地獄三番街

有山珠音

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1話 灰となりて地獄の門を開く【下】

開錠

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 張り詰めた緊迫感が、束の間その場を支配する。
 が、それもすぐに途切れた。尚も遥人が固まっていると、番は急に興味を失ったように視線を外し、伸びをしながら言ったのだ。

「ま、一晩の宿くらいは貸してやるから朝になったらどこへでも行きな。こんなガキじゃろくに紹介もできやしねえし」
「……紹介?」
「表の看板見たろ。地獄の釜ここに迷い込んできた訳ありたちに働き口探してやるのが俺の仕事」

 まあお前は対象年齢外だけど、と軽い調子で付け加える。その横で鎮目も頷いた。

「何にせよこの辺りは危ない。安全な場所までは送っていってやる」

 安全な場所なんて、あるのだろうか。遥人はぼんやりと考える。
 家を襲撃してきたあの男たちは、今どうしているんだろうか。俺が姿を現すのをどこかで待ち構えているとしたら……
 そう思うと、ブルっと身震いした。血の気配は拭い去られたはずなのに、鼻の奥にあの臭いが蘇ってくるようだった。
 

 そんな遥人を横目に、話は終わったとばかりにテーブルを片付けようとしていた鎮目が、ふと番に声をかけた。

「そうだ、お前の留守中に荷物が届いていたぞ」
「あー、忘れてた」

 頭上で交わされる会話を何ともなしに聞いていると、

 チリン。

 鈴の音が、不意に空気を揺らした。

 聞き覚えのあるその音に、思わず勢いよく顔を上げる。鎮目が小ぶりなダンボール箱を手にしていた。その光景を目にした瞬間、遥人の瞳はこれ以上ないほど大きく見開かれた。

 脊髄反射でソファから立ち上がると、鎮目から引ったくるように箱を奪い取る。突然俊敏に動き出した遥人に、2人が驚いた顔をした。

「ど、どうした?」

 戸惑う鎮目の声も聞こえない様子で、取り憑かれたようにじっと箱を見つめる。

 鈴が、付いている。
 差出人の欄には「D-63」とだけ書いてあった。

 僅かな間の後、遥人はにわかにテープをビリビリと破って箱を開け始めた。

「あ!おい、人の荷物を!」

 なりゆきを静観していた番が慌てた様子で声を上げる。
 震える手で中身を取り出す。小さな鍵だった。

「何なんだよ急に……これがどうかしたか?」

 番がため息混じりに遥人の側に寄ってくる。遥人は箱から目を離さないまま、尋ねた。

「この鍵は、何だ」
「貸し部屋の鍵だけど。俺賃貸業もやってっから」
「じゃあ、この、箱は」
「は?ああ、これか?この街、変な風習があって反社関係からの荷物には鈴が付いてんだよ」

 番が鈴に軽く触れた。チリ、と乾いた音が鳴る。

「ヤクザってのは何が楽しいんだか、訳が分かんねえルールばかり作りやがる……まあ俺もヤクザだけど」

 ついでのように背後の鎮目を指差し「あ、ちなみにこのオッサンも半分ヤクザな」と言う番に、「元ヤクザと言ってくれ」と鎮目が返す。しかし、遥人の心を支配していたのはまったく別のことだった。

「ヤクザ……」


 断片的な記憶が次々と脳裏を過ぎる。
 鈴の付いた荷物。「三番街」の文字。
 家の前に居た男。
 父が、最後に言った言葉。


「テレビ……つけて」

 呆然としたまま、遥人は言った。

「あ?」
「ニュース番組……早く」

 番は訝しげな顔をしながらも、言われるがままリモコンを手にする。パッと明るくなった画面では、ちょうどニュース番組が流れていた。

 そこに映し出されていたのは、遥人の家だった。
 上空から撮られているのだろう、見慣れたはずの我が家が、知らないもののように見える。
 しかし、無機質なアナウンサーの声は、逃れようもない事実を告げていた。

『今日午後6時半ごろ、羽ノ浦市の住宅で一家3人が死亡しているのが見つかり…』
『なお現在、この家の長男とみられる中学生の行方が分からなくなっており、警察が事件との関連を調べるとともに行方を……』

 鎮目が目を見開いた。番は静かに画面を見つめている。
 遥人は食い入るようにテレビを眺めたまま、感情の消えた瞳で、譫言のように呟いた。

「俺の……俺の、家族は……」


「ヤクザに殺されたんだ……」




         *


 地獄の門は開かれた。
 絶望は、時にいたずらに手を伸ばし、その黒い渦の中へと僕らを攫っていくのだ。容赦もなく。

 


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