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第八章〈殺人者シャルル〉編
8.14 黒衣の使者(1)
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幼なじみでいとこのジャンは、幼少期に母と死別した。
亡き母が遺した紙切れを手がかりに、実父の王弟オルレアン公に会いに行くと、その父も死んでいた。政敵のブルゴーニュ無怖公に殺されていた。
ジャンは、亡き父の正妻オルレアン公夫人に対面した。
黒衣の貴婦人は、夫の不義の子であるジャンを保護して修道院に預けると、翌年、失意のうちに亡くなったらしい。
「オルレアン公の居城、ブロワ城にございます」
馬車越しに、護衛隊長のシャステルが次の訪問先を告げた。
王太子の馬車列はラ・ロシェル視察を終えると、再びロワール渓谷をさかのぼり、流域の中ほどにあるオルレアン領を訪れた。
「ここが、ジャンとシャルル・ドルレアンの本拠地か……」
現在のオルレアン公は、ジャンの異母兄シャルル・ドルレアンだ。
狂人王シャルル六世の甥で、私のいとこでもある。
アジャンクールの戦いで敗北してイングランドに捕らわれ、長らくロンドン塔に幽閉中の身だ。
オルレアンは領主不在のまま、すでに三年が経とうとしている。
「ようこそおいでくださいました」
「出迎え、大儀である」
幼少期のジャンと同じように、いや、おそらくジャンよりもはるかに丁重に、私は黒衣のオルレアン公夫人から出迎えを受けた。
彼女はシャルル・ドルレアンの妻、すなわち、現在のオルレアン公夫人だ。
近年、夫の代わりに、領主代理としてオルレアン領を統治している。
名をボンヌ・ダルマニャックという。
うら若き25歳の貴婦人だが、父親によく似た理知的な灰色の瞳をしていた。
(この人がアルマニャック伯の娘……)
定型文の挨拶を交わしながら、私は不思議な感覚を覚えた。
ボンヌとは初対面なのに、とても懐かしくて、それでいて泣きたくなるような。
「心からのお悔やみを申し上げる。短い間だったが、貴女の父君アルマニャック伯にはずいぶんと世話になった」
「恐れ入ります。亡き父も、神の御元で喜んでいることでしょう」
ボンヌは、亡き父の服喪のために黒衣をまとっていた。
一方の私は、決して派手ではないが、アンジュー公ゆかりの衣服を着ていた。
(私は、パリから逃げたんだ……)
犠牲者遺族の悲しみに共感しながら、後ろめたさも感じていた。
私はボンヌの顔を正視することができず、ずっと伏し目がちだったが、冷淡だと思われたくなくて、ぼそぼそと言葉を続けた。
「アルマニャック伯だけじゃない。オルレアン公も、ジャンも……」
「あぁ、王太子殿下と義弟は幼なじみでしたね」
オルレアン公の一族は、みんな王家の犠牲者となった。
始まりは、王弟オルレアン公の暗殺だった。
後継者のシャルル・ドルレアンは、亡き王太子ルイの代理としてアジャンクールに参戦して捕らわれた。
デュノワ伯ジャンは私の身代わりとなってパリに残り、ずっと行方不明だ。
「誰もいなくなってしまった」
落ち込むと、思い出す言葉がある。
アルマニャック伯は、初めて会ったときに、「顔をあげてください。そうでなければ、私どもはさらに頭を垂れなければなりません」と言って腰を曲げ、私の顔を覗き込んでいた。
私は心を奮い立たせると、重い頭を持ち上げて、ボンヌを見据えた。
「貴女に恨まれても仕方がないと思っている」
「まぁ殿下、何をおっしゃいますの。父と義父を殺したのはブルゴーニュ公です。夫を連れ去ったのはイングランド王ヘンリー五世。無怖公とヘンリーを憎みこそすれ、王太子殿下をお恨みする理由はひとつもございません」
私は王太子だ。
次期国王だが、狂気の父に代わってすでに最高権力者という立場だ。
強くあらねばならないのに、いつも臣下に守られ、今もまた犠牲者の遺族に慰められている。
「……ああ、そうだね」
うなずくのが精いっぱいだった。
私は責められたいのだろうか。それとも、慰めが欲しいのだろうか。
***
重い空気を破ったのは、はしゃぐような子供の声だった。
「お母様、コルネイユが来たわ!」
乱入者は、マリー・ダンジューの弟ルネと同じ年頃の少女だった。
ルネはそろそろ9歳になる。私とマリーが初めて出会ったときの年齢だ。
「ジャンヌ、王太子殿下の御前ですよ」
「えっ、うそ……!」
ジャンヌと呼ばれた少女は、私とボンヌと、王太子を取り巻く臣下たちを認めると、驚いたように立ち尽くした。
「コルネイユ?」
飛び入りの客人か、または使者の名前だろうか。
ダブルブッキングは非礼とされるが、このようなご時世だ。
急使の来訪はよくあることだった。
誰かが「王太子に失礼を働いた」という理由で叱られるのは好きではない。
この少女が叱責される前に、私みずから取りなしをしようと思ったが、少女は誰よりも早く声をあげた。
「……パパなの?」
少女はそう言って、怪訝そうに私を見つめた。
私は絶句した。まだ15歳で未婚の王太子なのにパパになれる訳がない。
いくらなんでも無理がありすぎる。
だが、この場にいる者たち——シャステルやマリーまでもが「パパ」と呼ばれた私に視線を注いだ。
違う、私はパパじゃない!
亡き母が遺した紙切れを手がかりに、実父の王弟オルレアン公に会いに行くと、その父も死んでいた。政敵のブルゴーニュ無怖公に殺されていた。
ジャンは、亡き父の正妻オルレアン公夫人に対面した。
黒衣の貴婦人は、夫の不義の子であるジャンを保護して修道院に預けると、翌年、失意のうちに亡くなったらしい。
「オルレアン公の居城、ブロワ城にございます」
馬車越しに、護衛隊長のシャステルが次の訪問先を告げた。
王太子の馬車列はラ・ロシェル視察を終えると、再びロワール渓谷をさかのぼり、流域の中ほどにあるオルレアン領を訪れた。
「ここが、ジャンとシャルル・ドルレアンの本拠地か……」
現在のオルレアン公は、ジャンの異母兄シャルル・ドルレアンだ。
狂人王シャルル六世の甥で、私のいとこでもある。
アジャンクールの戦いで敗北してイングランドに捕らわれ、長らくロンドン塔に幽閉中の身だ。
オルレアンは領主不在のまま、すでに三年が経とうとしている。
「ようこそおいでくださいました」
「出迎え、大儀である」
幼少期のジャンと同じように、いや、おそらくジャンよりもはるかに丁重に、私は黒衣のオルレアン公夫人から出迎えを受けた。
彼女はシャルル・ドルレアンの妻、すなわち、現在のオルレアン公夫人だ。
近年、夫の代わりに、領主代理としてオルレアン領を統治している。
名をボンヌ・ダルマニャックという。
うら若き25歳の貴婦人だが、父親によく似た理知的な灰色の瞳をしていた。
(この人がアルマニャック伯の娘……)
定型文の挨拶を交わしながら、私は不思議な感覚を覚えた。
ボンヌとは初対面なのに、とても懐かしくて、それでいて泣きたくなるような。
「心からのお悔やみを申し上げる。短い間だったが、貴女の父君アルマニャック伯にはずいぶんと世話になった」
「恐れ入ります。亡き父も、神の御元で喜んでいることでしょう」
ボンヌは、亡き父の服喪のために黒衣をまとっていた。
一方の私は、決して派手ではないが、アンジュー公ゆかりの衣服を着ていた。
(私は、パリから逃げたんだ……)
犠牲者遺族の悲しみに共感しながら、後ろめたさも感じていた。
私はボンヌの顔を正視することができず、ずっと伏し目がちだったが、冷淡だと思われたくなくて、ぼそぼそと言葉を続けた。
「アルマニャック伯だけじゃない。オルレアン公も、ジャンも……」
「あぁ、王太子殿下と義弟は幼なじみでしたね」
オルレアン公の一族は、みんな王家の犠牲者となった。
始まりは、王弟オルレアン公の暗殺だった。
後継者のシャルル・ドルレアンは、亡き王太子ルイの代理としてアジャンクールに参戦して捕らわれた。
デュノワ伯ジャンは私の身代わりとなってパリに残り、ずっと行方不明だ。
「誰もいなくなってしまった」
落ち込むと、思い出す言葉がある。
アルマニャック伯は、初めて会ったときに、「顔をあげてください。そうでなければ、私どもはさらに頭を垂れなければなりません」と言って腰を曲げ、私の顔を覗き込んでいた。
私は心を奮い立たせると、重い頭を持ち上げて、ボンヌを見据えた。
「貴女に恨まれても仕方がないと思っている」
「まぁ殿下、何をおっしゃいますの。父と義父を殺したのはブルゴーニュ公です。夫を連れ去ったのはイングランド王ヘンリー五世。無怖公とヘンリーを憎みこそすれ、王太子殿下をお恨みする理由はひとつもございません」
私は王太子だ。
次期国王だが、狂気の父に代わってすでに最高権力者という立場だ。
強くあらねばならないのに、いつも臣下に守られ、今もまた犠牲者の遺族に慰められている。
「……ああ、そうだね」
うなずくのが精いっぱいだった。
私は責められたいのだろうか。それとも、慰めが欲しいのだろうか。
***
重い空気を破ったのは、はしゃぐような子供の声だった。
「お母様、コルネイユが来たわ!」
乱入者は、マリー・ダンジューの弟ルネと同じ年頃の少女だった。
ルネはそろそろ9歳になる。私とマリーが初めて出会ったときの年齢だ。
「ジャンヌ、王太子殿下の御前ですよ」
「えっ、うそ……!」
ジャンヌと呼ばれた少女は、私とボンヌと、王太子を取り巻く臣下たちを認めると、驚いたように立ち尽くした。
「コルネイユ?」
飛び入りの客人か、または使者の名前だろうか。
ダブルブッキングは非礼とされるが、このようなご時世だ。
急使の来訪はよくあることだった。
誰かが「王太子に失礼を働いた」という理由で叱られるのは好きではない。
この少女が叱責される前に、私みずから取りなしをしようと思ったが、少女は誰よりも早く声をあげた。
「……パパなの?」
少女はそう言って、怪訝そうに私を見つめた。
私は絶句した。まだ15歳で未婚の王太子なのにパパになれる訳がない。
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だが、この場にいる者たち——シャステルやマリーまでもが「パパ」と呼ばれた私に視線を注いだ。
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