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本編

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 結局のところ、彼は窓を突き破ってから四日と少し、このアパートの一室にとどまっていた。

 起きて普通にご飯を食べられるようになって、それを見届け、夕暮れ時に、彼は言った。

「三日のはずでしたのに、長く居座ってしまい申し訳ありませんでした。面倒を見ていただきありがとうございます。それでは」

 礼をして、玄関に向かっていく。

「あの……」

 思わず、呼び止めてしまった。
 しかしその続きが出てこない。

 もう少しだけ、いてほしい、あわよくば……なんて。


 それを察してか、ふふ、と笑うと、彼はおもむろにシャツを脱ぎはじめた。
 後ろを向くと、その背中があらわになる。

「私は人型をとれるとはいえ、所詮怪物でして。人ではないのです」

 びっしりとはえる黒色の鱗、それは首筋までつづき、髪で隠れて見えていなかったこめかみの辺りまで、覆っている。
 ひときわ目立つのは肩甲骨の辺りの、大きな二つの傷痕だ。
 半ばアザのようになっているそれは、痛々しい赤紫に変色している。


 目を見開いたまま止まっている私を傍目に、彼はシャツのボタンをとめてジャケットを羽織る。

「私は貴女様の影、対、鏡。他の魑魅魍魎どもから貴女様をお守りする盾であり、剣」

 安らかな笑みを浮かべ、その怪物は言う。

「よき見つけてください」

 その背は遠ざかっていく。
 玄関の扉が開けられ、黄昏の橙と黄のまじった光が部屋のなかに差し込む。

 その光に彼が溶けていく、というとき。


「……周囲の人にも見える形で人型をとって顕現すると、他の人間となんら変わらない」

 彼女はぱし、と服の裾をとらえていた。

「困りましたね」

 彼がふっと優しく微笑む。

「さすが我が主。頭のよくまわるお方だ」


 秋も深まるその日。揺れる水面に木の葉が一枚、ふわりとおちた。


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