ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
7 / 112
壱ノ章:災いを継ぐ者

第7話 触らぬ神に祟りなし

しおりを挟む
 昼時にもなっていない午前、街は少し寂しさが漂っていた。暇そうな年寄りの妖怪たちが談笑し、輝きを失った景観の上空は灰色で染まっている。ちらほらとゴミが転がっている街に風が吹くたびに缶や雑誌の切れ端が動き、乾いた音を立てた。賑やかな姿を見るのは夜までお預けという事か。龍人はそう思いながら散策を続けた。

「おお、老師んとこのぼんやな !  元気しとん ?」

 一匹のしわくちゃな小鬼が持っていた杖を振って叫んでいた。この辺りの町内会の会長である。住んでいる地域で毎月行われる清掃イベントに老師と駆り出された際に知り合ったのだ。

「どうも~」

 龍人も気さくに手を振り返す。

「来週の清掃会、老師と一緒にまた来るんやろ ? 」
「ええ。差し入れの飲み物とか何がいいっスか ?」
「ビールやな。あと、あれも欲しいわ。ワンカップ」
「飲んでもいいですけどポイ捨てだけはやめてくださいよ。また老師がキレますから」
「分かっとる分かっとる。地獄やったからなこないだ」

 町内会の会長と話を駄弁った後に別れ、龍人は何とも言えない孤独感と不安に苛まれる。今の喋り方で問題なかったのだろうか、もしかしたらすごい失礼な態度だったのではないだろうか。だいぶ慣れてきたとはいえ他者との会話をした後はよくそのような反省会で脳が埋め尽くされる。なるべく周囲と関係を持たずに生きてきたせいか、損得勘定抜きでトークをするというのがどうも苦手だった。

 しかし気が付けば贅沢な悩みを持つようになってしまったのかもしれない。龍人は自分が抱えていたコンプレックスを鑑みた直後、その間抜けさを鼻で笑った。以前とは違う。誰の目を気にする必要も無く、寝床があり、食事があり、何より自由がある。月一万円支給という小遣い制ではあるが好きな物も買える。一気に上級国民にでもなったような気分だった。

「緊急連絡、上空に亜空穴の発生を確認。廃棄物及び漂流物の落下が予想されます。廃棄場付近にいる町民の皆様は避難を――」

 付近の拡声器から不愛想な声が聞こえた。聞き流して通り過ぎる者もいれば、いかにも明日の食事にすら困っているというようなみすぼらしい格好をした者達は狂喜して廃棄場へ走って行く。街の状況を知らされて以降、憐れむと同時に彼らの姿に懐かしさを覚えていた。老師によると仁豪町における情勢とは次のとおりである。

 仁豪町は全世界におけるあの世とこの世の狭間…つまり三途の川のど真ん中に位置する孤島を魔改造した事で生まれた存在らしい。元は現世に未練があっても行くための手段が無い者達をひとまず隔離しておくための土地という扱いだったが、時代が経つにつれて快適な居住が出来ると評判が立った結果、霊のみではなく様々な妖怪や生物が住むようになった。

 最大の要因は上空で発生する”亜空穴”である。全世界における狭間、最初にそう聞いた時は地球の事かと思ったがどうもそうではない。太陽系のみならず多様な次元や膨大な種類の宇宙を含めた物らしい。それらからスクラップや生物の死体が亜空穴から流れ着き、金に出来そうだという理由で浮浪者達は一攫千金を狙うのだ。

 幼いころから自分を狙い、刑務所でも襲い掛かって来た怪物…”暗逢者”と呼ばれる連中もその亜空穴からやって来たと言われているらしい。詳細は不明だが、老師は「人為的に作られた存在である可能性が高い」と言っていた。だが意思疎通を行える個体は滅多におらずまともに情報収集が進んでいないのが現実である。

「おい、聞いたか ? こないだ馬鹿な生配信者が調子に乗って繁華街に突撃したら、不良にやられて病院送りにされたって話…」
「招良河地区にある蓮亜街の話だろ ? ”苦羅雲くらうん”の縄張りだってのに…馬鹿な奴だよ。元から嫌いだったからざまあみろって感じだが。とにかく他所の地区に行くもんじゃねえな。治安悪いし、どこで因縁付けられるか分かったもんじゃない」
「でもよ…蓮亜街で食える中華って滅茶苦茶美味いって聞くぜ ? 一生病みつきになるって」
「……それ何か変なモン入れてんじゃねえのか ?」

 昼間から飲んだくれてる酔っ払いたちの駄弁りが耳に入った。治安維持という名目もあって自警団が各地にあるお陰か、それらのような外来の脅威からも身を守れるため仁豪町自体は比較的安全な地域ではある。だがそのせいで別の問題が発生していたのだ。

 多種多様な住民がいるせいで一枚岩の組織編制などが出来るわけもなく、結果として仁豪町は三つの区画に別れ、同時にそれらを仕切る三つの派閥による睨み合いと抗争が続いている状態らしい。自分と老師の住む”葦が丘地区”はまだ貧富の格差も少なく、他二つに比べて治安もマシだと聞いた時には身震いしたのを龍人は覚えている。

「招良河地区に苦羅雲か…絶対関わんないようにしとこ」

 龍人は単語を必死に記憶し、なるべく危険を避けられるように準備を心がける。問題を起こして佐那に見切られるようなことがあればまた昔の生活に逆戻りである。せっかく手にした人並みの生活を送るチャンス、それを無駄にはしたくなかった。その決意の後、ようやく到着した少し古びた商店へと入っていく。

 一体何年前の物か分からない旧式の自動ドアが音を立てて開くと、統一感の無い国際色豊かな食材がギッシリと棚やショーウインドウに詰められている店内が待ち構えていた。奥のレジでは大人びた雰囲気を纏った黒髪の女性が葉巻を吸い、その目の前のレジカウンターで頭を下げている幽霊がいた。白髪が多めであり、身長はそこそこあるがあまりガタイは良くない。

「お願いです女将さん ! 聞けばこの店、老師様の行きつけなんでしょ ? どうにか紹介して会わせてもらえませんか ? あの人じゃないとどうにも出来なさそうで――」
「だから…住所教えてあげるから直接会えって言ってるでしょ。買い物をする気ないんなら帰って頂戴」

 男の幽霊は必死に頼み込んでいるが、どうも面倒くさいのか女将は葉巻の煙を吹きつけながら幽霊をあしらう。女郎蜘蛛という妖怪との事らしく、巨大な蜘蛛の下半身を持ち、後ろの壁には自分で生成した蜘蛛の巣が大量に作ってある。そこに自分が食べるつもりの軽食やメモなどを張り付けていた。

「いや~、でも幽霊って仁豪町じゃ割とカースト低いでしょ? それに私の職業的にあんまりいい顔しなさそうだし…でも知り合いの紹介とかならきっと…」
「そういう選り好みしない人だから駆け込み寺扱いなの。ああでも最近出張で留守にするって言ってたかしら…あら龍ちゃん、いらっしゃい」

 ごちゃごちゃ言ってないでさっさと帰って欲しいと願っていた矢先、龍人の姿が目に入った女将はすぐに笑顔を見せて手を振った。

「か、彼は ?」

 幽霊が尋ねた。

「噂をすればってやつ。最近出来た老師様のお弟子さん…後は勝手にどうぞ」

 女将はくすくす笑って幽霊に告げると、彼は顔を明るくしてこちらへ近づいてくる。龍人はすぐに面倒事を丸投げされたのだと気づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

処理中です...