霊と恋する四十九日

色部耀

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 担任と那由がいなくなった後の教室の休み時間は先程決まった文化祭の話で持ち切りだった。とは言えその内容は陰口のようにネガティブな内容が多い。つまらなさそうな企画だとか誰か自分の分まで写真を用意してくれだとか――。もちろんそんな話になると必然的に企画を立案した那由への批判が出てくる。

「自分から立候補しといて面白そうな出し物やる気がないなら何で立候補したん? やっぱ内申点目当て? 木田さんって成績微妙やし」

 誰かがそう言った瞬間、教室内で一気に那由への批判が加速しかけた。しかし――

「那由がほんとにそんな理由で実行委員長やっとると思っとんか!」

 クラスメイト全員が口を閉じるほどの威圧感を放った勝也が大声で叫ぶ。静まり返った教室で視線は前に立つ勝也に集中する。

「無責任にそんなこと言うなや。文句があるんやったら俺がなんぼでも聞くけん。やから……頼むから、協力してくれ」

 静まり返ったまま誰も口を開かず、誰も勝也と目を合わせない。

「トイレ行ってくる」

 張りつめた空気の中、勝也は自ら教室を出る。教室の外で話を聞いていた宗祇とすれ違ったがもちろん勝也は気付かない。

「やっぱり優しい子だな」

 宗祇はそう呟くと勝也とは逆方向、担任と那由が向かった生徒会室に向かって歩き始めた。


 宗祇が生徒会室に到着し、扉をすり抜けて入ると教室内にいた那由と目を合わせる。整然と並べられた多数の長机とパイプ椅子。その一番後ろに一人で座っている那由は宗祇に小さく手招きした。人目を気にすることなく那由の隣に座った宗祇に対し、那由は机の下で携帯電話に文字を打ちこんでいく。

『どこ行っとったん?』

「久しぶりの母校だから懐かしくて散歩してただけだよ」

 視線をそらしながら言う宗祇を半眼で睨み付ける那由は、どうにも信じていない様子だった。

『ふーん。てか、守護霊やのに私から離れていいん? 離れられるん?』

「近くで守ってあげられないけど、離れられないって訳じゃないよ」

『そうなんや。まあ、どっか行ったところで何かできるわけやないんやろ?』

「那由にしか見えないし、声も聞こえないからね」

 ふーんと小さい声で納得の声を漏らした那由は、何か思いついたといった風に口元を緩ませた。そして携帯電話をプリーツスカートのポケットにしまうと、空いた右手でおもむろに宗祇の脇腹をつつく。

「うぉぉぉいぃぃ!」

 那由の手の動きを視界に捉えた宗祇は、これでもかという程の驚きの声を上げて立ち上がった。もちろん実際に触れたわけではなく那由の右手は空を切っている。人の体をすり抜けるという怪奇現象を目の当たりにしているにもかかわらず宗祇のリアクションの方が面白かったのか、那由は口と腹を押さえて笑いを堪えていた。

「脇腹は弱いんだよ」

 笑いを堪え続ける那由に警戒した宗祇は椅子を一つ空けて座る。左手で口元を押さえたままの那由は右手で携帯電話を取り出すとまた文字を打ち出した。

『椅子には座れたけん、もしかして今なら触れるかと思ったんやけど無理やったね。それにしても変な声』

 文字を打ち終わっても那由はまだ笑いを堪えるのに必死だった。宗祇は指摘されて初めて気付いたのか、自分の座っている椅子に手を触れようとする。しかし、座るために触れている尻や背中とは違ってスカスカと通り抜けた。

「認識の問題……なのかな? 考えてみれば壁は通り抜けられるのに床とか階段は通り抜けることは無いし……深層心理が反映されてるのかもしれないな」

 口元に手を当てて考え込む宗祇。考えることに集中していたのか、手を伸ばして脇腹をつつく那由に気付かず何度目かで気付き慌てて飛び退く。顔を真っ赤にして那由を睨む宗祇だったが、その様子を見て当の本人は楽しそうに笑っている。しかし、遊んでいる那由とは関係なく打ち合わせは進み、進行をしていた女性教師が何度も那由を呼んでいた。

「木田さん。木田さん!」

「はい!」

 大声を上げられたところでやっと気が付いた那由はパイプ椅子を飛ばす勢いで立つと目を丸くして教師を見る。

「文化祭が楽しみなのは分かるけど、ちゃんと話は聞いてね。罰としてこれ、この後資料室にしまってきてちょうだい」

 そう言って女性教師が手を添えたのは高く積み上げられた過去数年分の文化祭冊子。重量感のある冊子の山を見て那由は小さくうめき声をあげつつ返事をする。

「は、はい……」

 肩を落として腰をおろす那由を見て周囲は小さく笑い声を上げていた。

「那由の守護霊としてひとこと言わせてもらうと」

「なに?」

 携帯電話で文字を打つのが面倒になり、小さな声で聞き返す那由に宗祇ははっきりと言い切った。

「今のは那由が悪い! 反省しなさい!」

「くっ……夜道で脇腹には注意しろよ……」

 宗祇にしか聞こえないほど小さな声でそう言った那由は、強くこぶしを握り締めていた。笑い合って人間らしい会話を交わし合ったせいか、那由から宗祇に対する不審な目はすっかり消えてしまっている。宗祇はそんな那由の自然なふるまいになった姿を見て安心しつつも、那由の視界に入る一歩前を歩くのだった。
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