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25・ルネヴァン家の失墜(ライナス視点)
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俺──ライナスは馬車に乗り、ルネヴァン家を目指していた。
「ようやく、この日が来た」
どれほど、待ち侘びていたか。
既に心の中はどす黒い感情で満たされている。
今の俺はよほど殺気立っているのか、馬の手綱を握る御者もどこかそわそわしていた。
本当なら、この場で怒りを撒き散らしたい。
だが、我慢だ。
冷静でなければ、ヤツらを追い詰めることは出来ないのだから。
やがて馬車は、豪奢な屋敷の前で止まる。
どれほどの贅を尽くしてきたのだろうか。王城にも匹敵するような煌びやかさがあった。
俺は無言で馬車を降り、ルネヴァン家の屋敷に足を踏み入れた。
「ライナス殿下、ようこそお越しくださいました! さあさあ、こちらへ!」
中に入ると、ルネヴァン家の当主ギルベールが俺を出迎えた。
隣には彼の妻イザベルと、娘シルヴィアの姿もある。二人とも俺に媚びるような笑みを浮かべていた。
イザベルはともかく、シルヴィアは先日の一件を忘れているのだろうか? 彼女の表情を見て、あの日の怒りが再燃しそうになる。
ギルベールたちの後に付いていくと、やがて屋敷の応接間に辿り着いた。
「今日はいきなりの訪問で悪かったな。どうしても、すぐに話したいことがあったのだ」
応接間のテーブルにつき、俺はそう話し始める。
対面にはギルベールとイザベル、シルヴィアの三人が座った。
「いえいえ! 殿下がわざわざ来訪してくださるなんて、光栄なことです。どうかお気になさらず」
柔和な笑顔で答えるギルベール。
人当たりのよさそうな笑顔だ。ギルベールは社交界の中でも、人脈が広いと聞く。
その笑顔で、どれだけの人を不幸にしてきたというのだろうか? 吐き気がした。
「──早速本題に入る。挨拶が遅れたが、俺はあなたの娘であるアリシアと婚約させてもらっている。婚約生活は順調で、このまま結婚することになるだろう。結婚式は一月後を予定している」
逸る気持ちを抑えて、俺はそう口にする。
その瞬間、シルヴィアが一瞬ぎりっと歯軋りしたのが分かった。
公爵夫妻は、どういう反応に出るだろうか……。
相手の出方を伺っていたが、シルヴィアとは対照的に、ギルベールとイザベルは嬉しそうに語り始める。
「そうですか! 結婚式が楽しみです!」
「アリシアは幸せものねえ。殿下に嫁ぐことになったんだもの」
……どの口で、そんなことを言うんだか。
「アリシアはこの家で、どのような女性だった?」
そう言うと、公爵夫妻は一瞬きょとんとした顔をした。
しかし、すぐに笑顔に変わり。
「それはもう……良い子でしたよ」
「そうです。殿下もご存知かと思いますが、アリシアは魔力を持たない──『無能』でしたが、その身を弁えて慎ましく生きていました」
「殿下がお選びになるのも納得出来ます。本当に自慢の子です」
ベラベラとよく喋る連中だ。
対してシルヴィアはなにも語らず、じっと俯いている。
彼女にとって、アリシアは憎悪の対象でしかないのだろう。だが、俺の前だから罵倒するのを我慢している。
ああ──もういいか?
自分に問いかけた。
そして、怒りは発火する。
「それで……結婚となったら、城から支度金も出るんですよね? 恥ずかしながら……我が公爵家は財政的にそこまで豊かではなく、アリシアの結婚に備えられません。だから……」
「支度金? ふんっ、笑わせる」
俺が鼻で笑うと、ギルベールは目を丸くする。
足を組み、わざと大仰な態度で俺はこう告げた。
「支度金など、貴様らに渡さん。どうせ渡しても、アリシアのために使われないだろうからな」
一瞬、ギルベールたちの間で時が止まったように感じた。
しかし、すぐに血相を変えて。
「なっ……! 支度金が無いですと!? そんなの前代未聞です!」
「そうです! 殿下は自分の立場を分かっていますか? 殿下とのご結婚となれば、多くの費用がかかります。それなのに、全部私たちに用意させるとは……」
「実の娘を虐げておいてか?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐギルベールとイザベルに俺がそう言うと、二人とも話を止める。
だが、黙っていてはさらに怪しまれると思ったのだろう。
「な、なにをおっしゃいますか。アリシアは自慢の娘です。それなのに、虐げるなど……」
「では、一つずつ説明しておこう」
次に、俺は沈黙を守っているシルヴィアに視線を移す。
「先日、俺がアリシアと街に出かけている際、シルヴィアに出会った。その時、シルヴィアはアリシアに手を上げようとしたんだ」
「なっ……!」
「で、殿下、誤解です! あの時も説明しましたが、私はただあの子とお話ししたくて……」
あの子……か。こういう時にでも、アリシアの名を呼ばないか。
これだけでも、二人の関係性が見て取れる。
「公爵夫妻は知らなかったのか?」
「き、聞いておりません!」
「ちょっとシルヴィア、なにをやってるの!? いくら、あの『無能』相手だからって──」
その瞬間、イザベルも自分の失言に気付いたのだろう。慌てて口元に手を当てるが、もう遅い。
「思えば、おかしいところは多々あった。アリシアは公爵令嬢であるのに、洗濯や裁縫、料理、なんでも完璧にこなすことが出来る。その手並みは城内の使用人に匹敵するほどだ」
「それは……」
「黙れ、今は俺が喋る番だ。さらに城内の何気ない食事も、美味しそうに食べて『初めて』と言う。自己肯定感の異常な低さ。右肩にあった不自然な火傷の跡。……日常的にアリシアに酷い仕打ちをしていたのだろう? 使用人同然の……いや、それ以下の扱いをしていたに違いない」
だったら、公爵夫妻は愚かだ。
自分たちのやったことが、全てしっぺ返しをされると思っていないのだろうから。
苦渋の顔を作ったギルベールであるが、一転、すぐにこう反論の言葉を紡ぐ。
「す、全て、殿下の誤解ですな。我が娘の使用人以下の扱いを強いるなど、人間のやることではありません」
「だったら、貴様らは人間以下の畜生なのだろう」
「しょ、証拠はありますかな!? アリシアは元々、おとなしい子でした。やらなくてもいいと言っているのに、使用人の仕事を率先して手伝っていました。だから、使用人の仕事を一通り出来るのでしょう。自己肯定感の低さも、アリシアの元々の性格です」
なるほど……そうきたか。
確かに証拠がなければ、これ以上公爵夫妻を追い詰めることは出来ない。アリシアの口から語らせなければ、疑惑は疑惑のままで終わるからだ。
しかし、こいつらは俺がそこまで頭が回らないとでも思っているのか。
「これを見ろ」
満を持して、俺は持ってきていた書類を公爵夫妻に見せる。
ギルベールは不思議そうな顔をしながら手に取り、書類をパラパラ捲る。
すると、彼の顔が青ざめて。
「な、なんと……っ! これは……」
「アリシアがこの屋敷で、どのような扱いを受けてきたか、一覧にまとめている。この屋敷をクビになった、今までの使用人から証言を取ってな」
ルネヴァン家はアリシアにだけではなく、使用人たちにも辛くあたっていた。
クビにされた理由も些細なことだ。たった一度、飲み物を零して絨毯を汚してしまった……シルヴィアの機嫌を損ねた……などなど。
だから、現役のルネヴァン家の使用人から証言を取れなくても、引退者から得ることが出来る。
ここ数日、リュカにはルネヴァン家をクビになった使用人たちを回らせ、アリシアに対する証言を集めていた。
その中には、アリシアの扱いを疑問視していた者もいたらしい。密かに証拠を集め……だからといって公にする場もなく、機会を窺っていた。
「これだけ証言を集めれば、証拠として十分だ。まだ言い逃れをするつもりか?」
アリシアの異常は初日から気付いた。
彼女はルネヴァン家から、酷い仕打ちを受けているのではないか? という疑問についてもだ。
だが、俺はすぐに行動を起こさなかった。
証拠がなくルネヴァン家を追及しても、のらりくらりと躱わされ、最悪隠蔽される可能性があったからだ。
だから全て、一撃で仕留めるため──。
俺は今まで我慢していた。
「俺の愛しい婚約者、アリシアを傷つけた罪は重い。貴様らは、彼女の親とはいえない。だから支度金はなしだ。どうせ、支度金で豪遊しようと思っていただけだろう?」
そう告げると、ギルベールとイザベル、シルヴィアの家族一同は揃って肩を落とす。
支度金をアテにして、色々と贅沢品を購入していたのかもしれない。彼らの表情は一様に暗かった。
しかし、これだけで俺が終わらせるわけがない。
「追加して──俺の名をもって、ルネヴァン家を貴族名簿から除名する」
「な、なんですと!?」
これには、さすがのギルベールも掴みかからんばかりの勢いで、前に乗り出す。
貴族名簿の始まりは二百年前。
かつて内乱によって国が揺れていた時代、『王家の後ろ盾となる貴族』を公式に定める必要があった。
そこに名が記されることは、『王家の信任を得た者』『国家運営に協力する者』の証であり、貴族にとって最高の誉れとなった。
その制度は現代まで引き継がれ、貴族名簿は単なる一覧ではなく、王家との距離を示す鏡である。
公爵家であるルネヴァン家も、その貴族名簿に名を連ねていたが……それがなくなったら、どうなる?
社交界での地位も失い、ルネヴァン家は急速に力を失うだろう。
「お、横暴です! いくらなんでもそれは、殿下の地位も危うくなります!」
「ほお? まだ口答えするか。俺がこの程度で、玉座を明け渡すとでも? 随分と舐められたものだ」
それに……俺にとって、アリシアは全てだ。万が一、この立場が危うくなろうとも、アリシアのためにやったのなら後悔はない。
「既に渡している婚礼金なら、くれてやる。だから、これからは俺たち……特にアリシアには接触するな」
そう言いながら、俺は席を立つ。
「悔い改めろ。もっとも……今さら後悔しようが、時が戻せないがな」
その場を後にすると、応接間から言い争うような声が聞こえてきた。
おそらく、誰が悪いのかと家族間で責任を押し付けあっているのだろう。愚かな話だ。どうして、こんな家からアリシアみたいな心が清らかな人間が生まれたのだろうか。
ヤツらを断罪して、少しは気が晴れるかと思ったが……実際は逆だった。気持ち悪さが勝る。
「くっ……」
屋敷を出て、王城に帰るために馬車に乗ったところで──急な発作がきた。
魔力暴走の兆候だ。魔法を使ったわけでもないのに、どうしてここで?
《……憎しみヲ……キサマが、死ねバ……》
「またか……なんだ、この声は……?」
魔力暴走を引き起こした際、このように時たま俺の頭に響く声があった。
その声は邪悪で、目を背けたくなるものだ。空耳かと自分に言い聞かせていたが……さすがにおかしい。
結局、魔力暴走は治ることがなく、城に帰るまで苦しみは続いたままだった。
「ようやく、この日が来た」
どれほど、待ち侘びていたか。
既に心の中はどす黒い感情で満たされている。
今の俺はよほど殺気立っているのか、馬の手綱を握る御者もどこかそわそわしていた。
本当なら、この場で怒りを撒き散らしたい。
だが、我慢だ。
冷静でなければ、ヤツらを追い詰めることは出来ないのだから。
やがて馬車は、豪奢な屋敷の前で止まる。
どれほどの贅を尽くしてきたのだろうか。王城にも匹敵するような煌びやかさがあった。
俺は無言で馬車を降り、ルネヴァン家の屋敷に足を踏み入れた。
「ライナス殿下、ようこそお越しくださいました! さあさあ、こちらへ!」
中に入ると、ルネヴァン家の当主ギルベールが俺を出迎えた。
隣には彼の妻イザベルと、娘シルヴィアの姿もある。二人とも俺に媚びるような笑みを浮かべていた。
イザベルはともかく、シルヴィアは先日の一件を忘れているのだろうか? 彼女の表情を見て、あの日の怒りが再燃しそうになる。
ギルベールたちの後に付いていくと、やがて屋敷の応接間に辿り着いた。
「今日はいきなりの訪問で悪かったな。どうしても、すぐに話したいことがあったのだ」
応接間のテーブルにつき、俺はそう話し始める。
対面にはギルベールとイザベル、シルヴィアの三人が座った。
「いえいえ! 殿下がわざわざ来訪してくださるなんて、光栄なことです。どうかお気になさらず」
柔和な笑顔で答えるギルベール。
人当たりのよさそうな笑顔だ。ギルベールは社交界の中でも、人脈が広いと聞く。
その笑顔で、どれだけの人を不幸にしてきたというのだろうか? 吐き気がした。
「──早速本題に入る。挨拶が遅れたが、俺はあなたの娘であるアリシアと婚約させてもらっている。婚約生活は順調で、このまま結婚することになるだろう。結婚式は一月後を予定している」
逸る気持ちを抑えて、俺はそう口にする。
その瞬間、シルヴィアが一瞬ぎりっと歯軋りしたのが分かった。
公爵夫妻は、どういう反応に出るだろうか……。
相手の出方を伺っていたが、シルヴィアとは対照的に、ギルベールとイザベルは嬉しそうに語り始める。
「そうですか! 結婚式が楽しみです!」
「アリシアは幸せものねえ。殿下に嫁ぐことになったんだもの」
……どの口で、そんなことを言うんだか。
「アリシアはこの家で、どのような女性だった?」
そう言うと、公爵夫妻は一瞬きょとんとした顔をした。
しかし、すぐに笑顔に変わり。
「それはもう……良い子でしたよ」
「そうです。殿下もご存知かと思いますが、アリシアは魔力を持たない──『無能』でしたが、その身を弁えて慎ましく生きていました」
「殿下がお選びになるのも納得出来ます。本当に自慢の子です」
ベラベラとよく喋る連中だ。
対してシルヴィアはなにも語らず、じっと俯いている。
彼女にとって、アリシアは憎悪の対象でしかないのだろう。だが、俺の前だから罵倒するのを我慢している。
ああ──もういいか?
自分に問いかけた。
そして、怒りは発火する。
「それで……結婚となったら、城から支度金も出るんですよね? 恥ずかしながら……我が公爵家は財政的にそこまで豊かではなく、アリシアの結婚に備えられません。だから……」
「支度金? ふんっ、笑わせる」
俺が鼻で笑うと、ギルベールは目を丸くする。
足を組み、わざと大仰な態度で俺はこう告げた。
「支度金など、貴様らに渡さん。どうせ渡しても、アリシアのために使われないだろうからな」
一瞬、ギルベールたちの間で時が止まったように感じた。
しかし、すぐに血相を変えて。
「なっ……! 支度金が無いですと!? そんなの前代未聞です!」
「そうです! 殿下は自分の立場を分かっていますか? 殿下とのご結婚となれば、多くの費用がかかります。それなのに、全部私たちに用意させるとは……」
「実の娘を虐げておいてか?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐギルベールとイザベルに俺がそう言うと、二人とも話を止める。
だが、黙っていてはさらに怪しまれると思ったのだろう。
「な、なにをおっしゃいますか。アリシアは自慢の娘です。それなのに、虐げるなど……」
「では、一つずつ説明しておこう」
次に、俺は沈黙を守っているシルヴィアに視線を移す。
「先日、俺がアリシアと街に出かけている際、シルヴィアに出会った。その時、シルヴィアはアリシアに手を上げようとしたんだ」
「なっ……!」
「で、殿下、誤解です! あの時も説明しましたが、私はただあの子とお話ししたくて……」
あの子……か。こういう時にでも、アリシアの名を呼ばないか。
これだけでも、二人の関係性が見て取れる。
「公爵夫妻は知らなかったのか?」
「き、聞いておりません!」
「ちょっとシルヴィア、なにをやってるの!? いくら、あの『無能』相手だからって──」
その瞬間、イザベルも自分の失言に気付いたのだろう。慌てて口元に手を当てるが、もう遅い。
「思えば、おかしいところは多々あった。アリシアは公爵令嬢であるのに、洗濯や裁縫、料理、なんでも完璧にこなすことが出来る。その手並みは城内の使用人に匹敵するほどだ」
「それは……」
「黙れ、今は俺が喋る番だ。さらに城内の何気ない食事も、美味しそうに食べて『初めて』と言う。自己肯定感の異常な低さ。右肩にあった不自然な火傷の跡。……日常的にアリシアに酷い仕打ちをしていたのだろう? 使用人同然の……いや、それ以下の扱いをしていたに違いない」
だったら、公爵夫妻は愚かだ。
自分たちのやったことが、全てしっぺ返しをされると思っていないのだろうから。
苦渋の顔を作ったギルベールであるが、一転、すぐにこう反論の言葉を紡ぐ。
「す、全て、殿下の誤解ですな。我が娘の使用人以下の扱いを強いるなど、人間のやることではありません」
「だったら、貴様らは人間以下の畜生なのだろう」
「しょ、証拠はありますかな!? アリシアは元々、おとなしい子でした。やらなくてもいいと言っているのに、使用人の仕事を率先して手伝っていました。だから、使用人の仕事を一通り出来るのでしょう。自己肯定感の低さも、アリシアの元々の性格です」
なるほど……そうきたか。
確かに証拠がなければ、これ以上公爵夫妻を追い詰めることは出来ない。アリシアの口から語らせなければ、疑惑は疑惑のままで終わるからだ。
しかし、こいつらは俺がそこまで頭が回らないとでも思っているのか。
「これを見ろ」
満を持して、俺は持ってきていた書類を公爵夫妻に見せる。
ギルベールは不思議そうな顔をしながら手に取り、書類をパラパラ捲る。
すると、彼の顔が青ざめて。
「な、なんと……っ! これは……」
「アリシアがこの屋敷で、どのような扱いを受けてきたか、一覧にまとめている。この屋敷をクビになった、今までの使用人から証言を取ってな」
ルネヴァン家はアリシアにだけではなく、使用人たちにも辛くあたっていた。
クビにされた理由も些細なことだ。たった一度、飲み物を零して絨毯を汚してしまった……シルヴィアの機嫌を損ねた……などなど。
だから、現役のルネヴァン家の使用人から証言を取れなくても、引退者から得ることが出来る。
ここ数日、リュカにはルネヴァン家をクビになった使用人たちを回らせ、アリシアに対する証言を集めていた。
その中には、アリシアの扱いを疑問視していた者もいたらしい。密かに証拠を集め……だからといって公にする場もなく、機会を窺っていた。
「これだけ証言を集めれば、証拠として十分だ。まだ言い逃れをするつもりか?」
アリシアの異常は初日から気付いた。
彼女はルネヴァン家から、酷い仕打ちを受けているのではないか? という疑問についてもだ。
だが、俺はすぐに行動を起こさなかった。
証拠がなくルネヴァン家を追及しても、のらりくらりと躱わされ、最悪隠蔽される可能性があったからだ。
だから全て、一撃で仕留めるため──。
俺は今まで我慢していた。
「俺の愛しい婚約者、アリシアを傷つけた罪は重い。貴様らは、彼女の親とはいえない。だから支度金はなしだ。どうせ、支度金で豪遊しようと思っていただけだろう?」
そう告げると、ギルベールとイザベル、シルヴィアの家族一同は揃って肩を落とす。
支度金をアテにして、色々と贅沢品を購入していたのかもしれない。彼らの表情は一様に暗かった。
しかし、これだけで俺が終わらせるわけがない。
「追加して──俺の名をもって、ルネヴァン家を貴族名簿から除名する」
「な、なんですと!?」
これには、さすがのギルベールも掴みかからんばかりの勢いで、前に乗り出す。
貴族名簿の始まりは二百年前。
かつて内乱によって国が揺れていた時代、『王家の後ろ盾となる貴族』を公式に定める必要があった。
そこに名が記されることは、『王家の信任を得た者』『国家運営に協力する者』の証であり、貴族にとって最高の誉れとなった。
その制度は現代まで引き継がれ、貴族名簿は単なる一覧ではなく、王家との距離を示す鏡である。
公爵家であるルネヴァン家も、その貴族名簿に名を連ねていたが……それがなくなったら、どうなる?
社交界での地位も失い、ルネヴァン家は急速に力を失うだろう。
「お、横暴です! いくらなんでもそれは、殿下の地位も危うくなります!」
「ほお? まだ口答えするか。俺がこの程度で、玉座を明け渡すとでも? 随分と舐められたものだ」
それに……俺にとって、アリシアは全てだ。万が一、この立場が危うくなろうとも、アリシアのためにやったのなら後悔はない。
「既に渡している婚礼金なら、くれてやる。だから、これからは俺たち……特にアリシアには接触するな」
そう言いながら、俺は席を立つ。
「悔い改めろ。もっとも……今さら後悔しようが、時が戻せないがな」
その場を後にすると、応接間から言い争うような声が聞こえてきた。
おそらく、誰が悪いのかと家族間で責任を押し付けあっているのだろう。愚かな話だ。どうして、こんな家からアリシアみたいな心が清らかな人間が生まれたのだろうか。
ヤツらを断罪して、少しは気が晴れるかと思ったが……実際は逆だった。気持ち悪さが勝る。
「くっ……」
屋敷を出て、王城に帰るために馬車に乗ったところで──急な発作がきた。
魔力暴走の兆候だ。魔法を使ったわけでもないのに、どうしてここで?
《……憎しみヲ……キサマが、死ねバ……》
「またか……なんだ、この声は……?」
魔力暴走を引き起こした際、このように時たま俺の頭に響く声があった。
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マリアンヌが居なくなってから、マクシミリアン王子は後悔することになる。その事実に気付くのは、マリアンヌが居なくなってしばらく経ってから。
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