ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 その後残りの仕事を終えて一息つくと、ネクタイを緩める。
 帰宅しようと席を立ったが、神谷はまだ残って仕事をしていた。

 机に積まれた書類やらファイルの山に目を細めながら、神谷の机にコトリと淹れてきたコーヒーを置いてやる。
 いつも淹れてきてくれるから、たまにはと気遣ったわけだ。

「ああ、すみません」
「いや。先に帰るがお前もあまり無理をするなよ」
「はい、お疲れ様で――」

 言いながら俺を見上げた神谷の表情が固まる。
 少し違和感を覚えたが、気にせずそのまま後ろを通り過ぎた。

 が、不意に手首を掴まれる。

「なんだ?」
「紺野先生、やはり何かありましたね?」
「…は?」

 ここ最近よく話すようになったせいなのか、やたらと心配をされる。
 気遣いは有り難いし事実七海のことで悩んではいるが、こればかりは話せるような内容じゃない。
 煩わしいと一度視線を伏せてから、神谷に向き直った。
 
「別に何もない。余計な心配をするな」

 淡々とそう答えてやったら、目の前の瞳がどこか色を変えた気がした。

「――わっ」

 突然掴まれていた手首をグイと引かれて、神谷の方へ倒れそうになる。
 もたれかかる前に足を踏み込んだが、ピタリと首筋に手を当てられた。

「なんですか、これ」

 俺の襟元に入り込んだ指先が、何か見つけたようにシャツを引っ張る。

「今朝はこんなもの付いてなかったですよね。誰にされたんですか?」
「…は?何を言っている」
「身に覚えがありませんか?」

 長い指先が鎖骨を撫でて、ゾクリと肌が粟立つ。
 予想外の神谷の態度に一度唖然としてしまったが、ふと触れられた箇所に覚えがある事に気付く。
 確かそこは、昼休みに七海に口付けられた場所だ。

 カッと顔が熱くなった。

「…あ、いやこれは――」

 慌てて取り繕うとしたが、とっさに言い訳が思いつかず視線を彷徨わせてしまう。
 自分では見えないから気付かなかったが、まさかアイツ余計なものを残してくれたんじゃないだろうな。

「ああ、なるほど。ひょっとして紺野先生の最近の悩みはこれでしょうか」
「…っ違う。これは俺の私情だ。仕事とは関係ない」

 何とかそう返して襟を正す。
 生徒と非ぬ関係を持っているなど、まさか知られるわけにはいかない。
 帰り際に気を抜いてネクタイを緩めたから見えてしまったんだろう。

 放っておけと突っぱねたが、神谷はどこか読めない表情でクスリと微笑む。

「昔から勉強と仕事に一筋だったあなたに、今更そんな乱れた私情があるとは思いませんが」
「…なんだそれは。お前に俺の何が分かる」
「分かりますよ」

 まるで本当に知っているとでもいうような言い方だ。
 俺を見つめる視線はいつもと変わらぬ柔らかなままだが、その言葉にはどこか不信感を覚える。

 俺を憧れと慕ってくれるのは分かるが、今の発言はさすがに行き過ぎな気がしないか。
 大体昔からと言うが俺とコイツの付き合いはまだ数年程度だ。

 そう気付いたら、向けられる瞳に何か狂気的なものを感じてしまう。

「誰にされたんですか?紺野先生、教えて下さい」

 手首を取られたまま神谷に詰め寄られる。
 思わず後ずさると、グイと手を引かれて逃がさないとばかりに神谷の机に押し付けられた。
 机に置かれていた大量の書類が、バサバサと音を立てて床に落ちる。

「おい、神谷…っ。何を――」
「誰なんですかね。…全くあんまりじゃないですか。こんな綺麗な白い肌に痕をつけるなんて」

 にこやかな表情がどこか恍惚とした表情へ代わり、俺の首筋を撫でる指先が酷く熱を持つ。
 その感触にゾクリと背筋が震えたが、相手は七海のように生徒ではなく同じ立場の後輩だ。
 ならば何も遠慮することはない。

「――は、離せっ」

 思いきりその身体を突き飛ばす。
 目の前の身体は思いの外揺らがなかったが、俺は慌てて机から腰を下ろした。

 一体なぜ俺がコイツにここまで責められなければならない。
 教師からも生徒からも人気高く眉目秀麗、それだけでなく仕事もしっかりとこなす完璧すぎる後輩だと思っていたが、今の態度はさすがにやりすぎだ。

 そのまま振り切って帰ることも考えたが、ふと床にばらまかれた書類に目が止まった。

 散乱した書類の中に神谷の手帳と思われる物が落ちていて、そこから何枚もの写真が飛び出ている。
 そこに写っているものを視界にいれて、思わず二度見してしまった。

「――おい神谷…これ」
「…ああ、バレちゃいましたか」

 特に焦るでもなく、落ち着いた声音が返ってくる。

 恐る恐る床から顔を上げたが、いつもと何ら変わらぬ物腰柔らかに微笑する顔があった。
 背中に嫌な汗が滲む。
 
 ばらまかれた写真の全てには俺が写っていて、一体どこで撮ったんだろうというものばかりだった。
 それによく見たら最近のものだけじゃない。
 これは恐らく大学時代のものではないかと思える写真まである。

 そんなものを持っているということは、つまりコイツは――。

「憧れだって言ったでしょう。昔からストーカーなんです。紺野先生の」

 落ち着いた口調で、ニッコリと微笑まれながら言われた。
 そんな綺麗な笑顔でストーカー宣言する奴を、俺は初めてみた。
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