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大和撫子、砂漠の王子に攫われる
ヤマトナデシコ、クーデターに巻き込まれる
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「雪哉様はお料理もされるのですか?」
シャオフーは目をぱちくりさせて驚いている。
俺はそんなに何も出来なさそうに見えるのだろうか……。
「できるってほどじゃないけど。一応家事は一通り叩き込まれてるんだよ……」
お陰で一人暮らしでも困ったことはなかった。
そこは母さんに感謝だ。
『美しく、心優しい上に料理の腕も最高とは。理想的なヤマトナデシコではないか。……どうやって、どこで見つけたのだ!?』
ハマド国王が、アスランに詰め寄っている。
『運命、としか思えない出逢いだった』
アスランは幸せそうな笑顔をこちらに向けて言った。
それを見て、ハマド国王はすごい驚いてた。
そんな幸せいっぱいな顔されたら、こっちが恥ずかしくなっちゃうだろ。
†††
……しまった。
ここは、どこだ?
お手洗いを借りて。
広間に戻ろうとしたけど、どうやら道を間違えたようだ。
毛玉の道案内がないと、これだからなあ。
っていうか、ここの城が広すぎるんだよ。案内板置いてよ。
美術館とかじゃないから仕方ないか。
シャオフーがついてきてくれるっていうの、断らなければよかった。
人の話し声がしたので、道を訊こうと近付くと。
『……王の暗殺計画は……』
え?
『事故を装って』とか『毒殺』とか、穏やかでない言葉が聞こえたけど。
空耳、じゃないよな? 発音も綺麗だった。
俺、もしかして、とんでもない現場に出くわしちゃった感じ?
そっと戻ろうとしたが。
漆塗りの草履がカツン、と音を立ててしまった。
『誰だ!?』
物陰から出てきたのは、屈強な軍人のような男が二人。
「あ、あの、あだーと、たりき」
道に迷った、と言ったつもりだが。
『何て言ったんだこいつ?』
『外国語か?』
「アダートタリキン!」
「أضعت طريقي?」
「それ」
くっ、発音を直されるとは……。
『言葉はあまりわからないようだな? ……話を聞かれてたと思うか?』
「サーブ、カリマ、ラッドゥリ」
「أقتلكسوف 」
首を傾げてみせる。
アラビア語よくわかりませーんな振りをするしかなさそうだ。
実際、あまり話せない。
『おい、子供にそんな物騒なことを言うのはよせ』
『怯えるかどうか、試しただけだ。……言葉はわからないようだな。しかし、どこの子供だ? 宴会場に呼ばれた出し物か?』
たしなめた恰幅の良い方は、偉い身分の人っぽいな。
将軍とかかな。
肩章は王冠に星ふたつ……大佐か。
背が高くて顔が怖いほうが部下か? 肩章は星ひとつ、少尉だ。
どっちもお偉いさんじゃん!
まいったな、軍部によるクーデターかよ。
子供だと思われているようだし。
このまま解放してくれないかな……。
†††
『どうした、何があった?』
もう一人、誰か来た。
『オタワ様、……それが、』
げっ。
オワタ。じゃなくてオタワ。
確か、この国の石油相だ。
さっき、王子とも挨拶してた。
クーデターに、こんな大物が噛んでるのかよ。
石油相は俺を見て、顔色を変えた。
『……こ、この方は、アスラン殿下の妃で、国王の命を助けたという、国賓だぞ!』
『!?』
アスラン、の部分には反応しておこう。
石油相の方に視線をやる。
「アスラン、アイナ?」
全員、困惑した面持ちで俺を見ている。
『よりによって、魔王の関係者とは。まずいな』
『会話には通訳を介していたので、こちらの言葉はわからないとは思うが……』
『魔王は何十カ国語も操るという。言葉が出来ずとも問題はないのだろう』
話すのは苦手だから、王子やシャオフーに通訳を頼んでいたおかげか、幸い、石油相にはアラビア語が理解できてるとはバレていないようだ。
このまま逃げられるか……?
『誰か、そこにいるのか?』
人の声がして。
少尉に、口を押さえられた。
†††
『私だ』
石油相が物陰から出て。
軍人から敬礼をされているようだ。
カッ、と靴を合わせる音がした。
『これは、大臣でしたか。失礼しました。この辺りで、桃色のキモノを着た日本人の少女を見かけませんでしたか?』
戻ってくるのが遅いので、捜索されてるようだ。
少女じゃねえ。
まあ見た目はそうかもしれないが。
おとなしく差し出せばいいのに。
何で隠そうとするんだ。
『いや、見ていない』
嘘をついた。
……やばいな。
念には念を入れて、口封じするつもりかもしれない。
大佐が何か合図をしたのを見て。
少尉は俺を抱えて、裏口から城の外に出てしまった。
ジープの後部座席に乗せられて。
隣に大佐が乗り込んでくる。
砂漠仕様なのか、丈夫そうなシートベルトを取り付けられた。
少尉が運転席に座り。
後から来た石油相が助手席に乗り込み、車が発進した。
座の序列とかないのか? 人質が上座で、石油相が一番下座ってどうなのよ。
などと、どうでもいい事を思った。
†††
『……連れて来てしまったが。どうするんだ? まさか、処分するのか?』
不安そうな大佐の問いに、石油相が答える。
『いや、とりあえず生かしておく。交渉に使えるかもしれん。国王の信頼も篤い王子殿には、国王の暗殺でもしてもらおうか。できれば目障りな国務相ごと消えてもらいたいが。王制が終われば、奴の権力も潰えることとなろう』
どうやら、すぐ殺されるようなことはないみたいだけど。
どこに連れて行かれるんだろう。
砂漠に捨てられたりしたら間違いなく白骨死体だ。
『相手はあの魔王だ。操るより報復される可能性が高い。大人しく返してやった方が……』
少尉が言う。
おい。
どれだけ怖がられてるんだよアスランってば。
魔王って。
「……アスランは?」
目一杯、かわいそうな感じがするような声で訊く。
「アスラン、フィーマバァド、ジャーア。ハサナン」
大佐はゆっくり、単語で言ってくれた。
「フィーマバァド、ジャーア、ハサナン。……アスラン、ジャーア?」
繰り返してみると。
大佐はうんうん、と頷いて。
少尉は怖い顔をほころばせてこちらを見ている。
いいからあんたは前を見ろ運転手!
見るからに邪悪そうな顔をした石油相はともかく。
大佐も少尉もそんな、悪い人じゃないっぽいんだけどな。
俺のことを小さい子供だと思ってる、ってのもあるだろうけど。
何でクーデターなんて企てたんだろ。
ハマド国王、そこまで恨まれるようなことしたのかね?
まだ代替わりしたばっからしいのに。
†††
「あっ」
砂漠に、夕陽が沈んでいく。
砂漠が一面、紅く染まる。
落ちる影は紫っぽい。光と影の芸術だ。
……何度見ても綺麗だなあ。
この光景、むさいオッサンたちとじゃなくて。
アスランと見たかったな。
「ジャミール」
指を差して言うと。
「جميلة」
訂正された……。
砂漠は女性名詞だから、形容詞も女性形になり語尾変化がつくんだろうか。
更に定冠詞アルとかややこしくて困る。
……って、先生か! ここは教室じゃないだろ!
「ジャミーラ?」
でも、一応言い直してみる。
「جَيِّدٌ」
『言葉を教えてどうする。わからないほうが都合がいいだろう』
石油相に突っ込まれている。
だよな。
悪人と意見が合うとは……。
†††
『いや、うちの子も、生きていればこんな感じだったかと思ってつい、な……』
大佐は沈んだ声で言った。
ああ、お子さんを亡くしているのか……。
いけない。
つい、反応しそうになってしまった。
あくびをして、眠いふりして誤魔化そう。
すやすや。
『右腕に、酷い火傷の痕が広範囲であるんだが……』
『魔王に虐待されていたのだろうか? かわいそうに』
あんたら、いい人か!
人質に情を移すな、と石油相に怒られてる。
シャオフーは目をぱちくりさせて驚いている。
俺はそんなに何も出来なさそうに見えるのだろうか……。
「できるってほどじゃないけど。一応家事は一通り叩き込まれてるんだよ……」
お陰で一人暮らしでも困ったことはなかった。
そこは母さんに感謝だ。
『美しく、心優しい上に料理の腕も最高とは。理想的なヤマトナデシコではないか。……どうやって、どこで見つけたのだ!?』
ハマド国王が、アスランに詰め寄っている。
『運命、としか思えない出逢いだった』
アスランは幸せそうな笑顔をこちらに向けて言った。
それを見て、ハマド国王はすごい驚いてた。
そんな幸せいっぱいな顔されたら、こっちが恥ずかしくなっちゃうだろ。
†††
……しまった。
ここは、どこだ?
お手洗いを借りて。
広間に戻ろうとしたけど、どうやら道を間違えたようだ。
毛玉の道案内がないと、これだからなあ。
っていうか、ここの城が広すぎるんだよ。案内板置いてよ。
美術館とかじゃないから仕方ないか。
シャオフーがついてきてくれるっていうの、断らなければよかった。
人の話し声がしたので、道を訊こうと近付くと。
『……王の暗殺計画は……』
え?
『事故を装って』とか『毒殺』とか、穏やかでない言葉が聞こえたけど。
空耳、じゃないよな? 発音も綺麗だった。
俺、もしかして、とんでもない現場に出くわしちゃった感じ?
そっと戻ろうとしたが。
漆塗りの草履がカツン、と音を立ててしまった。
『誰だ!?』
物陰から出てきたのは、屈強な軍人のような男が二人。
「あ、あの、あだーと、たりき」
道に迷った、と言ったつもりだが。
『何て言ったんだこいつ?』
『外国語か?』
「アダートタリキン!」
「أضعت طريقي?」
「それ」
くっ、発音を直されるとは……。
『言葉はあまりわからないようだな? ……話を聞かれてたと思うか?』
「サーブ、カリマ、ラッドゥリ」
「أقتلكسوف 」
首を傾げてみせる。
アラビア語よくわかりませーんな振りをするしかなさそうだ。
実際、あまり話せない。
『おい、子供にそんな物騒なことを言うのはよせ』
『怯えるかどうか、試しただけだ。……言葉はわからないようだな。しかし、どこの子供だ? 宴会場に呼ばれた出し物か?』
たしなめた恰幅の良い方は、偉い身分の人っぽいな。
将軍とかかな。
肩章は王冠に星ふたつ……大佐か。
背が高くて顔が怖いほうが部下か? 肩章は星ひとつ、少尉だ。
どっちもお偉いさんじゃん!
まいったな、軍部によるクーデターかよ。
子供だと思われているようだし。
このまま解放してくれないかな……。
†††
『どうした、何があった?』
もう一人、誰か来た。
『オタワ様、……それが、』
げっ。
オワタ。じゃなくてオタワ。
確か、この国の石油相だ。
さっき、王子とも挨拶してた。
クーデターに、こんな大物が噛んでるのかよ。
石油相は俺を見て、顔色を変えた。
『……こ、この方は、アスラン殿下の妃で、国王の命を助けたという、国賓だぞ!』
『!?』
アスラン、の部分には反応しておこう。
石油相の方に視線をやる。
「アスラン、アイナ?」
全員、困惑した面持ちで俺を見ている。
『よりによって、魔王の関係者とは。まずいな』
『会話には通訳を介していたので、こちらの言葉はわからないとは思うが……』
『魔王は何十カ国語も操るという。言葉が出来ずとも問題はないのだろう』
話すのは苦手だから、王子やシャオフーに通訳を頼んでいたおかげか、幸い、石油相にはアラビア語が理解できてるとはバレていないようだ。
このまま逃げられるか……?
『誰か、そこにいるのか?』
人の声がして。
少尉に、口を押さえられた。
†††
『私だ』
石油相が物陰から出て。
軍人から敬礼をされているようだ。
カッ、と靴を合わせる音がした。
『これは、大臣でしたか。失礼しました。この辺りで、桃色のキモノを着た日本人の少女を見かけませんでしたか?』
戻ってくるのが遅いので、捜索されてるようだ。
少女じゃねえ。
まあ見た目はそうかもしれないが。
おとなしく差し出せばいいのに。
何で隠そうとするんだ。
『いや、見ていない』
嘘をついた。
……やばいな。
念には念を入れて、口封じするつもりかもしれない。
大佐が何か合図をしたのを見て。
少尉は俺を抱えて、裏口から城の外に出てしまった。
ジープの後部座席に乗せられて。
隣に大佐が乗り込んでくる。
砂漠仕様なのか、丈夫そうなシートベルトを取り付けられた。
少尉が運転席に座り。
後から来た石油相が助手席に乗り込み、車が発進した。
座の序列とかないのか? 人質が上座で、石油相が一番下座ってどうなのよ。
などと、どうでもいい事を思った。
†††
『……連れて来てしまったが。どうするんだ? まさか、処分するのか?』
不安そうな大佐の問いに、石油相が答える。
『いや、とりあえず生かしておく。交渉に使えるかもしれん。国王の信頼も篤い王子殿には、国王の暗殺でもしてもらおうか。できれば目障りな国務相ごと消えてもらいたいが。王制が終われば、奴の権力も潰えることとなろう』
どうやら、すぐ殺されるようなことはないみたいだけど。
どこに連れて行かれるんだろう。
砂漠に捨てられたりしたら間違いなく白骨死体だ。
『相手はあの魔王だ。操るより報復される可能性が高い。大人しく返してやった方が……』
少尉が言う。
おい。
どれだけ怖がられてるんだよアスランってば。
魔王って。
「……アスランは?」
目一杯、かわいそうな感じがするような声で訊く。
「アスラン、フィーマバァド、ジャーア。ハサナン」
大佐はゆっくり、単語で言ってくれた。
「フィーマバァド、ジャーア、ハサナン。……アスラン、ジャーア?」
繰り返してみると。
大佐はうんうん、と頷いて。
少尉は怖い顔をほころばせてこちらを見ている。
いいからあんたは前を見ろ運転手!
見るからに邪悪そうな顔をした石油相はともかく。
大佐も少尉もそんな、悪い人じゃないっぽいんだけどな。
俺のことを小さい子供だと思ってる、ってのもあるだろうけど。
何でクーデターなんて企てたんだろ。
ハマド国王、そこまで恨まれるようなことしたのかね?
まだ代替わりしたばっからしいのに。
†††
「あっ」
砂漠に、夕陽が沈んでいく。
砂漠が一面、紅く染まる。
落ちる影は紫っぽい。光と影の芸術だ。
……何度見ても綺麗だなあ。
この光景、むさいオッサンたちとじゃなくて。
アスランと見たかったな。
「ジャミール」
指を差して言うと。
「جميلة」
訂正された……。
砂漠は女性名詞だから、形容詞も女性形になり語尾変化がつくんだろうか。
更に定冠詞アルとかややこしくて困る。
……って、先生か! ここは教室じゃないだろ!
「ジャミーラ?」
でも、一応言い直してみる。
「جَيِّدٌ」
『言葉を教えてどうする。わからないほうが都合がいいだろう』
石油相に突っ込まれている。
だよな。
悪人と意見が合うとは……。
†††
『いや、うちの子も、生きていればこんな感じだったかと思ってつい、な……』
大佐は沈んだ声で言った。
ああ、お子さんを亡くしているのか……。
いけない。
つい、反応しそうになってしまった。
あくびをして、眠いふりして誤魔化そう。
すやすや。
『右腕に、酷い火傷の痕が広範囲であるんだが……』
『魔王に虐待されていたのだろうか? かわいそうに』
あんたら、いい人か!
人質に情を移すな、と石油相に怒られてる。
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