上 下
42 / 51
夏の王

白の印

しおりを挟む
イチは語った。


我が”夏の国”から、過去の”春の国”に跳ばされ。
春の王、赤のラグナルに愛され、印を授かり。共に発明品を開発した。

だが、突然”冬の国”に跳ばされ。

冬の王ザラームと出会い、ラグナルとの子を授かっていたことを知り。

ザラームに”春の国”へ連れて行かれ、子供と孫、曾孫と再会し。
共にラグナルの遺言を聞いたという。


その話は、シグルズの著書と一致する。


◆◇◆


そして、”冬の国”で黒の印を授かり。
ザラームと共に氷菓子作りや寒い国ならではの商業を教え。

また”秋の国”へ跳ばされた。

そこでは、エセル王に見初められ、印を授かったが。
ルークという白の”印持ち”が目覚め、エセル王に取って代わった。
白の印は、神に匹敵する、凄まじい力だったという。

しかし、ルーク王は、イチを解放するために、子を授かろうと言った。

子を授かれば、その時点で他の国に移動すると確信したのだそうだ。

そしてイチは。
再び、この”夏の国”へ飛ばされたのだと。


「まさか、そんなことが……」

「しかし、確かにこれは春の国、冬の国、秋の国の后妃の”印”に間違いありません。凄いですね……実物は、初めて見ました」
神官はイチの印を確認した。

「神はいったい、何を考えておられるのだ……」
頭痛がする。


一人や二人ならともかく。
わたしの他に、四人もの男の印を授かった、だと?

そうせねば、ここへ戻って来れなかったとはいえ。

互いに愛し合えば。
その時点でイチは愛する者を失うのだ。何と惨い真似をさせるのか。

神の目的は、人口の増加か、人々の繁栄だろう。


イチの気持ちは、無視されるというのか。
我々の、イチを想う気持ちも。

子を成すほど愛した相手を失わせてまでも、繁栄を願うか。


神よ。
なんと惨い真似をされるのだ。


◆◇◆


アブヤドは、イチに自分はラクの怪我を治せるのか、と聞いていた。
イチによく似た、優しい子である。

「うん、黒の王も、骨折を治してるの見たし。練習すれば、アブヤドにも出来ると思うよ」


黒の王。
イチを、一番長く占領していたという王か。

「良かったあ」
アブヤドはほっとしている。

やってみたことはないが、わたしにもできるのではないだろうか。
ならば。
腫れるまでも、治せばいいのでは?


「ああ……カワイイが並んでる……やだ……超萌える……」

ハルは洞窟の壁に張り付いて、二人を眺めていた。
身悶えるな。

「そっかー。冬の国の氷菓子のゲスい売り方、イっちゃんの入れ知恵だったんだねー」
何を言うかハル。


イチは商売の才覚があるのだな。
数百年、飽きられずに人気であるとは、並大抵のことではない。

それを守り続けた冬のも、なかなかの根性だ。褒めてつかわそう。


「でも、もう同じモノ作れるんじゃないのか?」
イチは首を傾げた。

「あれから、同じレシピで作ってみたんだけど、どうしても同じ味にはならなくてさ。みんなで、何でだろうねって言ってたんだ」

自動人形にやらせたのが駄目だったのかと、交代で手作りしてみたが。
何度試そうと、イチの作ったあの味にはならなかったのだ。

レシピをちらつかせて、冬のと取引するのには役立ったのだが。


「また、作ってくれる?」
「母上、わたしも食べてみたいです! 栗きんとんとやらも、是非!」
ハルとアブヤドは、遠慮なくイチにおねだりをしていた。

15年の空白時間も、イチには関係なさそうである。


否、変わってなどいない。
何があっても、イチはイチであった。

わたしの愛した、イチだ。


「うん、みんなで食べような」
イチは変わらぬ笑顔で頷いてみせた。


そうだな。
皆で、また。

あの時の記憶が、鮮やかに甦る。

イチとの幸せな暮らしを。疑いもしなかった、あの時を。



◆◇◆


洞窟から出ると。暗雲が立ち込めていた。
この雲は。

「”魔女”が来る……」


先日来たばかりだというのに。
早いな。

しかも、嫌な予感がする。


雷光。
どこかに落ちたようだ。

かなり激しい雷雨がやって来ている。
魔女は、何を荒ぶっているのか。


「とりあえず、洞窟に戻ったほうがいいんじゃない?」
イチは洞窟を指差した。

「ああ、そのほうがよさそうだ」

アブヤドをローブに隠し。
イチの手を引き、洞窟内に向かおうとしたその時。

イチが一瞬、立ち止まったように思えた、が。


自分の意思で立ち止まったのではない。

イチは、腕を掴まれていたのだ。
黒きもの。魔女に。


「見つけた」


は、イチを見て、言った。
ぞっとするような、暗い瞳をしていた。


「300年、探したぞ。イチ」


次の瞬間。
イチの姿は消えていた。


◆◇◆


「イチ!?」

すぐに、気配を探ってみる。

……いた。まだ、この世界に。

神により、跳ばされた訳ではないようだ。
さらわれたのだ。魔女に。


「イチは、”冬の国”にいる」

「マジで!?」

アブヤドも、印に集中して。
「あ、本当ですね。母上、”冬の国”にいます。怖がってはいないようです。見知った相手のようで。……黒の王みたいです」

そこまでわかるのか、白の印の力は。
神に匹敵する力というが。


「黒の王!?」
「冬の王は、青のはずでは?」
「いや、冬の王であるとは限らない」


「……あ、戻ってくるみたいです。黒の王、母上に叱られて。しょげてます」
それは、何よりだが。

「黒の王が……」
「黒い魔女が……」
「叱られて、しょげてる……?」


皆、別の意味で衝撃を受けているようであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

勇者のこども

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:3,131pt お気に入り:2

兄のマネージャー(9歳年上)と恋愛する話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:5

運命の君

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:537

ちびヨメは氷血の辺境伯に溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:46,392pt お気に入り:4,957

いつかの僕らのために

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:614

運命なんて残酷なだけ

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:913

【完結】暴君アルファの恋人役に運命はいらない

BL / 完結 24h.ポイント:1,398pt お気に入り:1,879

お兄ちゃんと内緒の時間!

BL / 連載中 24h.ポイント:312pt お気に入り:59

花冷えの風

BL / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:11

雪豹くんは魔王さまに溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:981pt お気に入り:3,000

処理中です...