霊と恋する四十九日

色部耀

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 各々のクラスの文化祭実行委員が自分のクラスへと帰っていく中、那由は資料を抱えて廊下に出た。宗祇は廊下の少し離れた位置で窓から中庭を眺めている。那由は廊下に出てすぐ、思い出したかのように振り返って教室の中を見ると、少し声を張り上げた。

「先生、資料室ってどこでしたっけ?」

 声をかけられた先生は那由のもとへと近づきながら胸ポケットの中に手を入れて鍵を出す。そして両手に抱えられた資料の上にそっと置くと颯爽と歩き去りながら言った。

「特別教棟の四階よ。それ鍵ね。運び終わったら職員室に返しに来てね」

 しばらくの間、立ち去る先生の後ろ姿を見ていた那由だったが、声の届かない距離まで行ったことを確認すると刺すような視線を宗祇に送った。先程まで中庭を眺めていた宗祇は、ちょうど先生がいなくなると共に那由の方へと顔を向ける。

「そんな顔しても俺は悪くないからな。ほら、さっさと持って行こう」

「あーあ。こういう時に俺が持つよとか言ってくれたらカッコいいのになー」

 一歩前を歩く宗祇について行く那由は口を尖らせながら冗談気味に呟いた。すっかり打ち解けた雰囲気を出す那由に、宗祇は和やかに笑いつつ答える。

「ははは、生きてたら持ってあげてもいいんだけどな」

「なんか……ごめん」

 死んでいることを指摘してしまったようで申し訳なくなったのか、那由はとっさに謝罪の言葉を口にして立ち止まる。しかし謝られた宗祇の方は全く気にしていない様子で否定するように慌てて手を振っていた。

「あーいやいや、そんなつもりで言ってないから。気にするなって。それより早く持って行こう」

 そう言ってまた歩きはじめる宗祇だったが、那由はそれを言葉で引き止めた。

「宗祇さんどこ行くん? 資料室あっちやない?」

 特別教棟に向かうには、今二人がいる校舎から伸びる二本の渡り廊下のどちらかを通ることになる。那由はその二本の渡り廊下の内の生徒会室から近い側の渡り廊下を通るものだと思っていたようだった。しかし宗祇はさも当然かのようにもう一つの通路を通るルートを示す。

「ああ、そっちは体育館側を通る道だろ? あんまり距離変わらないし、西側の渡り廊下を通る道で行こう。あそこから見える海が好きだったんだ」

「あー、確かに見えるね。海」

「それに、あそこは風が気持ちいいんだ」

 そう言いながら問答無用で先を歩く宗祇に追いつくように那由は小走りで近づく。そして隣に並ぶように追いつくと、宗祇の顔を覗き込んで話を伺った。

「ねえ、宗祇さんって海好きなん?」

「まあね。生まれも育ちもこの町だったから海での思い出が多いってのもあるかな。昔はそんなに興味もなかったんだけどね。在学中は絶対に通らなかった渡り廊下だよ」

「え? でもさっきそこから見える海が好きって……」

 那由は先程宗祇が言ったばかりの言葉との矛盾を突くようにそう呟く。すると宗祇は何かを誤魔化すように身振り手振りで説明をし始めた。

「その、好きになったのはもうちょっと後の話で、もうちょっと後っていうか卒業してからっていうか。まあ、とにかく高校卒業してから海が好きになったって感じ」

 那由は、ふーんと言いつつも怪しがる視線を送っていた。しかしそんな那由と視線を合わせようともしない宗祇の態度を見て諦めたのか、それ以上聞くようなことはしなかった。

 しばらく歩き、渡り廊下に出ると最近の蒸し返すような暑さとは打って変わって涼しい風が吹く。校庭に並ぶ楠の葉が風に吹かれて音をたてる。資料を重ねて両手で持っていた那由は、飛ばされないようにと顎で資料を抑えながら遠くに見える海を眺めていた。

「私初めてここに来たけど、宗祇さんはこういうのが好きなんやね」

「うん。海では……いろいろ思い出があったからね。遠くから眺めるだけでも少し記憶がよみがえるよ」

 那由と同じように海を眺める宗祇だったが、その目は那由とは違って過去を懐かしむ目をしていた。資料に顎を乗せたままの那由は視線だけを宗祇の方へ向けてその顔を確認すると、決心したかのようにはっきりとした声を出した。

「よし! 宗祇さんが好きなんやったら、時間がある時はここに来よう!」

「いいの? いや、やっぱり俺のためなんて悪いよ。こんな誰もいないところにわざわざ来るなんて。那由だってクラスで話したい人とかいるでしょ」

 那由の突然の申し出に一瞬目を輝かせた宗祇だったが、すぐさま話を断ろうとした。しかし那由は追い打ちをかけるかのように食い気味に答える。

「誰もいないってことは直接話しても怪しまれんよね?」

「まあ、確かに……」

 那由の勢いに押されるままに宗祇は俯く。そうして下を向いたまましばらく考えるように口元に手を当てていたが、納得するようにうんと小さな声で呟くと顔を上げて那由の目を真っ直ぐに見た。そして笑顔を浮かべると優しい声で言った。

「ありがとう那由」

「え? いや、別に宗祇さんのためとかそんなんやないし! いちいち携帯で話すのがめんどいだけやし!」

 顎で資料を抑えたまま頭を器用に振って照れ隠しをする那由だったが、その姿を見て宗祇はさらに嬉しそうに笑っていた。
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