ごめん、もう食べちゃった

埴輪

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番外編《その①》

あゆ+α「よーん」

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 自分を置いて騒ぐ面々を無視し、苑子は机に顔を伏せてうとうとしていた。
 最近身体がだるい。
 体力馬鹿を飼っているせいだ。

(秋くん、アグレッシブだもん)

 腰がだるいのはまだ許せるが、あそこが痛むのは嫌だ。

(まぁ、他の奴らよりマシか)

 アホでバカで、今みたいに勝手に突っ走る暑苦しいところは正直ウザいと思うこともある。
 けど、秋はそれ以上に苑子がたまに引くぐらいに単純で素直なのだ。
 完全な下僕扱い、犬扱いしても文句どころか嬉しそうに尻尾を振る。
 駄犬は駄犬でも、それ以上に飼い主にとっても順従な忠犬。

(案外空気が読めるんだよね)

 苑子の「イヤ」と「嫌」の違いを見極めることに関して秋はとても優秀だ。

 何よりも秋はああ見えて我慢強い。

(『待て』がちゃんと出来るのはポイント高い……)

 苑子がもう疲れたと言えば、頑張って頑張って必死に頑張ってあそこを鎮めようと耐えようとする秋は本当に苦しくて辛いんだろうなと思う。
 思わず同情してもう一回シてもいいよーと、あの苑子に一瞬でも思わせるぐらい、許してやりたくなるぐらいには可哀相だ。

 まぁ、そこまで甘やかす気はないが。

(無理。あそこがもたない)

 苑子の歴代彼氏はどれもこれも馬鹿みたいに苑子とセックスしたがる。
 
 若かりし頃(?)の苑子はあまり深く考えずに付き合っていたせいで、一時期はヤり過ぎて歩く度に下半身の奥の奥が擦れて痛くなった。
 ぽっかりと一日中あそこが開いているような、締まらないどころか常に何か埋め込まれているような感覚になったときはさすがの苑子も危機感を抱いたものだ。
 ちろちろと尿漏れしても気づかないぐらいに麻痺した下半身に苑子は自重というものを学び、当時の初カレに当たる男を振った。

 そのとき苑子は思った。

 遅漏はめんどい。
 早漏と遅漏なら苑子は早漏を選ぶ。

 そういう意味でいえば秋は絶妙だ。
 絶妙に苑子の好みを突いている。






 初級問題はあゆも秋も軽々とクリアできると思われた。

「では、第一問。滅茶苦茶簡単なサービス問題から~ っと、『苑子の好きな食べ物は?』」
「あんぱん!」
「ゼリー!」

 自信満々と言わんばかりにあゆと秋は叫ぶ。
 別に叫ばなくてもいいんだけど、てかこれ早押しとかそういう感じじゃないんだけど……とのんのんとまゆりんは内心で思ったが、二人の気迫に言葉を呑み込んだ。

「……残念っ、惜しいっ、答えは茎わかめ(梅味)でーす」
「いや、全然惜しくないよね?」

 そんな二人の勢いに呑まれそうになりながらもまゆりんは苑子の答えをちらっと見て腕を×にしてぶぶーっと腹の立つ声を上げた。

 ほぼ同時にフリップ(ただのノート)を出したあゆと秋の自信に満ちた表情が愕然としたものに変わる。

「なっ…… 嘘っ! だって、そのちゃんはあんぱんが好きだって…… あんぱんはこし餡で、邪道だけど中にクリーム入ってたらもう最高♡ってこの前言ってたもん!」

 ガタガタっと椅子を倒す勢いであゆは立ち上がり抗議する。

「いーやっ、違います! 苑子先輩はゼリーが好きなんです! あのときだって、大きいスプーンを銜えながら幸せそうに食べてました! 美味しそうに食べているそのゼリーを俺にあーん♡って……」

 あゆに負けじと秋も抗議した。

「あれー? 二人は苑子のことならなんでも知ってるスペシャリストじゃなかったけ~?」

 そんな二人をニヤニヤと眺めながらまゆりんはひらひらと手元のプリントを揺らす。

「それなら分かってるはずだよね? うちの苑子さんの気まぐれさと飽きっぽさ」

 まゆりんの腹の立つ挑発にあゆと秋は同時に雷に打たれたように立ち尽くす。

「……ねえっねっ 苑子さ、茎わかめってこの間あげたお菓子のことでしょ? ねー あれ、最初拒否ってたけど、なになに? 気に入っちゃった系?」
「……んー」

 まゆりんがなんだか妙にテンション高く隣りで寝る体勢に入る苑子の肩を揺する。
 どうやら自分が以前あげた茎わかめが今の苑子の好物になっていることに興奮しているようだ。
 ギリギリと悔しそうに睨むあゆと秋の視線を怖がるどころか優越感を抱いている。

「そんな…… あんなにあんぱんを貢いだのに……」
「俺と、苑子先輩の…… 思い出のゼリー……」

 がくっと、今度は力なく倒れ込むように椅子に腰を落とすあゆと秋。
 
「過去は、振り返らない」

 構われ過ぎて面倒くさくて仕方がない猫のように顔を腕に隠した苑子。
 その口からぼそぼそと零れた呟きに気づいた者はいなかった。

「ということで、まずは二人とも0ポイント~」

 しょぼーんと落ち込む二人に反して筆箱をマイク代わりにしたまゆりんのテンションうなぎ登りだ。
 
(こいつもイカれてる)

 のんのんはそんなまゆりんを冷めた目で一瞥した。

 まぁ、苑子軍団とか、苑子の取り巻きとか、金魚の糞と散々周りに言われても本当に糞のようについていく自分達は皆どこか可笑しいのだろうなーとのんのんは内心で零す。
 そして、そんな自分が嫌いではないことが問題なんだと他のメンバーよりちょっとだけ賢いのんのんは分かっていた。

 当の苑子はもう半分夢の中だ。
 こんな煩い中よく寝れるなといまいち自分の立ち位置を把握できないのんのんはとりあえず裏切りメンバー達に今の結果を報告する。
 続々と返って来る「あゆざまぁwww」のコメントにのんのんは無言で同意した。
 一応、あゆには勝ってもらわないといけないのだが、それとこれは別である。

(スタートから、もう波乱が始まっている……っと)

 高速でメッセージを送りながらのんのんは悲喜こもごもな教室の様子を実況した。

 

* *
 

 苑子検定。
 答える苑子が自由すぎて飽きっぽすぎるせいか、だんだん……いや、初っ端から雲行きが怪しかった。

 しかし、それに増して波乱を無駄に増長させているのは問題を作ったまゆりんのせいだ。

「第〇〇問~ ク★ヨ☆し★ちゃんで苑子が一番好きなキャラは?」
「なにその問題」

 こいつ遊びすぎだろうとのんのんは思ったが、答える二人、挑戦者あゆと秋は真剣に悩んでいた。

「意外性がある方がいいじゃん?」
「いや、ありすぎでしょ。てか、よく苑子が答えたね…… 無回答かと思った」

 へぇーと苑子の回答を見たのんのんとまゆりんは顔を合わせ、うとうとしつつもまだ意識がありそうな苑子を見る。

 そうこうしている内にあゆと秋がこれまた同時にフリップを出した。

「風★君……」
「★いちゃん……?」
 
 スタート時に比べて二人とも疲労の色が濃くなっている。
 仕方がない、〇〇問目にして二人とも0ポイントだ。
 自信もなくなるだろう。

(たぶん、これは苑子を深く知ってれば知っているほど不利だ)
 
 いつの間にか解説ポジションを確保したのんのんは実況をせがむハイエナ達に餌を投げる。
 動画を送って欲しい、あゆが苦しんでる姿を早く!という若干どころではない怨念を感じたが無視した。
 スルースキルがあるから苑子にくっつくことができるのか。
 それとも苑子とくっつく内にスルースキルが身に着いたのか。
 
「だってそのちゃんイケメン好きじゃん。しかもプライド高めなイケメンとか大好物でしょ?」
「あー確かに」
「あるある。苑子の好きそうなタイプ」

 徐々に自信を取り戻したらしいあゆは隣りの秋を見上げ、鼻で嗤う。
 暗にお前は苑子のタイプではないと挑発しているのだ。

「だって、苑子先輩って滅茶苦茶我儘で気まぐれで自由人じゃないですか。それに可愛くて、たまにこう…… 滲む様な育ちの良さというか、品があるというか……」
「ズバリ女王様タイプ!」
「なるほどねー 秋君は苑子と似たようなタイプを選んだわけか」

 どっちもこじつけ感があるなとのんのんは思った。
 しかし、苑子の回答はそれ以上にちょっと意外だった。

「残念~ 全然惜しくない~ 正解はみ★えでした~」

 のんのんは予め来るであろう音量に備えて耳を抑える。
 案の定あゆと秋の仲の良い絶叫という名の合唱がビリビリと響いた。
 ぴくっと、苑子が驚いて眠りから覚める程度に煩い。

 珍しくも無防備にぱちぱちと眠たい目を瞬かせる苑子は文句なしに可愛い。
 女から見ても可愛い。
 そんな苑子にショックよりも、新しい一面を見つけたことによってテンションが上がったあゆと秋の怒涛の質問攻めが襲う。

「え…… なに、うるさい」

 寝ぼけたままキーンと頭痛がしそうなあゆと秋にぼーっと返す苑子。
 あゆと秋をのんのん達は止めなかった。
 何故なら二人もまた苑子の回答が意外だと思ったからだ。

(いや、そもそも苑子がク★しん知ってたことも結構意外だけど……)

 アニメを見る時代が苑子にもあったのかと、ちょっと意外だった。

(……あんまりうちらって苑子のこと知らないんだな)

 学校での苑子はよく知っているのに、本当のプライベートな苑子のことを自分達はほとんど知らなかったことにのんのんは今更気づいた。

(妹がいるってことも、最近知ったし……)

 プライベートの苑子を知らないとはいえ、プライベート以外の苑子もまた苑子である。
 普段は意外なほど怒ったりイライラしたりしない苑子だが、ある一人の人物の話題になると若干ビリッとしたり、苛立ったり、うんざりするのだ。

 だから、その妹に関する話題をのんのん達は自然と避けて来た。

「はぁ……? どこが好きって?」
「そう! だって意外すぎるもん。ぐーたらな専業主婦で、よくガミガミ怒ったりするし……」

 寝ぼけている今の苑子ならはぐらかさずに答えてくれることを知っているあゆは勢いよく詰め寄る。
 同じように秋も詰め寄るのかと思えば、のんのん達の予想と違い、秋はきょとんと首を傾げるだけだ。

「意外……」

 秋はどこか不思議そうに呟く。


「苑子先輩って、ああいう母親キャラとか嫌いなんだと思ってました」


 あまりにも静かな秋の言葉に、何故か知らないが苑子以外の三人はぞわっとした。

 思わず、苑子から目を離して秋を無言で注視してしまうほど。
 妙に静まり返った教室に気づいた秋は慌てたように続ける。

「いやっ、ほら、すごい暴力的だし、へそくりとかしてるし、ガミガミ煩いから…… 苑子先輩ならうざがるキャラだと思ったんで……」
「何焦ってんの?」

 そんな秋にあゆは不審感たっぷりの視線を向けた。
 のんのん達も理由はよく分からないが、腕を摩りながら気持ち的に秋と距離を置く。

 妙な悪寒の正体は分からないが、とりあえず場の空気を戻そうと次の問題に行こうとした。

「……なんで?」

 そのとき、苑子のいかにも寝ぼけたような呟きが妙に静かになった教室に落ちる。
 ふんわりと、まるで雪のように苑子の呟きは静かに落ちて溶けた。

「いい母親じゃん」

 儚くすぐに消えるような。
 苑子の寝ぼけた声はとても透明で無垢なものに思えた。

 もちろん、ただの錯覚である。

「……結構、すき」

 儚いとか、無垢とか。
 そんなものは苑子から一番遠い言葉だ。

 プライベートや過去の苑子を知らなくても、それだけは断定できる。

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