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三章

19・愛用の剣を奪っていたぶる

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 サラとの手合わせ……決闘が開始して。
 こいつはいきなり俺の喉を剣で狙ってきた。
 おそらく、最初に喉を破壊して「ギブアップ」を言えなくする作戦だろう。
 小狡こずるいヤツだ。

 ただ問題だったのは、サラの動きがあまりにも遅かったことだ。
 だからサラが俺の前までやっと辿り着いた時、そのキレイな顔面を殴ってやった。

「うわあああああああああ!」

 サラが間抜けな声を上げながら、後方に吹っ飛ばされる。
 彼女の体は俺達を囲んでいる観客の手によって止められ、地面に這いつくばった。

「やっぱりお前弱いよ」

 俺は倒れている彼女まで近付いて、そう口にする。

「な、なんだ……これは……?」

 と言いながら、サラは剣に手を伸ばして即座に反撃しようとした。

 驚いた。
 鼻の骨とかが折れていて、激痛が走っているはずなのに反撃体勢を取れるとは。
 それは戦士としての本能、反射的な行動かもしれないな。

 だが、遅かったので今度は顔面を蹴った。

「うわあああああああああ!」

 ワンパターンの声を上げながら、再びサラは後方へ吹っ飛んだ。


「さあ。楽しい決闘のはじまりだ。こんなに観衆がいてくれて、お前本当によかったなあ」


 高ぶる気持ちを抑えられず、俺は開幕の合図を出した。

 そう——まだはじまったばかりだ。
 これからはじまる復讐に、胸が高ぶってきた。

「はあっ、はあっ……どうしてだ? 体が重い……剣が重い……」

 剣を杖にして、サラはよろよろと立ち上がった。

「サラ様……頑張れ!」
「どういうことだ? あの男、強い?」
「バカ。サラが手加減しているだけだよ。魔王をも倒した剛剣がパーティーの雑用係に負けるはずがない」

 観客はそんなサラを見て、心配しているようだ。
 もちろんであるが、この中に俺を応援してくれる者はいない。

 いや……。

「アルフ、頑張れ。アルフ、強い。その女、弱い」

 観客に紛れて、最前列でイーディスが応援の声を飛ばしてくれている。

「まあ……仮にイーディスがいなくても……誰からも応援されなくても、俺は復讐を遂行すいこうするけどな」

 そう呟きながら、サラに近付く。
 一歩踏み出すと、サラの体がビクッと動いた。
 ビビっているのか……それとも攻撃しようとしているのだろうか?

「お前、街の人達に結構人気あるんだな」

 それは今日だけで思ったことではない。
 サラがストローツに訪れるまでの三日間。街の中をぶらぶら歩いて思った感想だ。

 俺が挑発するようにして言うと、

「あ、当たり前だ! 私はこの街の誇——こ、この街で生まれたんだぞ? ぽっと出の貴様には分からないだろうがな」

 多分、こいつは自分で自分のことを『街の誇り』と言いかけたな。さすがにまずいと思ったのか、すぐに口の中に引っ込めたが。

 なるほど、面白い。
 ならばその応援の声を根こそぎなくしてやろうか。

「ご託は良い。戦いの続きをやろうか。お前から攻撃してきていいよ」
「な、舐めるな! はあああああああ!」

 サラが超至近距離で剣を振るった。
 それは俺の心臓を狙っており、一閃で殺すつもりだったんだろう。

 だが、遅すぎる。
 それこそ欠伸が出るくらいに。

 だから俺はカウンター気味に、サラの顔を殴ってあげた。

「ぐぼぁっ!」

 どこから出したんだ、っていうくらいの声を出して、再びサラが地面に背中を付ける。

「おいおい、本気出せよ」
「な、舐めるなぁ……」

 サラの顔は劣化のごとく怒っているが、立ち上がると完全に膝が笑っていた。

「お前弱いなあ」
「舐めるな舐めるな舐めるな舐めるな舐めるな!」

 俺の拳を二発、蹴りを一発叩きつけているし、なんならその前に小石を飛ばしている。
 頭の中がグラグラになっていて、サラは体を自由に動かせないだろう。
 しかし彼女のプライドがそうさせたのか、無理矢理動かし愚直に向かってくる。

「私は強いんだあああああああ!」
「はいはい」

 彼女が容赦なく持っていた剣を俺に振り下ろす。
 殺意が込められている。
 完全に俺を殺すつもりだ。

 だが、あまりにも動きが遅かったので、剣を避けて彼女の手首を持ってひねった。

「痛ああああああああい!」

 サラは痛みに耐えかねて、剣を地面に落とす。

「よっしゃ。武器ゲット」

 そもそもの話だが、素手同然の俺にこいつは剣を使ったんだ。
 戦士として恥ずかしくないんだろうか。

「あぁ……私の剣が」

 サラの瞳が恐れているような色になった。

「か、返せ! それは私の大事な剣——」
「知ってるよ」

 この剣は『ラグナロク』と言って、サラが愛用している剣である。
 地下迷宮の奥深くに眠っていた伝説の武器なのだ。
 色々な武器を使いこなせるサラであるが、そんな彼女の代名詞とも言われる存在で、寝食を共にするほど大事にしている……ということは分かっていた。

「だがな……返せと言われて返すほど、俺が愚かに見えるのか?」
「——!」

 目を見開くサラに向かって、俺は剣を振り下ろした。

「ぐあああああああああああ!」

 サラが間一髪のところで剣を避ける。
 まあ、俺が避けられるように遅く振っただけのことであるが。

 手加減?
 ああ、そういうことになるかもしれないが、なにも優しさでそうしたわけじゃない。
 簡単に殺してしまってはつまらないし、もったいないからだ。
 ちょっとずつ斬りきざんでいく方が面白いだろ?

「切れ味抜群だな。さすが聖剣に次ぐ最強の武器と謳うたわれたラグナロクだ」

 俺はラグナロクを見ながら口にした。

「ゆ、許さない……我が剣を使うとは……」

 サラは顔を押さえながら、屈辱に塗れたような声を出した。

 ん?

「おいおい、なかなか美人になったじゃないか」
「……クッ!」

 サラの顔に頭から顎まで伸びる斜めの赤い線が入っている。

 はっ!
 避けられるために遅く振るったのに、どうやら避けきれなかったらしい!
 傷から血が流れてきて、サラは不気味なモンスターのような形相になっていた。

「ほいほい。もっと踊れ踊れ」
「踊れ踊れ♪」

 後ろで応援してくれてるイーディスもリズムに乗っている。

 俺はラグナロクを振るい、サラの顔や手に傷を一つずつ付けていった。
 体は防具で守られているから、どうしてもそこが中心になっていくんだ。
 だが、それが逆に『目立つところ』に傷をつける結果となって、サラは傷だらけになっていった。

「ぐあっ、ぐっ……き、貴様! 私をバカにしてるのか!」
「うん、してる」

 まるで人形劇のように、サラは剣を避けるために踊っていた。
 かなり不格好な……な。


「サラお姉ちゃん……怖い」


 ほら。
 観客の中にいる子どももサラを見て怖がってる。

「と、とにかく返せ! それは貴様が軽々と触っていいものじゃない」
「返すわけないだろ。これはどっかのスラム街でも探して、俺がちゃーんと売り払ってやるから」
「売……る?」

 サラが目を見開く。

「そうだ。切れ味は抜群かもしれないが、ちょっと俺には扱いにくいな。つまり俺が扱いにくいと感じたんだから、弱いお前はもっと感じるだろう。だから売ろうかな、と。どうだ? 親切だろ?」
「ふ、ふざけるな! それは大事な大事な剣なのだ! 軽々しく売り払っていいものじゃない!」
「だったら取り返してみろよ」
「言われなくてもそうするつもりだ!」

 サラが手を伸ばしながら、ラグナロクを取り返そうとする。

「ほっ、ほっ」

 俺は余裕を持ってサラから逃げて、合間合間にラグナロクで斬りつけた。

「クソぉ……痛い……どうして、これほどまでに痛いのだ……?」

 結果、サラの体には無数の傷が付けられることになった。

「ほらほら、もっと頑張らないと大事な剣が俺のものになってしまうぞ?」
「か、返してくれえ。頼む……私にはその剣がないと……」
「嫌だね」


 お前等は俺から色々なものを奪ってきた。
 俺が勇者エリオットから渡される少ない少ない給料を貯めて、やっとのこさ買った銅の剣を——こいつ等はすぐに叩き割った。

『ハハハ! 面白いねえ。折角頑張って買ったのに、すぐになくなってしまうなんて間抜けこの上ないね!』
『そうだそうだ! そんな銅の剣、貴様には早かったのだ!』

 真っ二つに折られた銅剣を見てがくっと膝を付いている俺を、サラはエリオットと一緒になって笑っていた。


「本来は叩き割ってやりたいところだけどな。まあ……それは俺の力じゃ無理だし、俺もそこまで鬼じゃない。お前もお金を貯めて買い直せば、ラグナロクが戻ってくるかもしれないぞ?」
「うぅ……」

 傷だらけのサラの顔がくしゃくしゃに歪んだ。
 もっとも、闇商人かなにかに売り払おうと思っているのだ。
 金を払えば簡単に戻ってくるものでもないと思うが……。

「どうしてだ……どうして、私はこんなヤツに翻弄ほんろうされているのだ……」
「泣くなよ? ほーら、泣きそうだ。泣くな泣くな泣くな……泣いた!」

 はやし立てると、悔しさのためかサラは大粒の涙を目からこぼした。

 あまりにも哀れだ!
 子どもみたいに泣くなんて!

 そんなサラの様子を見て、観客の誰かがぼそっと呟いた。

「あれ? サラ様って弱くね?」
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