7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
156 / 202
第九章〈正義の目覚め〉編

9.13 王太子の面影(2)

しおりを挟む
 ブルターニュ公失踪について、王太子が関与しているという説がある。
 ジャンヌ・ダルクの火刑をはじめ、よくない出来事を「シャルル七世のせい」にしようとする風潮があるようだ。

 私は王太子時代に司祭の資格を取っているが、王は真の意味での「聖職者」にはなれない。王の義務を果たし、王国の秩序を守るために、時には、心を殺し、手を汚して、身内や友を切り捨てる場面もある。
 だが、この時期、ブルターニュ公を拉致監禁して私にどんなメリットがあるというのか。

「アルテュール、思い込みで犯人を決めつけてはいけない」
「兄上がそうおっしゃるならば、私は別に……」
「不服そうだな」

 このころのリッシュモンは、現実で誰に仕えていたとしても真の主君は「兄」であった。

「アルテュールは王太子殿下に会ったことがあるのだろう? どのような方だった?」
「思い出したくありません」
「なぜだ?」
「幻滅したからです」

 失踪中、何か心境の変化でもあったのか。
 復帰したブルターニュ公は、アンジュー公未亡人ヨランド・ダラゴンを通じて王太子と同盟を結ぼうと画策していた。

「王太子の中傷をよく聞くが、先日会ったアンジュー公妃は賢夫人だ。その彼女が贔屓にしている王太子がどんな人物か知りたくてね」

 ブルターニュ公は、弟の王太子評を聞きたがり、リッシュモンはしぶしぶ口をひらいた。

「貴族社会に慣れていない様子で、うかつな言動が少々。亡き王太子殿下……、兄君の手紙を読んで泣いていたのを覚えています」
「そうか。けなげだな」
「今はどうでしょう。陰険で粗暴で好色なバカ王子だとロンドンでも評判ですから」
「それで幻滅したのか」
「昔の印象は、純朴な可愛らしい王子です。成長して変わったのでしょう。あの宮廷なら無理もない」

 実際、私本人とじかに対面した人物はわずかだった。
 イングランド王とブルゴーニュ公と母妃イザボーは、王太子の実像が知られてないのをいいことに真偽の不確かな誹謗中傷を広めていた。

「噂は聞いているが、私は実像を知りたい。王太子本人とじかに対面した者は少ないのだ」
「私が会ったのは8年近く前です。兄上のお役に立てるかどうか」
「アルテュールが感じたことを教えて欲しい」
「そういえば、義姉上も王太子に会ったことがあるのでは?」
「14歳のときだ。王太子になったばかりで貴族社会に不慣れな様子だったとか」
「あまり変わってないな……」

 リッシュモンは呆れたが、ブルターニュ公はくつくつと笑いながら「10歳から14歳まで変わってないなら、18歳になった今もあまり変わってないかもしれないな」と予想し、リッシュモンは「次期国王がそれでは困ります」と言った。

「アルテュールは、王太子が次期フランス王になると考えているのか?」

 兄に突っ込まれると、リッシュモンは「仮定の話です」と付け加えた。

「パリに来たばかりの王太子殿下は……」

 ブルターニュ公は、公妃ジャンヌ王女から聞いた「14歳時点の王太子」情報を明かした。

「緊張しているのか食が細く、母妃と姉王女のいさかいを仲裁しようとしていたとか」
「そうでしたか」
「最後に見たときは、口から血を流して倒れていたそうだ」
「まさか、毒!?」
「詳細はわからない。王太子が軽傷だったこともあって秘密裏に処理されたようだな」

 アジャンクールに参戦する以前、リッシュモンは王太子付きの護衛をしていた。
 パリの宮廷で、リッシュモンはその出自からブルゴーニュ派だと考えられていたが、王太子はリッシュモンを重用して正騎士に叙任した。

「まったく、護衛は何をやっていたんだ。職務怠慢がひどすぎる」

 昔のことを思い出したのか、ぶつぶつと文句を言った。

「アルテュールが護衛をしていたら、王太子を守れたと思うか?」
「……私には関係ありません。イングランド王に臣従を誓ったのですから」
「仮定の話だよ」

 このとき、リッシュモンのまぶたに浮かんだのは「亡き王太子」だろうか。
 それとも、ありし日の「10歳のシャルル王子」だろうか。

「不遇な生い立ちの王子と出会って、慰めたことがある……。それだけのことです」

 幼いころに家族から引き離され、兄の手紙を心待ちにしていたのは、リッシュモンの幼少期にも重なる。

「泣いている子供は苦手です」
「そうだろうか? 今のアルテュールは、私が見たことないような優しい表情をしている」

 兄に指摘されて、リッシュモンは気まずそうに視線を逸らすと「子供を痛めつけるのはもっと苦手です」と付け加え、暗に「王太子と戦いたくない」ことをほのめかした。

「兄の私から見ても、アルテュール・ド・リッシュモン伯は清く正しい一流の騎士だ」
「光栄です」
「しかし、復讐すべき相手を間違えていたら、それは正義ではない。慎重に見極めなければな」
「……はい、肝に銘じます」

 リッシュモンはヘンリー五世に臣従したが、完全に自由の身になったわけではなかった。
 期間限定の釈放で、その間、リッシュモンの生母でもあるイングランド王太后が「異端の罪」で牢に繋がれていた。人質である。
 ヘンリーは、政略の具として「親子きょうだいの情」を最大限に利用した。

 釈放中のリッシュモンは、時間を惜しむようにブルターニュ各地をまわった。
 この時のリッシュモンは二十代後半だが、父を亡くして以来、ずいぶんと毛色の違う主君たちに仕えてきた。

 ブルゴーニュ豪胆公、無怖公。
 フランス王太子ルイ・ド・ギュイエンヌ公。
 そして、イングランド王ヘンリー五世。

 ロンドン塔に幽閉されている時も、そうでない時でも、思い通りの人生など望むべくもなかったはずだ。
 しかし、リッシュモンの半生は、比類なき軍事的知見として実を結びつつあった。
 近い将来、主力兵器が人力から火力へ変わるのを見越したかのように、城・都市の外周に火砲攻撃の防御に優れた堡塁を築いた。釈放期間が終わる頃には、ブルターニュ軍再編から軍事拠点の整備まであらかた済ませてしまった。


***


 リッシュモンはロンドン塔に戻らなかった。
 兄のブルターニュ公から預かったブルトン兵を率いて、イングランド王とブルゴーニュ公の連合軍に合流した。

「貴公の助言を聞いて、略奪を控えてみたのだがな」

 ヘンリー五世はリッシュモンの顔を見ると、嫌味たっぷりに「略奪も焼き討ちもない戦いは、塩も香辛料スパイスもないまずい料理と同じだ」と言い放った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲
歴史・時代
 ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。  その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。  そして、昭和一六年一二月八日。  日本は米英蘭に対して宣戦を布告。  未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。  多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...