26 / 30
番外編《その①》
あゆ「……ご?」
しおりを挟むもう、手段は選んでいられない。
ここに来てあゆと秋のポイントは0。
ケラケラと笑っていた審査員達もだんだんと面倒くさくなってきているのが分かる。
肝心の苑子はもう完全にお眠だ。
「もうこれで最後。最後正解したら10000ポイント~」
「まぁ、どっちにしろ二人とも0だから。これで正解しなかったらマイナス10000ポイントね」
「うわ~ 引く~ なになに? 二人の苑子への愛ってそんだけなの? やっばーい」
苑子が起きたらしっかり結果を伝えよーっと、意地悪どころではない顔であゆと秋をニヤニヤと見つめるまゆりんは実に生き生きしている。
「最終問題~ 苑子の好きなゲームはなんでしょー」
「は…… ゲーム?」
「苑子先輩とゲーム……?」
あゆと秋は同時に頭を抱える。
クレ★ん問題から途中までマイナーすぎる問題を出しといての最終問題が好きなゲームは何?という、なんとも問題のレベルや中身のバランスが悪すぎる内容にのんのんは呆れた。
苑子は暇になるとスマホを無言でいじる。
アプリのゲームをしているらしいが、飽き性の苑子が一つのゲームを長く続けることはない。
(ある意味意地悪な問題)
そう。
スタート問題の苑子の食べ物で自信を木っ端みじんに砕かれたあゆと秋はここに来て過剰に慎重になっている。
皆、苑子が飽きっぽいことは嫌でも分かった。
過去に苑子が好きだったもの、嵌まったもの……
そんな記憶、知識など無意味だ。
苑子はいつだって現在を生きている。
今、このとき。
苑子が好きだと思っているゲーム。
一体それは……何だ?
「ぷ〇ぷ〇…… いや、でもあれはずっと前……」
「★ム★ムは、確かもうやっていないって……」
苑子愛を競う二人だからこそ、迷路に迷い込んでしまうというのも皮肉である。
「太〇の達人……? でも音ゲーは…… カラオケも嫌いだし」
「UFOキャッチャー? いや、でもデートのときは俺に取らせてたし…… まさか、★拳?」
ちなみにのんのんのスマホからは引っ切り無しにこの場にいないメンバー達の見るに堪えない罵詈讒謗が溢れていた。
あゆざまぁ派とあゆ使えない派、飽きた脱落組と自由過ぎるメンバーに餌を投げる余力はもうのんのんにはない。
そろそろ本気で帰らないと教師に何を言われるか。
そんな現実的なことを考え始めるぐらいには窓の外は赤くなっている。
こんな時間までいるのは部活動や委員会活動に真面目に励む学生ぐらいだ。
遠くから聞こえる吹奏楽、校庭の陸上だかサッカーだか野球部の掛け声とは無縁の帰宅部である自分達が何故こんな時間まで残っているのか。
熱が冷めて冷静になった今、のんのんもまゆりんも同じことを思った。
「なんか、これも意外じゃない?」
「ねぇー 苑子っていつからこれに嵌ってたの?」
答えを知る審査員二人が景品をゆさゆさ起こす。
そろそろ起きてもらわないと困る。
本格的に寝られると帰るときが大変だ。
「んー……」
ねえねえと二人して顔を伏せる苑子を突っつく。
転寝状態の苑子は時と場合によって起こすと物凄く機嫌が悪くなるが、基本は動くのも考えるのも面倒でなんでもほいほいと思ったことを言う、答えるという習性がある。
「……もう、わすれた」
つまり、忘れてしまうぐらい昔から嵌っているのか。
「えー…… 意外」
「苑子にもそういうのあるんだ」
地味に盛り上がった審査員席。
そんな二人を恨まし気に見るのは現時点の負け犬二人組である。
苑子のことならなんでも知りたい二人はきゃっきゃっと楽しそうにしている彼女達が心底羨ましかった。
そんな二人の視線にもちろんのんのんもまゆりんも気づいている。
そしてだんだんと面倒く……あゆと秋が可哀相に思えて来た二人はラスト問題ということでチャンスをやることにした。
俗にいうライフラインである。
*
ライフライン。
今から10分間苑子に直接答えを聞く、カンニングさえしなければありとあらゆる手段を使って答えを探して良いという緊急時別ルールだ。
「だって二人が予想以上にポンコツだから~」
ぷぷぷっと笑うまゆりんを睨むあゆとそんなあゆを置いて風のように潔く教室を飛び出す秋。
どうやら秋には勝算があるらしい。
だが、それは秋だけではない。
まゆりんのせいで一歩出遅れたあゆも遅れて教室を飛び出す。
「……すっごい走って行ったけど、あの二人どこに向かってんの?」
「さぁ?」
このとき、あゆと秋の頭には一人の人物が浮かんでいた。
つまり、二人は同じことを思ったのだ。
(だいぶ昔に嵌ったゲームなら……)
(昔の苑子先輩を知っている…… なら、)
あゆと秋の脳内にぼや~と浮かぶシルエット。
残念ながら顔よりも先に眼鏡が浮かんだ失礼な二人は苑子と正反対と噂される妹を捕まえようと必死に走った。
秋は一年の教室へ。
噂を聞いたあゆは初めてかもしれない生徒会室へ。
これが、運命の分かれ道だ。
先に結果を言うと10000ポイントを獲得したのはあゆである。
* * * *
あゆと秋の運命の別れ道。
そもそも走り出したあの瞬間から、いや、頭にもや~と浮かんだのが眼鏡だった時点で秋は既に負けている。
何故なら顔も満足に思い出せない秋の探し人、苑子の妹雪子はとっくに下校していたからだ。
なら、どうしてあゆは勝利し、10000ポイントをゲットできたのか?
勝者インタビューであゆは珍しくも口ごもった。
「えー それはー んー……」
屍状態で体育座りして落ち込む秋をここぞとばかりに攻撃し、勝利に酔い痴れそうなあゆが口ごもるとは。
一体どれだけ汚い手段を使ったんだと自然とのんのん達の視線が冷たくなるが、当のあゆはちらちらと苑子をちら見し、口ごもりながらなんだか楽しくて仕方がない、興奮を滲ませながら咳払いを一つした。
「えー、ごほんっ」
屍状態の秋が悔しそうな視線をあゆに向ける。
その視線を受け止めながら、あゆは挑発的に秋を見下してから苑子に飛びつく。
「決まってるでしょ!」
邪魔だと言わんばかりに肘鉄を食らわせようとする苑子に、それでもあゆはしがみつく。
「これが…… 愛の力よ!」
たぶん。
という一言をあゆは珍しくも呑み込んだ。
* *
10分ちょっと前。
「……」
あゆはこそっと生徒会室の扉を開ける。
中を覗いて見ると運悪く誰もいないらしい。
「最悪……」
思わず舌打ちが出る。
(げーっ 読みが外れた? やだぁ~)
足の速さでは秋には絶対に勝てない。
勢いよく階段を駆け上がって行く秋はたぶん1年の教室に向かったのだろう。
目当てはきっと同じだ。
(うっそー 放課後の生徒会室でよくこそこそしてるって聞いたのに)
誰もいないということは、そもそも今日は生徒会の集まり的なものがないということか。
それとも噂の通り放課後デートしているのか……
苑子の妹。
名前は確か、雪子だったか。
(そのちゃんに似てる…… うんうん。やっぱ似てない)
涙目になって怯える妹はぶっちゃけあゆの嫌いなタイプだ。
基本、あゆは自分より可愛い女が嫌いだ。
(うちのそのちゃんの方がエロい分、ランク上だから。うんうん)
博打に出たのに、それに負けてしまった現実を認めたくないのか、あゆの思考があっちこっちに散らばる。
今頃、1年の教室に向かった秋が例の妹を捕まえて昔の苑子についてれあれやそれを聞き出しているかもしれない。
いわば現実逃避である。
(あーあー 春斗君もなんで妹の方いっちゃうんだろう)
巷では清純な妹に春斗が行くのは当然、ビッチ苑子が振られた、ざまぁみろ的な意見が多いが、あゆはちっともそう思わない。
むしろ春斗の見る目の無さに呆れたし、若干評価が下がってしまった。
(春斗×苑子…… 私の目の保養カップル…… 夢、破れたり)
密かどころではないほど春斗を推していたあゆのショックはデカい。
「そのちゃんとくっつけば良かったのに~」
そして、気づけばあゆの密やかな願望は自然と口から出ていた。
もう、秋は例の妹ちゃんに会ったかなーと諦めのため息と共に。
「……何がだ」
まさか返事が来るとは思わなかった。
「邪魔」
驚き過ぎてその場をぴょこっと飛び上がるあゆを横目に、春斗は堂々と生徒会室に入る。
当たり前だ。
春斗はこの部屋の家主のようなものである。
「……で?」
びくっと春斗の氷のような鋭い視線にあゆは身体が凍った様に動けなくなる。
思わず、手に持っていたノートが落ちてしまうぐらい。
春斗の視線があゆから逸れ、落ちたノートに向けられた。
それで漸くあゆの硬直が解けた。
「生徒会室に、一体何の用だ?」
「……あー ちょっと、聞きたいことがあって~」
「聞きたいこと?」
へらへらと笑顔を浮かべているのは決して余裕があるからではない。
あゆは同い年とは思えないほど迫力のある春斗が実は苦手なのだ。
顔は本当に好きなのだ。
正統派美形というか、王子様的フェイスは大好物なのだが。
(最悪だよぉ)
あゆはまさかの春斗の登場にここまで驚く自分に驚いていた。
よくよく考えれば生徒会室に苑子の妹を探しに来た時点で春斗に遭遇する可能性があったのだ。
何故、それに気づかなかったのか。
あゆが探している苑子の妹は、つまり目の前の春斗の恋人なのに。
春斗のことは正直まったく分からない。
苑子の幼馴染で、二人の間は何故か険悪で、それでいて妙にしっくり来る。
苑子と春斗がすれ違う一瞬。
それだけで分かる二人のピリピリとした雰囲気があゆは気になって気になって仕方がない時期があった。
一年の頃に無謀にも春斗に告って振られたせいもある。
たぶん、目の前の春斗は覚えてすらいない。
そもそもネクタイの色がなければあゆが同じ学年の生徒だとも気づかないのではないかと思う。
元クラスメートで、当初は結構頑張ってアピールしたが。
(絶対、名前も覚えてないよね)
苑子の取り巻きその一ぐらいに記憶していそうだ。
「な、なんでもない……」
とにかくあゆは春斗が苦手だ。
でも苑子と春斗がくっついたら超お似合い、めっちゃ絵になるだろうなーと妄想するのは大好きという、複雑な気持ちを抱いている。
あゆの目の前で落としたノートをいつの間にか拾い、開いた状態で見えるノートの内容に眉間に皺を寄せる春斗は正直怖い。
ふと、どうして春斗は怖いのに、秋はちっとも怖くないのかと考える。
(あれだ、秋君はそのちゃんの犬だから)
例えるなら秋は苑子にしっかりと首輪をつけられた犬で、何を考えているのかまったく読めない目の前の超絶美形男はイメージはよろしくないが一匹狼や冷たい蛇に思えるのだ。
あゆ個人の感覚として。
それが分かったとしても春斗に対して芽生える本能に近いぴりぴりヒヤヒヤ感は薄れないし、秋に対するムカつく気持ちも収まらない。
「ごめんねっ、お邪魔しましたぁ~」
そうこうしている内にライフラインは過ぎていく。
今はとにかく一旦教室に戻ろうと、あゆはとにかくこの場を立ち去ろうとした。
春斗の手の中にあるノートも忘れて。
「おい、」
背中を向けて走り出そうと必死なあゆに春斗の声は届かない。
はずだった。
しかし、人間というのは不思議なもので。
「おい、待て、星田」
どんなときも名前を呼ばれると反応してしまうのだ。
あゆこと、星田鮎美も思わず足が止まった。
それよりもあの春斗が自分の名前を憶えていたことに驚いた。
更に。
「……聞きたいことってのは、これか?」
「……はい」
「……何、くだらないことやってんだ」
落ちたときにページが開いていたノート。
「そのちゃんの好きなゲーム??? わからん」と殴り書きがされたページ。
思いつく限りの苑子が今までやっていたゲーム、アプリからトランプまで書き出した汚いページ。
「……」
眉間に深々と皴を寄せ、春斗は呆れたような溜息を零した。
何故だろう。
溜息を零した後の春斗からはあの妙に冷たい威圧感が消えた。
(……ような、気がする)
あゆの目の前で、春斗は無言でペンを取り出す。
何をする気なのか。
いや、見れば分かるのだが、分からない。
「ほら」
静かにノートを差し出す春斗。
相変わらずの無表情、苑子が言うには鉄仮面状態のままだ。
これが、例の苑子の妹と一緒にいるときは優しく笑う、キラキラ眩しい表情を浮かべると一時期物凄い噂になったが。
やはり、あゆには想像できない。
あゆは二通りの春斗の表情しか知らない。
皆に見せる無表情と、苑子の前でだけ見せる苦々しく歪んだ、不機嫌そうな顔。
なら、これは何だ?
「分かったなら、もうさっさと帰れ」
やっぱり同い年とは思えない。
教師よりも威厳のありそうな春斗のオーラに気圧されながら、あゆはふらふらと渡されたノートを胸に抱えて立ち去った。
背後でドアが閉められる音がする。
あゆの足は自然と止まり、慌てて春斗がペンを走らせたページを見た。
神経質そうな、それでいて妙に綺麗な字が堂々とあゆの目に突き刺さる。
「……テト〇ス?」
夕陽が差す廊下に、あゆのぽつんとした呟きが滲む。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる