7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
132 / 202
第八章〈殺人者シャルル〉編

8.15 黒衣の使者(2)

しおりを挟む
 使者コルネイユに会うため、私たちは中庭へ向かった。

「私はパパに似ているかい?」

 少女の名はジャンヌ・ドルレアン。
 従兄シャルル・ドルレアンの一人娘だ。

「ジャンヌ、この方は王太子様です。ご無礼があってはなりませんよ」
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫、ぜんぜん無礼じゃないよ」

 ボンヌ・ダルマニャックとの対面は、嫌でも亡き宰相を思い出してしまう。
 気詰まりだったから、無邪気な少女の乱入は正直ありがたかった。

「パパに少しだけ」
「そうか」
「パパの方がハンサムかも」
「そうかー」

 三年前、シャルル・ドルレアンはアジャンクールの戦いで敗戦の将となり、イングランドに捕らわれた。
 それ以来、父娘は離ればなれになった。
 父は21歳、娘は6歳だった。

「主人よりも……」

 ボンヌは娘の発言に振り回されている様子だったが、この場の雰囲気はだいぶ和らいだ。

「殿下は、この子の母君に似ていらっしゃる」

 ボンヌの発言を受けて、ジャンヌがまたこちらを凝視している。
 言われてみて、私も「あぁ、そういえば」と思い出した。

 ジャンヌの生母は、私の長姉イザベル王女だ。
 英仏の休戦の証として、7歳でイングランド王リチャード二世に嫁ぎ、クーデターで王が死ぬと、10歳で未亡人となって帰国。その後、シャルル・ドルレアンと結婚して一人娘をもうけたが、出産してすぐに他界した。

(私は姉上に似ているのか? 会ったことがないからよく分からないな)

 シャルル・ドルレアンは、わずか二年の間に両親と妻を亡くした。
 15歳の若さで父となり、オルレアンの君主となり、手元には生まれたばかりのジャンヌだけが残された。

「ママのことは覚えてないわ。私のお母様はボンヌだけよ」

 ボンヌ・ダルマニャックはシャルル・ドルレアンの後妻で、ジャンヌの継母になる。
 ジャンヌは姉の子だから、私の姪でもあった。



 ***



 中庭には見覚えのある木箱と、侍従と狩人がいた。

「コルネイユ! 待ってたわ」

 木箱には、黒衣の使者が潜んでいた。
 狩人が、使者の足元にくくりつけられた紙片を慎重に取り外す。
 侍従はその紙片を受け取ると、ボンヌに差し出した。

「ご苦労様です。後のことは任せます」
「御意」

 コルネイユは人名だが、古語で「黒いカラス」を意味する。
 ボンヌが指示すると、狩人はカラスを連れて下がった。
 ジャンヌが、狩人の背中に向かって「食べ物とお水をたくさんあげてね」と付け足した。

 シャルル・ドルレアンのカラス通信は、パリの宮廷以外にも開通していたというわけだ。

「殿下のご来訪と、主人からの通信がかち合って良うございました」
「私が見ても構わない?」
「もちろんです」

 途中でカラスが落としてしまわないよう、小さな紙片2通にびっしりと文字が書かれていた。
 1通目はボンヌ・ダルマニャック宛ての手紙で、シャルル・ドルレアンが知り得た極秘情報が記されていた。もう1通は、ジャンヌ宛てだ。

「あぁ、愛しのパパ……」

 よほど待ちわびていたのか、ジャンヌは父の手紙に頬ずりしている。
 この物語を読んでいる読者諸氏の時代風にいうと、少々ファザコンの気質があるのかもしれない。だが、ジャンヌの気持ちはわからなくもない。
 私は、10歳の時に受け取った兄の手紙をずっと肌身離さず持ち歩いている。ブラコンと呼ばれても構わない。

「イングランドが……」

 ボンヌは手紙に目を通すと、険しい表情で「イングランドがブルゴーニュ領に攻撃を仕掛けたそうです」と告げた。

「えぇっ!」
「どうぞ、ご査収くださいませ」

 ボンヌは、シャルル・ドルレアンの手紙を差し出した。

「驚いたな。イングランドは、母とブルゴーニュ公の臨時政府を支持していたから、盟約を結んでいると思っていたのに」
「仲間割れでしょうか?」

 ボンヌとオルレアンの重臣、私とシャステルと侍従たちと話し合ったが、イングランドとブルゴーニュ公の関係はよく分からなかった。
 どれだけ考えても結局のところ、ただの憶測だ。

 わかっていることは、イングランドがブルゴーニュ領を攻撃したという事実。
 そして、そのおかげで、私は命拾いをしたということ。

 クーデターが起きて、王太子一行はパリを脱出し、ブルゴーニュ派がパリを掌握した。
 捕らわれたアルマニャック派の重臣は、厳しく処断されたと聞く。
 その一方で、パリ脱出に成功した者はみな無事だ。

(私とシャステル、ライル、ザントライユ。武器を持たないシャルティエまでもが……)

 今にして思えば、私たちの逃亡劇は、不思議なほど追跡者の存在を感じなかった。
 だが、無怖公ブルゴーニュ公がパリへ入城している隙に、手薄になったブルゴーニュ領が襲われたとなれば、納得がいく。
 おそらく、王太子の捕獲よりも自領防衛を優先したのだろう。
 不本意だが、私はイングランドに救われたと言える。



 ***



 突如、キャー!と甲高い悲鳴が響いた。
 びくりと振り返ってみると、ジャンヌが悶絶していた。
 悲鳴というより、黄色い声といったほうが正しいかもしれない。

「どうしたの?」
「パ、パパがぁ……」

 ジャンヌは真っ赤な顔で、しばらく逡巡すると、胸に抱きしめていた手紙を差し出した。

「読んでください。できれば声に出して」

 シャルル・ドルレアンが娘ジャンヌに宛てた手紙だ。
 ボンヌがたしなめようとしたが、私は制して、ジャンヌに向き合った。

「読んでもいいの?」
「……よろしくてよ」
「なぜ私に?」

 他人宛ての手紙を読むのは気がひける。
 それに、ジャンヌがいいと言っても、差出人のシャルル・ドルレアンは読まれるのを嫌がるかもしれない。

「読んでください! お願いします!」

 躊躇していると、ジャンヌは食い気味に「お願い」を言いながら手紙を押し付けてきた。

「王太子様の声はちょっとだけパパに……お父様に似ているの。だから!」
「ああ、なるほど」
「お願いします!」

 一応、ジャンヌの継母であるボンヌに許可を得て、私はシャルル・ドルレアンが愛娘に送った手紙を開いた。
 そこには、神への祈りのような詩がしたためられていた。

「じゃあ読むよ。神よ、素晴らしき娘を創造してくださったお方よ……」


====================
 上品でやさしくて美しい貴女ジャンヌへ。
 あまりにも素敵なひとだから、みんなが貴女を褒めている。
 貴女に飽きる人などいるのだろうか。
 貴女の魅力はますます増していくのだろう。
 はるかかなたの海の向こうにも、
 貴女ほどすてきな淑女や令嬢がいるとは聞いたことがない。
 すべてが完璧で、夢のように素晴らしい貴女だから!
 貴女について考えるだけでも夢ごこち。
====================


「神よ、素晴らしき貴女を創造してくださったお方よ……」

 読み終わって顔を上げると、ジャンヌはボンヌにすがりついて、またもや悶絶していた。

「お母様、大変! ジャンヌの耳が昇天してしまいます!!」
「あらあら、まあまあ……」

 詩の代読は気に入ってもらえたようだ。

「さあジャンヌ、王太子様にお願いごとを聞いていただいたのですから、淑女らしくお礼を申し上げないと」

 ボンヌに促されると、ジャンヌは顔を拭って立ち上がり、私の前まで来るとドレスの裾を引いて礼をした。
 賑やかな女の子だが、傍系王族の令嬢として教育が行き届いているようだ。

「美しい詩を読ませてくれてありがとう。ジャンヌ嬢は父君に愛されているね」
「はいっ!」

 私は侍従が掲げた盆に手紙を返し、シャルル・ドルレアンの手紙はジャンヌに返された。

「パパ、早く帰ってきたらいいのに」

 ジャンヌは手紙を抱きしめながら、ぽつりと「早く帰ってこないと、ジャンヌは淑女になってしまうわ」とつぶやいた。

 離れて暮らす親を思慕する気持ちは、私も痛いほどにわかる。
 手紙よりも、声や容姿が似ている誰かよりも、父娘本人を会わせてあげたい。
 きっと、この場にいた誰もがそう思っただろう。

 現実は残酷だ。

 のちに、シャルル・ドルレアンは愛娘ジャンヌの訃報を聞き、慟哭の詩を書き残している。
 離れ離れになった父娘は、二度と会うことはなかったのだ。


====================
 プレザンスが死んでしまったから
 5月だというのに私は黒衣をまとう
 こんなものを見るのはとても悲しい
 私の心がこれほどまでに沈んでいるのを

 私がこのような衣服を装っているのは
 その務めを果たさんがため
 プレザンスが死んでしまったから
 5月だというのに私は黒衣をまとう

 このような知らせをもたらした季節は
 もう華やかさを持つことはない
 涙雨がいたく降り注ぐから
 野を引き上げてその扉を閉ざす
 プレザンスが死んでしまったから
====================


 詩の中に出てくるプレザンスは「喜び」を意味する。
 1432年5月19日、ジャンヌ・ドルレアンはみずみずしい新緑の季節に息を引き取った。享年22歳。
 シャルル・ドルレアンにとって、愛娘はまさしく「喜び」そのものだったのだろう。
 ロンドン塔に幽閉された彼の心痛は計り知れない。






(※)今回の「シャルル・ドルレアンの詩」2篇は、実在する詩を参考にしています。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲
歴史・時代
 ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。  その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。  そして、昭和一六年一二月八日。  日本は米英蘭に対して宣戦を布告。  未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。  多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...