ごめん、もう食べちゃった

埴輪

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番外編《その①》

あゆ「いーち」

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 放課後の教室。

「……つまんない」

 あゆはいつものぽやぽやとした顔をつまらなさそうに歪め、ゆるくふわっとパーマをかけた髪の毛をいじった。

「あー つまんない、つまんない、つまんなーいッ」

 はぁーっと大げさな溜息を零して口を尖らせるが、しばらくしても周りから何の反応もないことにあゆは不満気に頬を膨らませる。

「……ちょっと~ なんか反応してよ」
「んー…… 後で」
「……のんのんの意地悪」

 そんな頬杖つくあゆと同じ机に肘を置くのんのん(希美)はパンツが見えそうで見えない絶妙な角度で足を組みながら雑誌に夢中になっていた。

「……えいっ★」
「ちょっ!? これ買ったばっか……」
「しーらない」
「…………うぜぇー」

 目の前で微笑む雑誌のモデルを遠慮なく机の上に叩き落とすあゆに、のんのんはうんざりと顔をしかめた。
 ぐしゃっと引っ張られてよれた表紙や頁に自然とのんのんの目が冷たくなる。
 のんのん達のグループの絶対的我儘女王の陰に隠れているだけで、あゆも相当な性格なのだ。

「最悪……」
 
 しかし、そんな友人に舌打ちしながらもなんだかんだつるんでるのんのんの性格も良くはない。
 類は友を呼ぶのだ。

「だってのんのんが冷たいんだも~ん あゆ、泣いちゃう~」

 うえーんと嘘泣きをしながらあゆは顔を隠す。

「そのちゃんも冷たいしぃ~ あゆ、寂しい…… ぐすん、しくしく……」
「……」

 しくしくと自分で言うあゆに痛いなと思いながら、のんのんはちらっと教室の一角を一瞥する。

「苑子が冷たいなんて今更じゃん」

 元から面倒なあゆが最近特に面倒くさくなった理由をのんのんは知っていた。

「だって、あゆがこんなに寂しがってるのに…… そのちゃんったらずっとワンコといちゃついてるんだもん……」

 教室でこれだけ騒いでいる自分達に一切の関心を向けることなくいちゃつく二人のせいだ。

「いちゃつく……ね」






「あ、あの…… そ、苑子せんぱい……っ お、おれ、もう……っ」

 焦った様に、それでもどこか甘ったるい秋の声に苑子は座り心地があまりよろしくないのか尻をもぞもぞしながら自分の定位置を探した。
 必然的に秋の股間に尻を押し付ける形となり、背後で秋の鼻息が荒くなる。

「だめ」

 そんな秋の耳元にくすくすと囁く苑子。

「勃っちゃ、だめ」

 一気に赤くなる秋の耳や顔、首筋に一層笑みが深まる。

「っ、苑子、せんぱい……」

 ぞわっと項の産毛を逆立てながら、秋はなんとも苦しそうで、嬉しそうな顔で腕の中にいる苑子をとても大事に丁寧に抱きしめる。

「が、頑張ります。な、なんとか……」

 ぐっと奥歯を噛みしめて秋は素直な自分の分身を鎮めようと堪えた。
 苑子の意地悪にも健気に応えようとする秋の顔は真っ赤だ。
 鼻腔を擽る石鹸の香りに、腕に感じる体温、そして股間に当たる苑子の柔らかな尻の感触。
 若さ溢れる秋には辛い。
 けど、幸せ。

「……いい、匂い」

 秋の顎の下に苑子の髪の毛が当たった。
 さらさらな黒髪から香るシャンプーの香り。
 不埒な記憶、邪まな想像がついつい過ぎってしまう、秋にとってひどく官能的な匂いだ。

「秋くんって、本当犬みたい」
「そうですか……?」
「うん。大きなワンコって感じ」

 苑子が喉を震わすとその毛先が秋の顎や首を擽る。

「秋くん」

 その度に秋の心臓と下半身はばくばくどきどきするのだ。

「お手」
「はいっ!」

 苑子の白くて繊細な手に嬉しそうに手を重ねる秋。
 この綺麗な手がついこの前まで自分のあれやそれを握ったり扱いたり、嬲っていたことを思うだけで脳みそが沸騰しそうになる。

「顎」
「はいっ!」

 躊躇いもなく、今度は苑子の手に自分の顎を載せる。
 ぐいっと一気に苑子の顔と距離が近くなるので、秋は自分の恋人の相変わらずな美少女っぷりにうっとりと見惚れた。
 大きな身体を懸命に小さくし、無理な体勢でも頑張って文香の掌にちょこんと顎を載せる秋。
 上目遣いで褒めて褒めてと目をキラキラさせる姿はまさに飼い主大好きなワンちゃんだ。

「お座り……は、もうしてるか」
「はい……」

 せっかく楽しそうに秋を弄っていた苑子の声のトーンが若干下がったことに秋は何故だか罪悪感を抱いた。
 しゅーんっと一気に項垂れる。
 高速回転していた尻尾が一気に萎びれた大型犬そのものだ。

「んー ちんち……は、ご褒美になっちゃうしな~」
「……はい」

 ぷっくりとした下唇を人差し指で撫でながら、苑子はどこか憂うような表情を浮かべる。
 艶やかなリップが控えめに光るさくらんぼ色の唇。
 そこから零れる下品な台詞のギャップに秋は内心で悶える。
 できれば「ちんち……」の続きが聞きたい。
 苑子に絶賛されるほど忠実にその命令を実行できる自信が秋にはあった。

「じゃあ、これ」

 妙な期待を抱く秋を尻目に苑子は近くの机に放置していた菓子袋に手を突っ込む。
 今日の秋の貢物である。

「ほーら、とってこーい」
「はいっ」

 無邪気な笑みを輝かせながら苑子は秋の頭上に麦チョコを一粒投げた。

 




 そんな風にきゃっきゃっとはしゃいでいるように見えて、明確な温度差のあるカップルをあゆはギリギリと何故か悔しそうに見ている。

「……あれっていちゃついてんの?」

 だが、のんのんはあゆほど気持ちが乱れることもイラつくこともない。
 何故ならのんのんにはどう見てもいちゃつくバカップルというよりも飼い主とペットにしか見えないからだ。

 のんのんの見ている前で秋が持ち前の運動神経を発揮して曲芸のような動きを見せる。
 おーっと珍しくも苑子は感嘆しながらひょいひょいと加減なく麦チョコを空中に放り投げ、ぱくぱくと秋がそれを口で受け止めていく。
 きっと苑子が飽きるまで続くのだ。
 あと数秒もしたら飽きる。

「まぁ…… いいんじゃない? 苑子も楽しそうだし」

 ぱちぱちとすごーいっと芸達者な彼氏という名の犬をわしゃわしゃと褒める苑子にのんのんは呆れながらも微笑まし気に見ていた。
 放課後の教室に何人か残っていた同級生達もすっかり苑子と秋のバカップルに慣れているため、HRが終わると速攻で教室を出ていく。
 そのため最近の放課後はやけに静かだ。
 苑子とその取り巻きと称されるのんのん達ぐらいしか残らない。

 ちなみにあゆとのんのん以外の友人達はそれぞれがそれぞれの理由で呼び出しを食らっていた。
 世渡り上手な苑子とあゆ、取り巻き軍団の中では比較的頭の良いのんのんは運よく免れている。

「あゆはちっとも楽しくない」
「あっそう」
「……のんのんのいじわるーっ」

 雑誌は諦めてスマホを弄り出したのんのんにあゆはむすっと頬を膨らませる。
 ふて寝とばかりに机の上に顔を伏せた。

「……つまんない」

 恨めし気に呟かれたあゆの声に反応する者はいなかった。

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