ごめん、もう食べちゃった

埴輪

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まる

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「苑子先輩って髪、伸ばさないんですか?」

 コンビニで適当な雑誌を立ち読みしていると、じっと覗き込んでいた秋がキラキラと眩しい目を向けて来た。
 雑誌に載っているモデルとその煽り文句を苑子よりも真剣に見ていたからだろう。
 流行りの髪型、ショートとロング対決、男子に受けるのにはどっち?と頭の軽そうなポップ文字が飾られている。

「昔、ロングだった」
「え!? ま、まじっすか!?」
「まじまじ」

 大げさな反応を返す秋に苑子はもう慣れていた。
 適当すぎる返しにも怒らない秋は煩いが不愉快な存在ではないという認識だ。

「うわっ、ちょー見たいっ! しゃ、写真とか……」
「んー…… あの頃はスマホなかったし。昔の写真なんて一枚もないよ」

 卒業アルバムは確か有料で購入できなかったのだ。
 特に欲しくもなかったから別にいいけど。

「そうですか……」

 しょぼーんと分かりやすく落ち込む秋だったが割とすぐに立ち直った。

「苑子先輩はショートもめっちゃ似合いますけど、髪とかまた伸ばさないんですか? 俺、色んな苑子先輩が見たいです!」
「やだ」

 コンビニ内の他の客がちらっと見て来る程度には声の大きい秋に苑子は淡々と返す。
 えー?と肩に顎をのせて甘えてくる秋になんだか図々しくなったなとふと思ったがまだ害はないので放置した。

「伸ばすのって面倒だし、そもそも癖毛だから梅雨とか辛かった。だるい」

 シャンプーやらその他。
 ドライヤーを使うのにも気を遣い、頑張って伸ばしていた昔の自分はなかなか一途だったと内心で自嘲する。

「なんで切っちゃったんですか?」

 秋のその問いに他意はない。
 大変な思いをして伸ばしていたのならなんで切っちゃったんだろうと純粋に疑問だった。

「失恋したから」

 そして、苑子の答えにも他意はなかった。

「………………え」

 ぴくっと、秋の身体が強張った。
 苑子の口からまったく彼女に似つかわしくない単語を聞いたからだ。
 呆けた秋に構わず苑子はパラパラと捲り終わった雑誌を棚に戻す。
 違う雑誌を取ろうとし、いつの間にか腰にがっちり秋の腕が回っているのに気づいた。
 苑子の細い腰など秋は片腕だけで容易く拘束することができる。
 でもその強張った腕からは緊張と捨てないでというような縋り付く色が滲み出て、いっそう哀れなぐらいだ。
 鬱陶しいと思うよりも先に、分かりやすい秋の反応に苑子は底意地の悪い笑みを浮かべた。
 にやにやと、彼女の本性に一番近い笑みを浮かばせて。

「ばーか。嘘だよ」

 肩にのっている短い髪の毛を掻き回す。
 その耳元に囁いた。
 くすくすと秋の耳たぶに触れる苑子の吐息は毒のように甘い。

「髪が短い方が、エッチするとき楽でしょう?」

 ただ、それだけ。
 他に理由なんてない。

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