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エピソード・オブ・少年

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 若者達は何が楽しいのか、変わらずはしゃいでいる。

 パティは身体を揺さぶられ、小さく前後に揺れている。

 植え込みの中では俺を含めるおじさん、お兄さん、おじいさん、計六人が固唾を飲んでひしめき合っている。

 あの後、立て続けに路地を通りかかった人々を俺が植え込みの中へ次々と引きずり込んだのだ。

 俺が引きずり込み、最初のおじさんが事情を説明する。そんな完璧な流れ作業が植え込みの中では人知れず完成していた。

「落ち着いていけよ、ボウズ。最初が一番肝心だ、舐められたらそこまでからな。やり過ぎるぐらいに怒鳴ってやれ」

「俺達が見守っているから安心してね。危なくなったら絶対助けてあげるから」

「根性見せろよ、根性。お前の真ん中にある、ぶっとい根性でもって叩きのめしちまえ!」

「ガッツじゃぞ。ガッツ。世界は愛と夢と希望に満ち溢れておる。ホレ、お前さんの目の前にも……ってあれ? 何の話しじゃっけ?」

「だぁぁぁ! じれったい! もう後ろから蹴り入れろっ! 蹴りっ!」

 などと、各々が大興奮でいて植え込みの中では皆一様に同じような事を口走っている。

 そしてそれは俺も例外ではなく、

「そうだ、お前はもうあの頃とは違う。お前は強くなったんだ。過去の自分と決別するんだ。焦らなくていい、落ち着いていけパティ。ゆっくりと慎重に。自分を信じろ、パティ! しかしだ。しかしパティ。何事にも限界というものが存在する。もうこの植え込みの中は定員一杯なんだ。最後に引きずり込んだおじいさんなんて、もはや隠れる場所がないから植え込みの一部と化してもらっているような状況なんだ。それに今までは運良く全員男だったから良かったけど、もし女性が通り掛かったら俺は、なし崩し的にタイクーン城の牢屋に入れられてしまう恐れがある。だからパティ! ゆっくりと慎重に、早く動いてくれ! 頼むっ!」

 そんな俺達の想いが通じたのか、パティに動きがあった。

「ーーーーや、やめろ」

 何とか絞り出したような弱々しいパティの声が辺りに響き渡る。

 若者二人は咄嗟に後ろを振り返り、パティ達の姿を見るや憎たらしい笑みを浮かべて近付いてきた。

 一人の男がパティの肩に左手を回してまとわりつくように稽古着を見て回りニヤついている。パティの友達は少し後ずさりして距離を取っていて、もう一人の男は何が面白いのか大口を開けて笑っている。

 と、

 その時、パティにまとわりついていた男がパティの左頬を平手で打った。

 パチンッ、と小さく音がはじけた。

 若者二人はなおも楽しそうにはしゃいでいて、パティは硬直したまま動かない。

 植え込みの中の熱はどんどんと増してゆき、隣のおじさんと肘がぶつかり目があった。おじさんは目を閉じて首を横に振っていて、これ以上の続行は危険であると判断したようだ。

 ダメか……。

 やはりまだあの日の恐怖が拭い去れていない。

 トラウマはパティの心の奥底までを完全に支配してしまっているようだ。

 俺は決心をして植え込みから立ち上がろうとした、まさにその瞬間。

 パティの肩に手を回していた男が、宙を舞った。

 自身の左手を軸にして宙でくるりと回転したのだ。

 両の足は綺麗に伸びきっていて、足先が見事に二つの弧を描き、地面に立つパティと宙で逆さまになった男の構図は見ようによっては芸術的で、見たもの全てを魅了し、度肝を抜いた。

「「「「「「おぉぉぉ……」」」」」」

 自然発火はもう時間の問題だと思われるほどに怒りの熱気が渦巻いていた例の植え込みからは、気が抜けるほどの間抜けな素の声が漏れた。

 ハッと我に返り冷静に分析を始める。

 何だ? 何をやられた? 攻撃を躱された?

 いや、違う。何かをやった?

 宙から落ちてきた男はパティの目の前に足、腰、背中の順で着地し地面を削る乾いた音が辺りに響き渡った。

 男はパティの足元に力なく横たわっている。

 やや間があって、ようやく状況を理解したもう一人の男は右手を振り上げパティに襲いかかる。

「このガキャーーーー」

 どこでもお好きな隙を突いてくれと言わんばかりに振りかぶられた、フルスイングの右手をパティは冷静に右手で受け流し、フルスイングの勢いを殺すことなく逆に利用し、さきほどの男と同様に芸術性を帯びたように宙で前転するように舞って、パティの足元に仰向けで倒れ込んだのだ。

「「「「「「おぉぉう……」」」」」」

 あれは……投げ技? 

 体術において対戦相手を投げ飛ばす技があるにはあるが、俺の知っている投げ技とは大きく異なる。俺の知っている投げ技は、力で無理矢理にぶん投げるという側面が強いものだが、パティがやってのけたアレは力で投げているようには見えなかった。むしろ自分から宙を舞ったようにさえ見えるほどに華麗で芸術的だ。

 最初に宙を舞った男が震える身体で膝に手をつき立ち上がった。パティの腰の位置というあまりにも低い所から落ちたのにも関わらず、相当なダメージを負っているようだ。

「ーーーーっ、いきなり何しやがんだ!」

 若者はまさかの展開にかなり取り乱している様子で、訳の分からない事を口走っている。

 なるべくして、そうなったんだろう。と、心の中で優しく諭すように突っ込んでおく。 

 若者二人は立ち上がり、足を引きずりながら走って逃げていった。

 騒動は終息し辺りは静けさに包まれた。

「ーーーーティ、おいパティ! すごいじゃないか!」

 友達に右肩をブンブンと揺さぶられパティの身体は大きく揺れる。

 やがてパティはすっかり濃くなりつつある闇の中へと歩み寄り、一匹の小さな子猫を抱きかかえた。

 パティは子猫を抱きかかえ嬉しそうに微笑む。

 子猫はあどけない表情で、にゃーと鳴いた。



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