ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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「…少し考えさせてくれないか」
「え、何をですか」
「お前とのことだ」

 七海にぽつりと呟く。
 情事は終えたがまだ床に座り込んだままで、脱力していて立つ気にならない。
 体力の違いなのか七海の方はもうケロッとしていて、不本意だが俺の乱れた襟やネクタイを正してくれている。
 柔らかく髪を梳かれたが、抵抗はしなかった。

「…先生は、俺を少しでも好きにはなれませんか?」

 どこか困ったような笑顔を向けられた。

 思わず目を逸らして視線を伏せる。
 恋愛感情についての答えは、最初からハッキリしている。
 だがこうも何度も流されてしまうと、七海のせいだけとはさすがに言えない。

 さっきも最終的には受け入れてしまったし、俺の態度にも問題があるのだろう。
 コイツが俺を諦めてくれないのは、そういう弱みをきっとみせるからだ。

「…なれない。何度も言うが、生徒を恋愛感情で好きになったりはしない」
「じゃあ卒業して、生徒じゃなくなったら好きになってくれますか?」
「卒業したって生徒は生徒だ。その関係性は変わらない」

 ハッキリとそう言ったが、優しく俺の髪を梳く手は変わらない。
 コイツの性格が真っ直ぐだと分かってしまったからこそ、どんな顔を今しているのか見ることが出来なかった。
 
「…大丈夫ですよ。俺待ちますから。少しでもなんでもたくさん考えて下さいね」

 そう言って七海は、俯いている俺に眼鏡を掛けた。

 これだけ断っているのに、それでもまだ諦めてくれるつもりはないらしい。
 だがともかく今は少し考えたかった。
 自分の教育者としての立場や在り方、生徒との向き合い方。
 適当にする、なんて言葉は俺は嫌いで、この関係にもちゃんとけじめをつけたかった。
 

 5限目は七海のクラスで数学だったが、なるべく平静を装っていつも通りの授業を努めた。
 ちらりと視線を向けると変わらずキラキラとした瞳が俺を見つめていて、その授業態度の良さは素直に褒めてやりたくなる。
 
 授業を終えたら、無駄に気を張っていたのかどっと疲れた。
 廊下を歩きながら、コソコソと話す女生徒の声が耳に入ってくる。
 
「あれ、なんか今日大人しくない?」
「イライラしてないよね。何かあったのかな。控え眼鏡」
「なにそれ、うまいんだけどー」

 誰が控え眼鏡だ。
 控え目と眼鏡を掛けたのか知らないが、そんなつまらん事言っている暇あったら勉強しろ。
 ギロッと睨むと慌てたように視線を逸らされる。

 
 窓の外に薄闇掛かる放課後。
 進学校ということもあり、放課後に勉強の質問をしにくる生徒は少なくない。

 対応後自分の仕事をしていたが、今日は随分遅くなってしまった。
 部活を終えた顧問もちらほら戻ってきて、一人、また一人と先に帰宅していく教師を職員室から見送る。

「紺野先生、お疲れ様です。まだ残ってらしたんですね」
「…ああ。神谷も部活終わったのか?」
「はい。あ、ちょうど良かった。クラスのことでちょっといいですか」

 今後の予定に関する相談を受け、それに答える。
 神谷の仕事は一つ一つ丁寧で、それでいて無駄がなく要領も良いので共に仕事をしやすかった。

 二人であれこれと話し合っていたが、気付けば職員室には誰もいなくなっていた。

「あ、すみません。遅くなってしまいますね」
「大丈夫だ。お前こそまだ仕事が残っているんだろう」
「ええまあ。ふふ、でも紺野先生と残って仕事が出来るなんて嬉しいです」

 綺麗な顔で微笑まれて面食らう。
 そういえばコイツは俺を慕ってくれているんだったか。

「…お前も変わった奴だな」

 一つ息を吐き出して、視線を逸らした。
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