ごめん、もう食べちゃった

埴輪

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番外編《その②》

苑子「ごめんね?」

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「秋くん」

 秋の膝の上で苑子が上目遣いで見つめて来る。

「そ、苑子先輩……っ」

 もう既に嗅ぎ慣れた苑子の香り。
 清潔感溢れる石鹸の香りに混じり、バニラのような甘そうな匂いに秋は毎回ドキドキしてしまう。
 それが苑子の肌の匂い、体臭だと気づいたときはどうにかなってしまいそうなほど興奮し、感動すら抱いた。
 こんないい匂いのする人間がこの世にいるという事実。
 苑子の存在そのものの奇跡に秋は神様の存在を信じたほどだ。

 もちろん、秋の神様はただ一人。

 いつ止まっても可笑しくないほど激しく胸が高鳴る。
 そんな秋に気づいているくせに、悪戯な誘惑をやめない恋人のことである。
 秋の価値観や世界を壊した可愛い神様。
 きっと、良くない神様なのだろう。

 けど、盲目な信者にとっては些細なことだ。

「ねぇ? さっきからずーっと、勃ってるよ?」

 神様というよりも悪戯な小悪魔に見える。
 けど、秋にとってはやはり苑子は神様なのだ。

「……苑子先輩が、」

 苑子の軽やかな笑い声が秋の部屋に満ちる。
 物持ちの良い秋の部屋には色んなものが置いてあった。
 昔から使っている勉強机や最近は足を伸ばすのが窮屈になったベッド。
 本棚に埋め尽くされた漫画や雑誌、好きなアーティストのアルバムにポスター。
 なんとなく小学生の頃から飾っている模型に付き合いで買ったサッカーボール。
 最近はほとんど遊ばなくなったゲーム機器まで。

「プレゼントくれるって、言うから……」
 
 間違いなく、ここは秋の部屋だ。
 物心ついた頃から知っている部屋。
 その秋の匂いや思い出が沁みこんだ空間に、全身からいい匂いを漂わせる苑子がいる。
 さらさらと秋の鼻先で揺れる黒髪がくすぐったい。
 秋の心と下半身を容赦なく擽る。

「期待しちゃった?」

 苑子の笑い声が部屋に響く。
 ドキドキが止まらないどころか、どんどん加速して行くのが分かった。
 きっと、苑子にも伝わっていると秋は確信している。

「だ、だって……」

 心臓が煩すぎて、息をするのがときどき苦しい。
 自然と荒くなる呼吸音に苑子が無邪気に意地悪に笑う。

「興奮しすぎ。それじゃ犬じゃなくて猿だよ」

 そんな苑子の蔑みに秋は情けなく眉を下げた。

 だって、だってと、秋らしくなくうじうじとした反論が喉元までせり上がっている。

(だって、苑子先輩の手に……)

 クスクス笑いながら、苑子の手ががさごそと箱を開けていく。
 新品の箱を開け、中身を取り出す苑子。
 ずらーっと目の前で繋がったそれを広げる苑子に秋の興奮が止まるはずがない。

(先輩の手に…… いっぱい、ゴムが……っ)

 ぷち、ぷちっと分けていく苑子。
 ちらっとベッドの下に投げ捨てられた箱にデカデカと印字された極薄の二文字に口の中が異様に乾き、気づけば唾を大きく呑み込む音が部屋に響いた。






「だって、秋くん死にそうな顔してたから」
「……ごめんなさい」

 しゅんっと素直に秋は謝った。

「自分でも、ガキだって分かってるんですけど…… すみません、勝手に期待して、勝手落ち込んで……」
「んー でも、今回は私の方が悪かったもん」

 そんな秋に珍しくも苑子は反省していた。
 本当に珍しい。

「ごめんね。バレンタインデー……」

 チョコを買い忘れたどころか、友人に言われるまですっかり秋ののことを忘れていたのだ。
 当然のように周りからむしろあれだけ覚えやすい誕生日を何故忘れると呆れに近い視線を向けられた。
 いつもなら悪気もなく開き直るか、面倒くさくなって周囲の声をシャットアウトする苑子だが、不満一つ漏らさず力ない笑みを浮かべて落ち込む秋に芥子粒ほどの良心、人間としての心的なものが何年かぶりに重い腰を上げたのだ。
 その後に号泣し、抱き着く秋にちょっとだけきゅんとした。

 だが、当の秋は苑子に抱き着いてうじうじと泣いてしまったことを恥ずかしいと思っているらしい。

「……やっぱ、うざいですよね?」
「秋くんのそーいうとこ、嫌いじゃないよ」

 日々、飽きもせずに苑子に貢物を献上し、イベント事や記念日には欠かさずお祝いする秋はアルバイトで溜めたお金で普通の高校生にはとても手が出ない超高級チョコレートとテディベアを苑子にプレゼントした。
 
「チョコは美味しかったし、熊も可愛かった」

 上機嫌な苑子の様子に秋はほっとしたように顔を綻ばせる。
 基本、秋は苑子が喜べばなんでもいいのだ。

「立場がまるで逆だよね。もっと、怒ってもいいのに」

 当然、苑子にはそんな秋がとても奇妙に映る。

 良いのか悪いのか。
 二人の付き合いが長くなればなるほど、お互いの違いが明確になる。
 苑子の中での秋の存在はどんどん不思議化していくのだ。

 今だって、苑子の薄情さを思えばキレたり苛立ったり、不機嫌になって怒ってもいいと思うほど。
 もちろん実際に秋が怒るはずもないし、苑子に怒る秋なんてちっとも想像できない。
 そして、万が一そんなことになったら苑子は自分がどういう態度をとるのか、それすら想像できなかった。
 それほどまで秋は苑子に甘い。
 優しいのではなく、甘いのだ。

「すっかり忘れちゃった」

 ちらっと秋の部屋のカレンダーを見る。
 二月はもうとっくに過ぎた。

 秋が期待に期待していたバレンタインデー。
 
「お返し。ホワイトデーは、もう過ぎちゃったけど」

 慣れた手つきで包装を破く苑子をガン見する秋に思わず口元が緩む。
 苑子の視線の先にある秋の股間部が相も変わらず正直にもっこりとテントを張り出し始めた。

「いいこと…… してあげる」

 秋にとって、思い出に残るような。
 そんないいことを。

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