだ。
 雪子の大事なものは、欲しいものは皆苑子が奪ってしまう。
 初めから分かっていたことなのに。

「……なんで、こんな辛い思いをしなくちゃいけないんだろう」

 雨に打たれながら、雪子の唇から虚ろな声が淡々と零れる。

「……生まれて、こなければよかった」

 そうすれば、こんな苦しい思いを味わうこともなかっただろう。
 愛する人を不幸にすることも、奪われる苦しさを味わうこともなかった。






 気づけば春斗は雪子を抱きしめていた。
 無意識の行動だったが、その冷たく濡れた身体にもっと早くこうすれば良かったと後悔した。

「はると…… くん?」

 雨に濡れただけではない。
 きっと、昼休みから今の今までずっと雪子は一人、ここにいた。
 計り知れない痛みに苛まれながら、孤独に耐えていたのだろう。

 春斗は自身の不甲斐なさに殺意すら芽生えていた。
 雪子の口からあんな台詞を聞くなんて。
 それを言わせてしまった自分が、今まで呆然と黙って見ていることしかできなかった自分を殺してやりたい。

 冷たく強張る雪子を抱きしめる。
 少しでも自分の体温を分けてやりたかった。
 無慈悲な雨から守ってやりたかった。

「好きだ」

 深い考えはなかった。
 あまりにも自虐すぎる雪子を慰めるためでも、ましてや今の内に傷心した雪子を自分のものにしようなどと春斗はまったく考えていなかった。

「俺は、雪子が好きだ。ずっと、昔から。初めて出会ったあの日から、雪子のことが好きだ」
「……う、そ」

 春斗の厚い胸板に顔を押し付けられた雪子は信じられないとばかりに力なく答える。
 あの春斗が自分なんかを好きだなんて、なんて酷い冗談だとすら思った。
 いや、優しい春斗はわざわざ自分なんかを慰めようとしているのだ。
 その優しさに甘えられない自分の不器用さに雪子は目を伏せる。

 だが、春斗は諦めない。
 二度目の告白まで無かったことにされたくなかった。

「……昔、一回お前に告ったときも信じてくれなかったな」

 雪子が春斗達とは違う中学に進学すると知ったあの日。
 春斗は待ち伏せした雪子に勇気を出して告白をした。

「うそだよ…… だって、春斗君は、ずっとお姉ちゃんのことが……」

 だが雪子は信じなかった。
 信じられなかった。
 皆が春斗と苑子が付き合っているのだと噂していた。
 それにどれだけ雪子が傷ついたことか。
 でも、そのときにはもう春斗は遠い存在となっていて、雪子から声をかけることなどできなかったし、する勇気もなかった。

 だから、なんて酷い冗談だと思った。
 春斗の顔なんて見れなかった。
 春斗がどんな顔で自分なんかを好きだと言ったのか、見る勇気がなかった。

「俺は、雪子が好きだ。お前だけが好きなんだ」
「……そんなこと、」
「なんで信じてくれないんだよ、俺がどれだけ雪子に惚れてんのか…… 我慢できなくてキスしちまうぐらい、愛してんのに」
「っ……」
「抵抗しなかったのは、嫌じゃなかったってことで…… いいんだよな?」
「それは……」

 雪子は口ごもる。
 実際雪子とて今朝の春斗の唐突な行動に対する自身の気持ちがよく分からなかった。
 唯一断言できるのは、嫌ではなかったこと。
 むしろ、その逆だった。

 その意味にきちんと向き合えば自ずと答えは見つかる。

「好きだ。何度だって、言ってやる。雪子が信じるまで、何度でも」

 春斗は濡れた雪子の髪を撫でる。
 腕の拘束は今だ強いのに、大事な宝物に触れるような繊細な手つきだ。
 長く、綺麗な黒髪。
 それは僅かな痛みを春斗に与えたが、邪念を振り払うように春斗は雪子の顔を覗き込む。

 雪子もまた、恐る恐る春斗を見上げた。

 雪子の目に、雨に濡れた、初恋の幼馴染の綺麗な顔が映る。
 昔と違い精悍さが増していた。
 唐突に男の人の顔だと雪子は思った。
 こんな春斗の表情は初めてである。
 雪子が信じなかったあの日の告白。
 そのときも春斗はこんな、こんな切ない顔をして自分を見ていたのだろうか。

 春斗の指がそっと雪子の目元を撫で、頬を辿り、唇に触れる。
 青褪めていた顔が一気に赤面する。
 慌てて春斗の視線を、無言で自分を熱っぽく見る春斗の視線から目を逸らした雪子は気づかない。
 春斗の手が、指先が微かに震えていたことに。
 自身の緊張に雪子が気づかなかったことに春斗は内心で深く安堵していた。

「俺はずっと、雪子のことが好きだ。雪子を守りたい、幸せにしたいんだ……」

 春斗は誰よりも強く、頼りになる男になりたかった。
 特に好きな子には決して弱味を見せたくないと思う、そういう男だ。

「もう、我慢はしない。お前を誰にもやらない。二度と辛い目には遭わせない」
「……はると、くん」

 今だ雨はやまない。
 冷たい雨に曝された二人はそんなことまったく気にならなかった。
 互いの熱が乗り移ったように、熱かった。
 心も体も、全てがかつてないほど熱く焦がれていた。

「俺に、お前を守らせてくれ」

 春斗の顔が降って来る。
 今朝と同じ様に雪子は抵抗しなかった。



* *


 雨に濡れた雪子と春斗は体育倉庫の中にいた。
 一時の雨宿りとして春斗は濡れた髪をかきあげ、お守りのように中身がぐちゃぐちゃになったであろう弁当箱を抱き締める雪子を見やる。
 ずぶ濡れとまではいかないが、何しろ体育倉庫の中は埃臭く隙間風も多い。
 こんなところに長居しては身体の弱い雪子はすぐに風邪を引いてしまうだろう。
 そのまま玄関まで引きずって生徒会室か保健室に連れて行けば良かったかもしれないが、雪子は人目につくことを嫌がった。
 春斗といれば必然的に目立ってしまう。
 昼休みの件を考えれば、もう既に雪子が苑子の妹だということも広まっているかもしれない。
 だが春斗と親しい姿を見られるのはまた別だ。
 秋のためを思い、必死の思いで頑張った自分の行動は結局全て無駄だったことを思い出しそうになり、雪子は途端に身体が震えるほどの寒さを感じた。
 ふるふると長い前髪から滴が垂れ、涙がまたもや滲みそうになり雪子は濡れた前髪を拭くふりをして眼鏡を外す。
 震えながら健気に涙を拭く雪子を春斗は見ないふりをしようと思った。

「今、タオルを借りて来る」

 寒いだろう?
 こんなに震えて。

 そっと背中を撫でる大きな男の掌に雪子は無言で頷く。
 俯き、眼鏡を外した視界の中にぼんやりと春斗の靴が見えた。

「うん…… さむい」

 寒い。
 震えるほど寒く、だからこそ余計に春斗の掌から伝わる熱が温かい。

「待ってろ、すぐに戻って来るから」

 未だ慣れない低くなった春斗の声。
 その優しさと愛しさが過分に含まれた甘い声。
 そっと、春斗が名残惜し気に雪子から手を放す。

「あ……」

 温かい春斗の手が、声が離れてしまう。
 嫌だ。

「いや……」
「雪子……?」

 気づけば雪子のほっそりとした青白い指は春斗の背中を掴んでいた。
 弱弱しく、すぐに解けてしまう指に春斗はその場を立ち去ることができない。
 今だ、雪子の視線は下を向いている。

「さむ、い、の…… だから、」

 目を瞑れば蘇る秋の顔。
 キラキラとした、無邪気で温かい秋の笑顔が浮かんでは消え、そしてその恋人の座に収まった姉と絡む姿が蘇る。
 嫌悪しかなかった。
 思い出すだけで、なんて汚らわしいことをしているのだと吐きそうになる。
 でも、今ならば分かる。
 寒くて仕方がない、凍えそうな身を持て余す今なら。

「おねがい、春斗君……」

 寒いという雪子を抱きしめてくれる春斗がいる今ならば。
 雪子は気づいてしまった。
 あのとき、雪子は苑子を、苑子達を汚らわしいと思ったのではないことを。
 昔のように変わらず雪子を甘やかし守ってくれる春斗の体温を感じることができる今、漸く。 

「わたしを、」

 雪子は羨ましかったのだ。
 妬んでいたのだ。

「だいて」

 雨の音に混じり、春斗の息を呑む音が聞こえた。



* * *


 か細く震える声には縋るような響きが宿っていた。
 背中に当たる雪子の体温に春斗の心臓は一瞬凍り付き、そして激しく動き出す。
 聞き間違いかと思い込むのにも、聞こえないふりをするのにも、雪子の懇願は切なく今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
 現実感がない。
 あまりにも現実離れたした今の状況に春斗は混乱し、そして恐る恐る振り返る。

「雪子……?」

 雪子の華奢な肩を掴み、俯く顔を覗き込む。
 そして間違いなくそれが雪子であることにほっとした。
 一瞬、春斗は自分が化かされたのだと思ったのだ。
 苑子に、化かされたのだと。

「……は、はしたないって、わかってる…… でも、私っ、私…… 不安なの、怖いの、すごく……」

 視線を彷徨わせ、虚ろな声で雪子は言葉を紡ぐ。
 痛々しい声に春斗は一瞬でも目の前の雪子の存在を疑った自分を恥じ、内心で舌打ちした。

「人を信じるのが怖くて…… 春斗君のこと、信じたいのにっ、でも、でもっ、本当はやっぱり…… お、お姉ちゃんを、最後は皆っ、お姉ちゃんにとられちゃうって……!」
「……」
「だから……! だからぁ……」

 涙で潤んだ目がひたっと春斗を見上げている。
 赤く腫れた目元が痛々しく、興奮で紅潮した頬に涙が混じった声色。
 春斗は雪子からしばらく視線を反らすことも声をかけることもできなかった。

 馬鹿なことを言うな。
 苑子のことなんて、あの男のことなんて忘れてしまえばいい。
 これからは自分が雪子を支えるから。
 何も不安がることはないのだと。
 だから、そんな考えなしなことを、今ここで言わないでくれと、もっと自分を大事にしてくれと。

 脳内に言葉がいくつも浮かんでは消える。
 雨音はいよいよ勢いを増し、今ここには二人しかいない。

「おねがい、ここで…… わたしをだいて」

 初めて見る雪子の艶やかな表情に。
 長年想いを寄せていた春斗の理性は呆気なかった。



* * * *


 雪子は焦っていた。
 大胆なことをした自覚はある。
 いくら人目がないといって、学校の敷地内にいるのだ。
 いつ、誰かにバレるかも分からないと怯える心も不思議と春斗に抱きしめられるとぱっと桜の花びらのように散っていく。
 春斗は決して雪子を拒まなかった。
 ただ、雪子が初めてであることを知っているためか、こんな場所で抱かれる雪子のことをただただ心配した。
 肝心の雪子は今このタイミングでなければ自分はきっと今後機会が訪れてもその度に怖気づいてしまうと思い、とにかく必死だった。

 はやく、春斗に抱かれたかった。

(春斗君を、お姉ちゃんにとられる前に)

 じりじりと焦げ付く暗い焦燥をなんとか呑み込む。
 それを春斗は雪子が不安に怯え緊張しているのだと思い、そっと額に口づけた。
 雪子は冷たかった。
 だが、口づけ一つで顔を真っ赤にさせる雪子に、春斗は覚悟を決めた。

 仕方がないのだと自分自身にどれだけ言い訳しても、春斗とて本音は愛する女を抱きたいのだ。
 ただ、こんな暗く埃っぽく寒い場所ではなく、できれば暖かく雪子が安心できる部屋で優しく愛し合いたかった。

「雪子、」

 雪子の真っ赤になった耳元にずっと心に秘めていた愛を囁く。
 吐息が当たってくすぐったいのか、雪子の喉が鳴る。
 鼻腔に入り込む雪子の匂いと、その初々しい反応に春斗はうっとりした。

「雪子、好きだ」

 何度も何度も好きだと口ずさみ、ちゅっと、首元に唇を寄せる。

「っあ、」

 思わずといった風に声が上がり、雪子は恥ずかしがるように口元を抑える。

「ぁ……っん」

 その仕草に春斗は堪らないとばかりにうっそりと微笑んだ。
 気づけば春斗は雪子の唇を貪っていた。

「んっ! んんっ、はぁっ」
「雪、子、はっ、ゆきこ……」

 思わず逃げ出そうとする雪子を春斗はそのまま二人が腰かけていたマットの上に押し倒す。
 埃が一瞬むわっと広がり、眼鏡を外した雪子はとにかく酸素を取り込もうと荒い息を吐いた。
 その吐息が色っぽく、より春斗の理性を焦がすことを雪子は知らない。

「ゆきこ……」

 こんな春斗を雪子は知らない。

「はると、くん」
「悪い…… もう、俺止まんない。最後までやるから」

 また、キスされたと雪子はぼんやりと間近にある春斗の端整な顔に見惚れた。
 春斗の手が、スカートの奥へ忍び込もうとし、無意識に股を閉じそうになる。
 それに喉を鳴らして春斗は吐息が零れる距離で低く笑った。

「中には、出さないようにするから」

 きょとんと一瞬呆ける雪子のこの場に不釣り合いな初心な反応に春斗は堪らなく愛しいと思った。

「あぁ……! んっ、やぁ、は、はずかしぃ、よ…… だ、だめっ」

 雪子の耳を甘噛みしながら、自然と春斗の手はそのスカートの中。
 生温かいショーツの生地を堪能するように指の腹でなぞっていた。
 それ以上不埒な動きをしないように春斗の手を挟みこもうとする太ももや胸を叩きつける雪子の拳などまったく何の障害にもならなかった。

 性急だと自覚している。
 もっと、優しくしなければと思うのに身体が本能のままに動いてしまう。
 頭が、全身がのぼせたように熱く、下半身に血流が集中するのが分かる。
 こんなに興奮したのはいつぶりだろう。
 ぽうと、熱で眩暈がする。
 視界に映る雪子の姿が擦れ、ぶれてしまうほど。

 興奮していた。
 どうしようもなく。

(そう、そこが…… お前の弱点だもんな)

 もっと、反応が見たかった。
 先ほどまで何を躊躇っていたのだと思うほど春斗は鼻腔を擽る懐かしい匂いに理性がどろどろに溶けていくのが分かった。

(違う…… 駄目だ。もっと優しく、そう、雪子は初めてなんだ…… ここでがっつくなよ、みっともない)

 そんなこと分かっているはずなのに。
 昔から知っている、いつの間にか身に纏わりつくようになったその匂いが、せっけんと汗に塗れた匂いが春斗を酔わせる。

(雪子、ゆきこ)

 大事にしなければ。
 そんなことを思う合間にも春斗の手は今度は雪子のショーツの中に入り込み指に絡む慎ましやかな陰毛とその奥に隠れた突起を摘まみ弄んでいた。

「ひぃ、ひゃっ!? っ……、あぁ、っあ……! ま、まって、ん、は、ると、くん……っ」

 ぐりっと敏感な部位を刺激され、雪子は声を抑えることもできず必死に春斗を制止しようとする。
 ぐり、ぐち、ぐちゅっと段々と増していく粘液が掻き混ぜられる音に雪子はそれがなんなのか理解する間もなくただただ恥ずかしくて死にそうだと思った。
 恥ずかしくて、でも気持ちいい。
 本当は、もっと触って欲しい。
 そんな雪子自身ですら気づかない欲望を春斗はまるで見抜いているように笑みを深め、宥めるように旋毛に唇を寄せる。

「かわいい」

 可愛いくて仕方がない。
 もっと、乱してやりたい。
 優しくしたいのに、泣かせてやりたくなる。

「ぁ……あっ! あぁぁ……っ、んっ、んん! やぁ、も、ぉ、だっ、ひゃっぁっっ…… はぁんっんっ……んっ!」

 指の動きを速め、雪子の真っ赤な唇から絶え間ない嬌声が上がる。
 いつの間にか抵抗はやみ、胸に縋り付いて来る雪子にちゅっちゅっと口づけながら春斗は器用にベルトを外していく。
 本当ならじっくりと丹念に解かしてやりたかった。
 だが、こんな場所で長居などできない。
 ずっとこうしていたいという欲望をなんとか抑え込み、春斗は素早くパンツから勃起した自身のそれを取り出す。
 春斗の手はもうびしょびしょだ。
 確認していないがスカートやマットにも染みているかもしれない。
 雪子がこんなにも感じやすいというのは思いがけない幸運だった。
 びくびくっと跳ねる腰。
 太ももを痙攣させ、泣くように喘ぐ雪子。

「ぁ、はぁ、はぁん……」
「……挿れるぞ」

 指がするっとあそこから離れていく。
 名残惜しいとばかりに食いつこうとするそこを春斗はスカートを捲り上げてじっくりと見た。
 雪子の息が整うのを暫し待ち、亀頭を濡れたそこに擦り付ける。

「本当に、いいんだな……?」

 今更、もう駄目だと言われてもやめられないが。
 雪子の口からちゃんと聞きたかった。

「ん…… き、て」

 春斗を求める声を聞いた瞬間、このまま死んでもいいと思った。
 雪子の細い腕をとり、自身の首にかける。
 一度果てた下半身は緩んでいたが、腕から伝わるその緊張感はどうしようもない。
 春斗もまた緊張していた。
 余裕など一欠けらもない。

 制服越しに雪子の胸が押し付けられる。
 だが、それよりも春斗は汗をかき、より強くなった雪子の匂いに興奮し、言い様のない安らぎを感じていた。

(そうだ、この匂い……)

 どくどくと早鐘を打つ互いの鼓動を心地良く思いながら、春斗は愛し気に雪子の後頭部を抱き寄せる。
 情けなくもペニスを持つ片手は震えていたが、幸いにも雪子は気づかなかった。
 ぎゅっと目を瞑り衝撃を受け止めようと雪子は目の前の愛しい男に全身を預けた。

 どきどきどくどく。

 互いの鼓動が混ざる。
 荒い息遣いが倉庫に満ち、雨音などまったく二人の耳に入らなかった。

 ああ、漸く。
 漸く二人は一つになるのだ。

(やっと、ゆきこを……)

 痛みは一瞬だけ。
 なるべく処女である雪子を傷つけないように一気に挿入しようと春斗は腰を引き、叩きつける。

「ぁあ゛……      っ! ひぃッ」

 痛みで引き攣れた雪子の声にならない叫びに胸が痛む。
 だが、覚えのある肉の襞がペニスに絡まる快感に例えようのない幸福感と達成感に春斗は包まれた。

「はっ、ゆき、こ、ゆきこ……っ」

 酔い痴れたまま、春斗は激しく雪子を抱き締める。
 雪子は乱暴に腰を叩きつけて来る春斗に翻弄されるほかなかった。
 痛くて痛くて苦しい。

「ひゃ、る、とっ、くんッ」

 なのに雪子の胸に満ちるのはどうしようもない幸福感だった。
 今、春斗は雪子のものだ。
 雪子しか見えていない、感じていない。
 なんでもできる、優しくて格好良い王子様。
 そんな春斗が今は汗をかきながら、まるで獣のように無我夢中で雪子を揺さぶっている。
 怖いのに、嬉しい。
 痛いのに、喜んでいる自分がいる。
 血が流れている。
 もっと流れればいい、それが春斗に沁みこめばいいのに。

 春斗は雪子のもの。
 雪子だけのもの。

(お姉ちゃんの、ものじゃない)

 雪子のものだ。

「   」

 だから、きっと。
 春斗の口から零れたそれは、雪子の勘違いだ。



* * * * * 


 とうとう、手に入れた。

 春斗は歓喜していた。
 二度目の歓喜に、泣きそうだ。

 やっとお前を手に入れた。
 優しくなんてしてやるものか。
 痛がればいい。
 もっと痛がれよ。
 誘ったのはそっちだろう。
 なぁ、淫乱。

「せっかく告ったのに、まったく信じてもらえないとか、惨め~ 可哀相~」

 ずっと、嫌いだった。

「ねぇ、そんなに雪子が好きならさ、一回、私とヤってみる?」

 無神経で。
 とにかく無神経で、誰にでもすぐ股を開くお前が。

「ありえないけど、万が一雪子と付き合ったらさ、エッチするじゃん。絶対。むっつり童貞春斗が念願の初体験で暴発しちゃったらどーすんの?」

 春斗を嫌っているくせに、嫌いだと言ったその口で簡単にキスしてくるお前が。

「だからさ、貰ってあげる。春斗の初めて」

 今も昔も。
 嫌いだ。
 できれば、殺してやりたいほど。

「やっ、は、げしいっ……! ば、かっ そこ、やだって」

 ずっと、その泣き顔が見たかったのに。
 喘ぎながら泣くその顔が、甘えるような声に虫唾が走った。

「んー…… 同じ匂いがする。マーキング成功」

 汗に濡れた肌から香る匂いも、全て。 
 初めて出会った頃から変わらない、不快な笑い方をするお前が嫌いだ。
 昔から意味が分からなかった。
 意味が分からないからこそ、調子が狂う。
 お前の前でだけ理想の自分になれないのが嫌で嫌で仕方がない。
 餓鬼っぽくなるのが悔しい。
 唯一弱味を握る天敵のお前だからこそ。

 そのくせ、どうして。

「はぁ? なんで髪を切ったかって?」 

 勝手に変わっていくお前の全てが、苑子の全てが春斗は憎かった。

「……エッチするとき邪魔だから?」

 くたばれ、糞淫乱ビッチ

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