7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
14 / 202
第一章〈幼なじみ主従〉編

1.12 百年戦争とフランス王(1)

しおりを挟む
 私と従者のジャンはいとこ同士! いわれてみれば、確かに似ているかもしれない。白い柔肌、成長期前の華奢な体型、何の変哲もない茶色い瞳、ぱさついた地味な金髪、おそろいの暗褐色の僧服——

「比べると結構違いますよ」
「そうかなぁ」
「だってほら。俺の方が背が高い」
「ジャンは髪が跳ねてるからそう見えるんだよ」

 私は手を伸ばして、ジャンの元気な髪を撫で付けた。
 前髪は眉の上で切りそろえ、側頭部の長さは耳の辺りまで、後頭部は刈り上げている。読者諸氏にわかりやすく例えると、頭頂部を剃っていないだ。ツーブロックと言い換えてもいい。
 同じヘアスタイルに整えているはずだが、ジャンはよく動き回るせいか、毛先が飛び跳ねていて躍動感があった。

「目の色も同じ……」
「うーん、ちょっと違う……?」

 貴重な鏡の前で、目の上下の皮膚を引っ張り、お互いの目玉を見せ合う。
 二人ともよくある茶色い瞳だが、私の瞳は光の加減次第では緑がかって見えた。緑の瞳は、もっとも魅力的な目の色だと称賛される一方で、魔性を宿した誘惑者の瞳だとされ、厳格な聖職者から忌み嫌われることもある。

 私たちは成長するにつれて、初歩的な教養・語学・礼節などの授業を受けるようになった。王立修道院に在籍する聖職者は、有力貴族の血を引く庶子や隠し子など「訳ありの子弟」が多く、みな教養に長けていた。
 ある日、歴史の授業が終わるとジャンがふて腐れたように毒づいた。

「俺はフィリップ四世を恨みます」

 私たちは物心がつく前から、王立修道院に留め置かれている。
 私は父王シャルル六世の10人目の子にして五男。
 ジャンは王弟オルレアン公の庶子だ。
 私たちはいとこで、お互いにワケありの境遇だった。
 そして、どこへ行くのも何をするのもいつも一緒だった。

 我が国の歴史とは、私たちの祖先——つまり歴代フランス王たちの物語だ。
 フィリップ四世の時代は、私たちが生まれる100年くらい前になるだろうか。
 自国の王を「恨む」とは穏やかではない。

「先生たちに聞かれたら怒られちゃうよ」
「もちろん秘密です! こんなこと、王子ルプランスにしか言えないですよ」

 ジャンは口の前に人差し指を立てると、悪そうな顔つきを浮かべながら「くれぐれもご内密に」と言った。
 まるで宮廷の陰謀劇のようで、私はぷっと吹き出してしまった。
 ジャンの夢は騎士シュバリエになることで、大人たちに隠れて秘密の修行を続けている。
 私たちの間には、二人だけの秘密がいくつもあった。

「あーあ。フィリップ四世が神殿騎士団を解体しなければ、修道院にいたままでも堂々と騎士になる修行ができたのになぁ」

 ジャンは恨めしそうにため息をついた。

「ジャンの気持ちは分からなくないけど、私たちのご先祖さまを悪く言うのはあまり良くないと思うな」
「俺たちの祖先ではないですよ」
「ヴァロワ王朝の初代でしょ」
「それはフィリップ六世です。神殿騎士団を解体してなくしたのはフィリップ四世ですよ」

 私はさまざまな本を読んでいるわりに、意外と物覚えが悪かった。
 おそらく、どこかで小耳に挟んだいろいろな物語を頭の中でごちゃまぜに記憶しているのだろう。

「さては王子、授業中に目を開けながら寝てたでしょう!」
「えぇっ、寝てないよ! ほら、なんていうか、同じ名前が多いから紛らわしいというか勘違いしたというか……」
「あやしい!」
「えっと、美男王ル・ベルと呼ばれたのはどっちのフィリップさまだっけ?」

 ジャンが呆れたように答えた。

「フィリップ四世です」

 ああ、ややこしい!
 しかも、フィリップ王やシャルル王はまだマシで、ルイという名のフランス王は10人を超えるややこしさである。

「残念ですが、俺たち共通のご先祖さまはイケメンではなかったと思いますよ」

 ジャンは王弟の庶子である。
 これでも一応は王族の血筋を引いているのだが、王侯貴族のありようには冷ややかだった。
 王族として君臨するよりも騎士がいいらしい。



 ***



 フィリップ四世は、カペー王朝。
 フィリップ六世は、ヴァロワ王朝。

 二つ名のとおり、顔が整っていた美男王フィリップ四世が没して14年後。
 フランス王国のカペー王朝が断絶したため、ヴァロワ王朝に移り変わった。

 初代国王が、幸運王ル・フォチュンフィリップ六世。
 第二代国王が、善良王ル・ボンジャン二世。
 第三代国王が、賢明王ル・サージュシャルル五世。私とジャンの祖父だ。
 第四代国王が、狂人王ル・フーシャルル六世。私の父である。ひどい二つ名だが擁護できない。

 この物語を読んでいる読者諸氏が「英仏百年戦争」と呼ぶ長い戦争は、カペー王朝が断絶したことが発端だった。
 フランス王国には、古来より王位継承について定めたサリカ法という決めごとがある。


====================
・王位継承権は男子のみ。
・直系男子が途絶えた場合、男系血統の一族が王位を継承する。
====================


 法にしたがい、フランス王国の聖職者と貴族たちは満場一致でヴァロワ王朝を認めた。
 ところが、隣国のイングランド王が異議を唱えた。

「カペー王朝の遠縁にあたるヴァロワ家よりも、イングランド王家の方がフランス王位にふさわしい」

 イングランド王の母親は、美男王フィリップ四世の娘だった。
 女子・女系相続を認める王国もあるが、フランス王国ではサリカ法を根拠に女系相続を認めていない。
 イングランド王は女系血統だから王位継承権はない。
 主張は退けられた。

「よろしい、ならば戦争だ!」

 イングランドが宣戦布告し、英仏・百年戦争が勃発した。

 決して身内びいきをするつもりはないが、英仏間の百年戦争において、フランス王国ヴァロワ王朝はこれっぽっちも悪くない。
 百年もの間、イングランドは休戦を挟みながらフランス王位を請求し続けた。

 読者諸氏がお住まいの極東の島国で例えるなら、明治帝が即位するときに近隣国からいちゃもんをつけられて、五代目——明治、大正、昭和、平成、今上帝になっても問題視されているようなものだ。

 時代背景が違うとはいえ、イングランドの執念深さには恐れ入る。
 おかげで私の人生は予測不可能な災難が何度も降りかかるのだが、この物語の山場はだいぶ先の話になる。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲
歴史・時代
 ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。  その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。  そして、昭和一六年一二月八日。  日本は米英蘭に対して宣戦を布告。  未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。  多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...