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番外編《その①》
あゆ+α「さーん」
しおりを挟む苑子が秋と付き合ってから一ヵ月経った。
今回はどれぐらい続くかと密かな賭けをしていた苑子の取り巻き達。
しかし、恒例の賭けは荒れに荒れていた。
正直苑子の新しい彼氏は苑子の歴代彼氏とタイプが違い過ぎた。
あの爽やかで純真な後輩が先に苑子の性格にギブアップするのではないか、または熱血っぽくなんでも従う下僕彼氏に苑子がすぐに飽きる、などと大多数が「第一関門(三週間)」突破は無理だと思い、それに賭けていたのだ。
賭けに敗れた組と高額を狙った組。
その明暗は一気に別れた。
そして肝心の苑子は時間さえあればマメすぎるほど構いに来る彼氏に流されるがまま付き合うため、ここしばらく泥沼な賭け事で水面下で密かにバチバチしている取り巻き達(苑子軍団)の集まりは自然と少なくなった。
彼氏がいる組はまだいい。
しかし今現在彼氏ナシ組はぶっちゃけ暇である。
「そのちゃんの犬と決闘するから」
「……」
暇だったから、いつもなら突飛なあゆの言動を無視するか失笑するだけで終わらすのんのんとまゆりんは明らかに面倒臭そうな苑子に気づきながらも気づかないふりをしてあゆに付き合うことにした。
「どっちの愛が強いか…… まぁ、ニワカな犬っころにあゆが負けるはずないけど~」
苑子の冷たい眼差しに気づかないふりをして、放課後の教室で勝手に机を集めて即興の会場を作るのんのんとまゆりん。
言いだしっぺのあゆと当事者(?)の苑子、そしてその苑子を膝に乗せている秋の三人はまったく手伝う素振りを見せない。
とは言ってものんのん達はただ周りの机をガタガタとお昼と同じ要領で簡単に繋げただけだ。
これが果たして決闘に相応しいのかは分からない。
「で? 具体的に決闘って何すんの?」
今更な質問だ。
のんのんはとりあえず出来上がった会場(仮)を見回し、がるがると今にも噛みつきそうな顔で秋を睨むあゆに問いかけた。
気だるげに大柄な彼氏に寄りかかる苑子に当の彼氏はでれでれだ。
「だからどっちの愛がより強いかって勝負するのっ!」
「だから、それってどう勝負すんの?」
「……」
黙り込むあゆに「あ、こいつまともに考えてなかったな」と苑子を含めた軍団メンバーは思った。
「……ようは、どっちの苑子愛が強いのかって話でしょ?」
指を高速で動かし、スマホの画面を覗いたまままゆりんが口の端を上げる。
「簡単じゃん」
さっと、まゆりんは机の中にぐしゃぐしゃに突っ込まれていたプリントを引っ張り出す。
いつの間にか取り出していたシャーペンをカチカチ鳴らしてプリントの裏に何か書き出すまゆりんに怪訝な視線が集まった。
*
廊下からちらちらと教室を覗くような視線を感じたが、生憎この場にそんな些細な視線を気にするような軟な神経の者はいなかった。
「では、ここで第一回苑子検定を開始します」
一応教師に勘づかれないように声のトーンは少しだけ抑えている。
「えー なんか一気に決闘感が薄れた……」
「じゃあ、第一回苑子検定《決闘編》で」
苑子の隣りにくっついて対面の審査員席に陣取るまゆりんにぐちぐち文句を言うあゆ。
冷めた目で我関せずにスマホを弄り出した苑子は座り心地の悪い秋の膝から早々に移動した。
心なしかしゅんと落ち込みながらあゆの反対側から苑子にくっつく秋はやはり歴代彼氏と比べると格段に図太い。
無駄にデカい身体を縮めて苑子にすり寄る姿は正に犬だ。
「ほら、苑子はこっち」
あゆと秋に挟まれている形の苑子をのんのんは背後から引っ張るようにして立ち上がらせる。
嫌がるかと思ったが、意外なことに苑子は逆らうことなくのんのんに身体を委ねた。
「そのちゃんっ」
「苑子先輩っ」
のんのんの暴挙に目を丸くし、声を上げるあゆと秋。
なんてことはない。
ただ苑子はあゆと秋よりはのんのん達の方がマシだと思っただけだ。
「やだやだっ のんのんったらそのちゃんをどこに連れてく気!? 久しぶりのそのちゃんなのにーっ」
「希美先輩っ 俺から苑子先輩を奪ってどうする気ですか!? 本当ならこの後俺ん家で思う存分堪能するはずだった苑子先輩を更に奪うなんて……」
ぐわっと噛みつくように騒ぎ出す二人にのんのんとまゆりんは若干身を引いた。
もちろん苑子を背後から抱きかかえようとしているのんのんに釣られて苑子も引いた。
「いや、だって苑子は景品だし……」
「そうそう。だから苑子はこっち(の席)ね」
「……」
景品扱いされている苑子は反論するのも馬鹿らしいのかずっと口を閉ざしている。
そのぱっちりとした目には面倒くさいという気持ちがありありと浮かんでいるが。
「うわっ引く~ 聞いたそのちゃん? やっぱりこいつはそのちゃんの身体が目当てだよ? 下心満載ッ」
「そうですけど、ゴヘイがあります! 俺は、身体も含めて苑子先輩全部が目当てなんですっ」
「ふんっ ごへいも満足に言えないくせに……」
「それ関係ないですよね? あゆちゃん先輩だって漢字でゴヘイって書けないですよね絶対」
あゆがここぞとばかりに秋を責める。
ムッとしたように言い返す秋。
音声を消して見ると小学生ぐらいの姉弟が他愛ないことで言い争っているような、そんな微笑ましい光景にも見える。
音声が入らなければの話だが。
「とか言って結局エロいことすんでしょ? そのちゃんを部屋に連れ込んでヤりまくるつもりだったんでしょ?」
「……」
「そうですけど? それの何がいけないんっすか? 恋人同士なんだからいいじゃないですか」
「……」
「不純異性交遊反対―ッ このムッツリっ」
「……」
「付き合ってるんだから、セックスする方が健全じゃないですかっ! そもそも俺はムッツリじゃなくてオープンエロなんです!」
「……」
がしっと苑子の制服を掴むあゆと秋。
背後からのんのんに抱きかかえられ、椅子から半ばまで立ち上がろうとしていた苑子。
その状態で両サイドからがしっと掴まれているということだ。
今、一番体勢的に苦しいのは苑子であり、一番うんざりしているのも苑子である。
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人に苑子を後ろから立ち上がらせようとしていたのんのんは明確にはっきりと苑子の機嫌が急降下していくのを実感した。
「……うるさい」
たった一言だ。
大して大きくもない苑子の一声。
小型犬と大型犬が喧嘩しているようなあゆと秋は苑子のその冷めた一声でぱっと手で口を押えた。
「うぐ」
「むぐ」
ほとんど反射だ。
「こいつ等、実は仲がいいんじゃ……」とあゆと秋を除いた面々は内心で思った。
* *
さて。
なんだかんだ景品席にぐだっと座り込みシャーペンを無理矢理握らされた苑子。
『負けた方が千円ね』
『OK』
やる気のない景品を挟みのんのんとまゆりんはこっそり視線で会話した。
『どっちに賭ける?』
『決まらない』
『同じく』
仕方ないと、二人は苑子の後ろでこっそりじゃんけんする。
『じゃあ、勝った方があゆってことで。一応付き合い長いし』
『一応ね。一応』
『一応、一応…… よし、じゃん、けんっ』
『ぽんっ』
自分の後ろでこそこそと二人が何かやっていることに気づいている苑子だが、もう面倒くさすぎて構う気がまったく起きなかった。
そもそも二人で何かこそこそやるなら自分を間に挟まなければいいのに。
ちらっと正面の席で無言で睨み合うあゆと秋の姿を見る。
そしてまゆりんが即興で作った意味の分からない検定用紙を手に取った。
ぐだぐだしても仕方がないと、溜息を吐きながら苑子は適当にカリカリとシャーペンを動かす。
途中まで書き終えたところで苑子の手が唐突に止まった。
(……これ反省文じゃん)
いいのか、この紙使って……と珍しくもまともなことを苑子は思ったが、それは一瞬だけだ。
(しーらない)
まぁ、いっか。
どうせ怒られるのは真弓だしと苑子は頬杖つきながら終わりまで書いた。
なんだかんだ言って苑子は秋の言う通り律儀だ。
* * *
まゆりんの提案した「苑子検定」
ようはあゆと秋がどれだけ苑子のことを知っているのか、理解しているのかを検定し、その成績で勝負を決めようという単純な話だ。
苑子をより詳しく正確に知っている方がつまりは苑子への愛が深いという、とても単純で強引な「愛の決闘」である。
あゆと秋の前にはそれぞれノートがあり、質問が出るごとに回答を記載してもらう。
そして同時にばーんっと答えを見せる。
一問一点で合計点を競うのだ。
実にシンプルで平和的である。
そして非常にくだらない(by苑子)
もちろんカンニングは厳禁だ。
バレたら苑子を一ヵ月没収することになっている。
「では第一回苑子検定を始める前にそれぞれの意気込みをどうぞ」
ノリノリなまゆりんの司会にあゆと秋が拍手する。
「じゃあ、あゆから~」
「ぜーったい負けない! 自称彼氏の駄目犬にあゆが負けるはずないんだから」
ふんっと胸を反らすあゆに(微妙な距離のある)隣りの席の秋はにこにこと爽やかな笑顔を浮かべたまま拍手する。
「俺も負けません。自称苑子先輩の大親友に負けるとは思ってないんで」
「……あれ、秋君ってこんな性格だっけ?」
秋とは大して会話したことはないが、苑子にべたべたな秋は飽きるほど見て来たのんのんとまゆりんはさらっと返された秋の笑顔と溌剌とした発言に一瞬引いた。
「秋くんは素直だから」
……それはどう解釈すれば?
爪を見ながら適当に返す苑子にのんのんとまゆりんは互いの顔を見合わせ、そして今度は笑顔で無言のまま火花を散らすあゆと秋の二人を見る。
「……」
「……」
そして、再び苑子を挟んだままのんのんとまゆりんの視線が合わさる。
「はいっ、では気を取り直しましょう~」
「ジャジャジャジャーンっ それでは、第一問!」
まぁ、いっか。
『秋君と付き合ってるのは苑子だし』
『ね。苑子ならなんとかなるっしょ』
ちらっと一瞬でアイコンタクトを終えたのんのんとまゆりんはにこにこと笑顔で場を盛り上げることに専念した。
この場にいない他の軍団メンバー(彼氏いる組)から続々と賭けに参戦する声、あとは実況を頼むというメッセージが来ているのだから。
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