ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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壱ノ章:災いを継ぐ者

第7話 触らぬ神に祟りなし

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 昼時にもなっていない午前、街は少し寂しさが漂っていた。暇そうな年寄りの妖怪たちが談笑し、輝きを失った景観の上空は灰色で染まっている。ちらほらとゴミが転がっている街に風が吹くたびに缶や雑誌の切れ端が動き、乾いた音を立てた。賑やかな姿を見るのは夜までお預けという事か。龍人はそう思いながら散策を続けた。

「おお、老師んとこのぼんやな !  元気しとん ?」

 一匹のしわくちゃな小鬼が持っていた杖を振って叫んでいた。この辺りの町内会の会長である。住んでいる地域で毎月行われる清掃イベントに老師と駆り出された際に知り合ったのだ。

「どうも~」

 龍人も気さくに手を振り返す。

「来週の清掃会、老師と一緒にまた来るんやろ ? 」
「ええ。差し入れの飲み物とか何がいいっスか ?」
「ビールやな。あと、あれも欲しいわ。ワンカップ」
「飲んでもいいですけどポイ捨てだけはやめてくださいよ。また老師がキレますから」
「分かっとる分かっとる。地獄やったからなこないだ」

 町内会の会長と話を駄弁った後に別れ、龍人は何とも言えない孤独感と不安に苛まれる。今の喋り方で問題なかったのだろうか、もしかしたらすごい失礼な態度だったのではないだろうか。だいぶ慣れてきたとはいえ他者との会話をした後はよくそのような反省会で脳が埋め尽くされる。なるべく周囲と関係を持たずに生きてきたせいか、損得勘定抜きでトークをするというのがどうも苦手だった。

 しかし気が付けば贅沢な悩みを持つようになってしまったのかもしれない。龍人は自分が抱えていたコンプレックスを鑑みた直後、その間抜けさを鼻で笑った。以前とは違う。誰の目を気にする必要も無く、寝床があり、食事があり、何より自由がある。月一万円支給という小遣い制ではあるが好きな物も買える。一気に上級国民にでもなったような気分だった。

「緊急連絡、上空に亜空穴の発生を確認。廃棄物及び漂流物の落下が予想されます。廃棄場付近にいる町民の皆様は避難を――」

 付近の拡声器から不愛想な声が聞こえた。聞き流して通り過ぎる者もいれば、いかにも明日の食事にすら困っているというようなみすぼらしい格好をした者達は狂喜して廃棄場へ走って行く。街の状況を知らされて以降、憐れむと同時に彼らの姿に懐かしさを覚えていた。老師によると仁豪町における情勢とは次のとおりである。

 仁豪町は全世界におけるあの世とこの世の狭間…つまり三途の川のど真ん中に位置する孤島を魔改造した事で生まれた存在らしい。元は現世に未練があっても行くための手段が無い者達をひとまず隔離しておくための土地という扱いだったが、時代が経つにつれて快適な居住が出来ると評判が立った結果、霊のみではなく様々な妖怪や生物が住むようになった。

 最大の要因は上空で発生する”亜空穴”である。全世界における狭間、最初にそう聞いた時は地球の事かと思ったがどうもそうではない。太陽系のみならず多様な次元や膨大な種類の宇宙を含めた物らしい。それらからスクラップや生物の死体が亜空穴から流れ着き、金に出来そうだという理由で浮浪者達は一攫千金を狙うのだ。

 幼いころから自分を狙い、刑務所でも襲い掛かって来た怪物…”暗逢者”と呼ばれる連中もその亜空穴からやって来たと言われているらしい。詳細は不明だが、老師は「人為的に作られた存在である可能性が高い」と言っていた。だが意思疎通を行える個体は滅多におらずまともに情報収集が進んでいないのが現実である。

「おい、聞いたか ? こないだ馬鹿な生配信者が調子に乗って繁華街に突撃したら、不良にやられて病院送りにされたって話…」
「招良河地区にある蓮亜街の話だろ ? ”苦羅雲くらうん”の縄張りだってのに…馬鹿な奴だよ。元から嫌いだったからざまあみろって感じだが。とにかく他所の地区に行くもんじゃねえな。治安悪いし、どこで因縁付けられるか分かったもんじゃない」
「でもよ…蓮亜街で食える中華って滅茶苦茶美味いって聞くぜ ? 一生病みつきになるって」
「……それ何か変なモン入れてんじゃねえのか ?」

 昼間から飲んだくれてる酔っ払いたちの駄弁りが耳に入った。治安維持という名目もあって自警団が各地にあるお陰か、それらのような外来の脅威からも身を守れるため仁豪町自体は比較的安全な地域ではある。だがそのせいで別の問題が発生していたのだ。

 多種多様な住民がいるせいで一枚岩の組織編制などが出来るわけもなく、結果として仁豪町は三つの区画に別れ、同時にそれらを仕切る三つの派閥による睨み合いと抗争が続いている状態らしい。自分と老師の住む”葦が丘地区”はまだ貧富の格差も少なく、他二つに比べて治安もマシだと聞いた時には身震いしたのを龍人は覚えている。

「招良河地区に苦羅雲か…絶対関わんないようにしとこ」

 龍人は単語を必死に記憶し、なるべく危険を避けられるように準備を心がける。問題を起こして佐那に見切られるようなことがあればまた昔の生活に逆戻りである。せっかく手にした人並みの生活を送るチャンス、それを無駄にはしたくなかった。その決意の後、ようやく到着した少し古びた商店へと入っていく。

 一体何年前の物か分からない旧式の自動ドアが音を立てて開くと、統一感の無い国際色豊かな食材がギッシリと棚やショーウインドウに詰められている店内が待ち構えていた。奥のレジでは大人びた雰囲気を纏った黒髪の女性が葉巻を吸い、その目の前のレジカウンターで頭を下げている幽霊がいた。白髪が多めであり、身長はそこそこあるがあまりガタイは良くない。

「お願いです女将さん ! 聞けばこの店、老師様の行きつけなんでしょ ? どうにか紹介して会わせてもらえませんか ? あの人じゃないとどうにも出来なさそうで――」
「だから…住所教えてあげるから直接会えって言ってるでしょ。買い物をする気ないんなら帰って頂戴」

 男の幽霊は必死に頼み込んでいるが、どうも面倒くさいのか女将は葉巻の煙を吹きつけながら幽霊をあしらう。女郎蜘蛛という妖怪との事らしく、巨大な蜘蛛の下半身を持ち、後ろの壁には自分で生成した蜘蛛の巣が大量に作ってある。そこに自分が食べるつもりの軽食やメモなどを張り付けていた。

「いや~、でも幽霊って仁豪町じゃ割とカースト低いでしょ? それに私の職業的にあんまりいい顔しなさそうだし…でも知り合いの紹介とかならきっと…」
「そういう選り好みしない人だから駆け込み寺扱いなの。ああでも最近出張で留守にするって言ってたかしら…あら龍ちゃん、いらっしゃい」

 ごちゃごちゃ言ってないでさっさと帰って欲しいと願っていた矢先、龍人の姿が目に入った女将はすぐに笑顔を見せて手を振った。

「か、彼は ?」

 幽霊が尋ねた。

「噂をすればってやつ。最近出来た老師様のお弟子さん…後は勝手にどうぞ」

 女将はくすくす笑って幽霊に告げると、彼は顔を明るくしてこちらへ近づいてくる。龍人はすぐに面倒事を丸投げされたのだと気づいた。
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