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番外編《その①》
あゆ「にー」
しおりを挟む「つまんないっ、つまんないよー ねぇー まゆりーんっ 話聞いてぇ~」
「うざ」
つまらない。
苑子が構ってくれないのはいつものことだがつまらないものはつまらない。
のんのんに引き続き冷たい友人に構わず、あゆは駄々っ子のようにつまらない、つまらないと連呼する。
いい加減に鬱陶しくなったまゆりん(真弓)は仕方なく付き合ってやることにした。
「ようするに、あゆは苑子が彼氏ばっか構ってるのがムカつくんでしょ?」
手鏡を見つめながら興味なさげにあゆの愚痴に付き合うまゆりん。
「違うもん…… ただそのちゃんが構ってくれないのがつまらないだけだし」
「なにそれ。逆にウケる」
視線を一切向けず、椅子の上で胡坐をかきながら鏡に集中するまゆりんにあゆは不満気に口を尖らす。
ウケると言いつつ、ちっとも笑っていない。
「まぁ、今は最長記録更新しそうな勢いだけど…… どうせ三の呪いに負けるって」
三の呪いとは苑子が最短で三時間、まあまあで三週間、最長で三ヵ月で彼氏と別れることから由来する。
もちろんただの悪い噂であり、実際にはそこそこ付き合った男もいたとかいなかったとか。
当事者である苑子が過去の彼氏とのあれこれをすぐに忘れるため真実は誰にも分からないのだ。
「苑子は飽き性だし。あのラブラブっぷり見たら冷めるのも逆に早そう。一ヵ月目はクリアしたけど、三ヵ月の壁は無理でしょ」
「そりゃあ、そのちゃんの性格考えたら…… またすぐに飽きると思うけどさ」
「飽きるって絶対。三ヵ月突破は無理」
「それはまゆりんの願望も入ってるよね?」
やけに強気で断言するまゆりんにあゆはじとーっと濁った眼差しを向ける。
断言と言うよりもそうであって欲しいとまゆりんが願っていることをあゆは知っているのだ。
「当ったり前じゃん。こっちは千円賭けてんだから」
悪びれもしないまゆりんにあゆは深く深く哀しい溜息を零した。
「あーあー…… なんであゆの周りって薄情な人しかいないんだろう…… 薄情っていうかぁ? みーんな、性格がねじれてるっていうか、悪いんだよねぇ…… はぁー……」
はぁーっと物憂げに溜息をつくあゆをまゆりんは鼻で嗤う。
「類友って知ってる?」
*
これは、はっきりさせないといけない。
「あ。あゆちゃん先輩。どうも」
キラキラとした笑顔を浮かべてあゆに挨拶する男にあゆはうふんっと微笑み返す。
「なぁにー? ワンちゃんは今日もそのちゃんを待ってるの?」
「はい。苑子先輩に『待て』と言われたんで」
「へぇ~ また前みたいにそのちゃんに忘れられたりして」
「あははは。大丈夫っすよ。たぶん。時間過ぎたら今度は連絡するんで」
苑子は結構忘れっぽい。
何度か目の前の彼氏との昼食や放課後の約束を忘れてしまったことをあゆは覚えている。
「偉いね~ 秋君は。ちっとも怒んないんだもん。一応、彼氏なのに」
あゆは下から秋の顔を覗き込む。
上目遣いに、ちょっと意味深気な距離まで身体を寄せた。
「そのちゃんに軽く扱われてるのに。これじゃ彼氏って言うより本当のワンコだね」
「……ああ、苑子先輩にもよく言われます」
そんなあゆの嫌味に秋は暢気に返す。
いや、むしろ何か思い出したのか軽く顔が赤く、そして気持ち悪く(あゆ視点)緩んだ。
「でも、苑子先輩は優しいから……」
優しいというよりも、律儀なのだ。
存在や約束を忘れられて落ち込む秋をよしよしと宥める苑子を思い出した秋はでれでれとだらしなく歪む口を片手で隠す。
「……ちゃんと、謝ってくれるので」
本当なら誰かに自慢したいぐらい、苑子はとても甘く優しく秋に謝ってくれるのだ。
『ごめんね、秋くん』
今でも、苑子のあの囁くような色っぽい声が蘇る。
『お詫びに…… ね?』
秋の手を掴む華奢な指。
ふらふらと苑子の手に誘導されるがままに、秋は……
『えっちなこと、していいよ?』
小悪魔すぎる彼女の笑みと心臓がぶっ壊れそうな可憐な声。
ちらちらと見える赤い舌に秋の下半身はあっという間に弾けた。
「マジ…… 天国」
* *
ぐふっと思い出し笑いではなく思い出し興奮する秋をあゆと苑子は冷めた目で見ていた。
「そのちゃん。こんな奴のどこがいいの?」
「…………顔?」
「こんなデレてんのに?」
妄想という名の思い出に旅立っていた秋は苑子に気づき慌ててでれでれとした顔を引き締めようとするが、もう既に遅い。
「そっ、そのこせんぱいっ」
あゆも苑子もバッチリ見ているし、苑子からすれば今更だ。
「あっ、うっ、そ、その、こ先輩…… これは、あの、別に、その…… エロいこととか考えてたわけじゃなくて、そのぅ、だから、ちょっと過去に思いを馳せていたというか、ごにょごにょ……」
「うるさい」
「いたっ」
ぺしっと興奮で首まで真っ赤になりながらおろおろする秋の額を叩く苑子。
身長差のせいでちょっとつま先立ちになっている。
そんな苑子に秋はきゅんっとした。
「へへへ。ごめんなさい、苑子先輩……」
秋がきゅんっとしたことは苑子よりも苑子の腕に腕を絡ませてくっついているあゆの方が敏感に察知した。
あゆの視線がまた更に冷たくなる。
ちょっと前まで年下彼氏も悪くないと秋にちょっかいをかけようとしていたことをあゆはすっかり忘れていた。
あゆ自身、どうして秋に対してここまで警戒し、敵対心が芽生えるのかよく分からない。
いや、本当は分かっているが認めたくないのだ。
(ムカつく)
これは女の、いやあゆの勘である。
糞ビッチとして有名な苑子は自他ともに認める尻軽女だ。
つまりは色んな男と遊んでいるわけで、初めあゆ達は秋もその哀れな犠牲者の一人になると思っていた。
年下ということでちょっと珍しい、毛色が違う、一年なのに可哀相ーなんて面白可笑しく二人の動向を見ていたのだ。
その中でいち早く異変に勘づいたのがあゆだ。
(ヘタレ属性だと思ってたけど……)
間宮秋。
勇気ある後輩君。
爽やかでとっても礼儀正しくて、誰が見ても分かるように苑子にゾッコンLOVEな男。
初めは無害な初恋男がいかに苑子に遊ばれるのか高みの見物をしようと思っていたが。
「苑子せんぱい♡」
「んー 秋くん、くっつきすぎ」
さり気なく、そして強引に華麗に自然にあゆの腕をしゅぱっと外し、苑子をさささっと腕の中に囲む秋。
「は……?」
あまりにも違和感のない秋の流れるような動作に腕を払われた当人のあゆですら気づかなかった。
気づいて愕然とするあゆに秋は苑子の首筋に鼻を摺り寄せながらちらっと一瞥する。
へらっ。
っというムカつく擬音がつきそうな笑顔を向けられたあゆは、苑子には決して見せれない形相になっていたが、当の秋はそんなあゆにもう関心がないのか甘ったるい笑みを苑子に向けている。
「ふーん…… そういう態度とるんだぁ~」
あゆはブチぎれた。
「……宣戦布告ってことね」
低く呟かれたあゆの台詞に苑子が不思議そうに振り返る。
「……ふふふ、なら、受けて立つわ」
「何湧いたこと言ってんの」
珍しくもあゆの不思議な言動に付き合う苑子に構わず、あゆはぎゅうぎゅうと苑子を抱きしめる秋にビシッと指を突きつけた。
「決闘よ!」
大勢の生徒が通りかかる玄関前。
下校中の人の波が流れる中、苑子達が立ち止まるその一角だけが妙に空いている。
ちらちらと視線を向けるモブ達に構わず、また苑子のはぁ?という意味がわからんと言わんばかりの冷めた態度にも構わず、あゆは今までの鬱憤が一気に噴火したように秋を睨みつけた。
「どっちがそのちゃんに相応しいのか…… 私と秋君、どっちの愛が深いのか…… 間宮秋、勝負しなさいッ」
* * *
「絶対に、あゆの方がそのちゃんのことを知ってるもん。たかだか一ヵ月の壁を超えただけのヘタレワンコなんかに負けないんだからっ」
「……」
「ふふんっ あゆとそのちゃんの仲良しこよしな歴史に勝てるわけないんだから! 年季が違うのよ!」
まだ夏には早い。
頭湧くの早すぎだろうと苑子は内心で暴言を吐いた。
口に出さなかったのは単に面倒だったからである。
こういうときのあゆは無視するのが一番だ。
たまにあゆは訳の分からないことを言う。
(だるい)
面倒くさいと率直に思った。
「秋くん、い……」
行こうと、秋を連れてさっさと退散しようと顔を上げた苑子の眉間の皺がぴくっと動く。
「秋くん?」
「苑子先輩……っ」
苑子の怪訝な視線を受け止め、秋はぎゅっと唇を噛んだ。
「俺、絶対に勝ちます! 愛に時間の差とか関係ないって。例え俺が苑子先輩と出会ったのがあゆちゃん先輩より後でも、俺の愛は誰にも負けないって…… 証明してみせます!」
「…………」
「ふんっ どうせそのちゃんの身体目当てのくせにっ」
「俺は苑子先輩の全部を愛してるんですッ」
「………………」
「へぇ~ 全部? ならやっぱり本当のそのちゃんを知らないんだ。そのちゃんの性格も全部知って離れないなんてありえないもん。秋君はやっぱり上辺しか見てないってわけね」
「知ってますよ! 苑子先輩の性格が悪いことぐらい!」
「……………………」
「それがニワカの証拠ですぅ~ そのちゃんは性格が悪いだけじゃなくて、歪んでるんですぅ~ 可愛い顔してお腹の中は滅茶苦茶ヤバいんだから!」
「知ってます! 性格が歪んでて、根性ひん曲がってて、お腹の中も真っ黒ってことも! それも全部含めて苑子先輩だってことぐらい!」
ざわざわと周囲の注目が集まって来る。
「…………」
これだけ騒げば当たり前だ。
「………………帰りたい」
純粋に帰りたいと思うのは何年ぶりだろう。
とりあえずは誰にも干渉されない部屋でぐっすり眠りたい苑子であった。
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