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幕間

夜の訪問者

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戴冠式の、前夜のこと。
海瑠は、コンコン、と窓を叩く音に、目を覚ました。

見ると、動物のシルエット。
犬か……?
いや、それにしては耳が三角で、しっぽがふさふさしているし。キツネだろう。


窓を開けてやると。
その動物はひょい、と部屋に入ってきた。

真っ黒なキツネだった。
アルビノの反対で、メラニズムというものだろう。真っ黒な雀なら見たことがあったが、珍しいな、と海瑠は思った。


しかし、ここは3階ほどの高さで。
塔のような建物の中にある部屋だというのに。

このキツネは、どこからやって来たのだろうか。


◆◇◆


「可愛いキツネちゃん、どこから来たのかな?」

海瑠の質問に、キツネは鼻先を上げて。
『きみ、異世界から来た、というのは本当か?』

「わお。すごいな、キツネがしゃべってる。さすが異世界。アンビリーバボーだ」
その言葉で、確信したようだ。

キツネの瞳がきらりと光った。
『きみ、男……だよね? 異世界人だろうが、し』

「え?」
何か、聞き捨てならないことを言っていたようだが。


見れば、キツネの瞳は、金色だった。
『きみに、聞きたいことがあって来た。……伝説の僧侶、ゼンショーを知ってるかい?』

伝説の、僧侶?

少し悩んで。
聞き覚えのある名前だったことを思い出した。

「ああ、お兄の持ってたラノベのことかな?」

確か、自分とは違い、美少女パラダイスに行った僧侶見習いの美青年が、波乱万丈の冒険の末、女勇者と結婚して終わった。トンデモ羨ましい話であった。
こっちは男ばっかりのパラダイムである。


『そう、それだ! その物話のモデルになった男がいるんだ。彼の、その後のことを知っていれば、聞かせてほしい』
キツネはしっぽと耳をぴんと立てて、興奮しているが。

「ごめんな、おれ、作者と知り合いなわけじゃないし。詳しくは知らないんだ……」

『そうか……』
キツネは、しゅんとして耳としっぽを垂らした。


何だか悪いことをしてしまった気分になってしまった海瑠だったが。


◆◇◆


「あ、でもそういえば、後書きにおかしなことが書いてあったな」

不思議に思ったので、記憶していた。
目の前でいなくなった友人をモデルにした、と一巻に書いてあったが。

最終巻に、奇妙な記述があったのだ。
それを記憶のまま、読み上げる。台本を記憶するのは得意だった。

「えー……、”二巻目も捧げようと参った石碑。以前置いた献本が消えていて、その代わりに、塩飴が落ちていた。確信した。友人は、どこかで生きているに違いない”……って書いてあったと思う」


キツネの目に、涙が浮かんでいた。

『ありがとう。……も、生きてると確信した。良かったな……』
鼻をすすりながら、キツネは言った。

寝間着の袖で、涙を拭ってやる。キツネも泣くんだなあ、と思いつつ。

「それで、わかるもんなの?」
海瑠には意味不明な文章だったが。

キツネは嬉しそうに頷いた。
『もし、エリノアの国王と会うことがあれば、今の話をしてやってくれないか? あと、こう伝えて欲しい。”残忍な支配者アーリックは約束を永遠に守る”、と』

「うん、エリノア国王なら、明日の戴冠式に来るからかまわないよ。アーリック? は永遠に約束を守る、って伝えればいいんだよな?」

キツネは頷いて。嬉しそうに目を細めた。
思わず海瑠も笑顔になる。


『ああ。もうここに留まれる時間が無い。。会えないのが悔しいな。……これはきみに。お礼だよ』
キツネはどこから出したのか、大きな紅い宝石を差し出してきた。

黒い、可愛い手に載せられた宝石を摘まんで。
受け取った宝石は、見惚れるほど美しいものだった。

『これは一度だけ、持つものの身を護る。肌身離さずつけておくといい』
「へえ、すごいね。……あれ?」

宝石を見ていたら。
いつの間にか、黒いキツネは消えていた。


……明日になったらこの宝石、葉っぱになってたりして。
それはそれで、面白いかもしれない。

海瑠は何となく、楽しくなって。


久しぶりに、いい気分で眠りについたのだった。


◆◇◆


目が覚めて。
枕元できらきらと光る紅い宝石に。


夜の訪問が、夢ではなかったことを知った。
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