13 / 68
幕間/ゼノン
ツガイとの邂逅
しおりを挟む
ゼノンは喜びの絶頂から奈落の底へ突き落されたような気分になっていた。
発端は、先日行われた”道逢の儀”である。
結婚する気もなく、いっそ修道士にでもなって逃げたいと思っていたのに。
運命の相手、ツガイの匂いに本能を刺激され。
親友の制止の声も聞かず迷路へ飛び出し、時空の歪みへと身を投じた。
気付けば、見知らぬ世界に移動していた。
足元は木の板で作られた丈夫な床。
天井は、謎の金属や光源。
背後は大きな絵。
周囲には、舞踏会のような装いの者達。
人に見えるが。
しかし、彼等にはあるべきものが無かった。獣神の守護を持つ者の証が。
ゼノンはそれが”仙人”の耳と同じだと気付いた。
*****
時空の歪みにより、異世界へと飛ばされたのだ。
しかしゼノンは、神がここへ導いたのならば心配はいらないだろう、と気を落ち着かせ。
改めて、辺りを見回すと。
板間は高い位置にあり、眼下には大勢の人が座っていた。
皆、固唾を呑んでゼノンを見ている。
突然舞台に現れた闖入者であるゼノンに対し、皆の「外国人のイケメン!」「イヌミミついてない?」「コスプレイヤー?」等の呟きは、彼の耳には聞き覚えのない不思議な言語に聞こえていた。
そして、板間の端からこちらをじっと見ている視線に気づいた。
黒く大きな瞳。小さな鼻も唇も。何もかも愛らしく。
艶やかな長い髪は編み込まれている。
光沢のある布地に包まれた、しなやかな身体。
何故だか女性の服を着ているが。
まだ年若い少年だというのは匂いでわかっていた。
ゼノンは彼に、ひと目で恋に落ちた。
「やっと会えた……」
彼こそが、探し求めていた自分の半身。
彼を知らない今までの自分は生きていなかったのと同じだと。
彼に出逢うために自分は生まれたのだと思った。
ゼノンは贈り物などを何も用意していなかったのを、激しく後悔した。
かろうじて、祝いの花を一輪貰って来ただけである。
「受け取ってください」
跪いて、花を差し出したが。
花一輪で求婚など、笑われるのではないだろうか。
不安が心を占めた。
しかし。
彼は花を受け取り、匂いを嗅いで。
微笑んだのだ。
受け取ってくれた……!
ゼノンの心は喜びで満たされた。
「あなたは私の運命です。愛しています」
喜びのあまり、思わず彼を抱きしめて、口づけてしまったが。
そんな行いを咎めることもなく、彼はゼノンをじっと見ている。
頬がばら色に染まって、食べてしまいたいと思った。
彼を家に連れ帰って。
早く儀式を済ませて、自分だけのものにしなくては。
ゼノンはそのまま愛しいツガイを抱き上げ。
元の世界の匂いがする場所に向けて歩いていくと。
いつの間にか、再び儀式の迷路に戻っていたのだった。
*****
自分の名を呼ぶより、親友の名を先に口にするなどと、少々面白くないこともあったが。
彼はこちらの言葉もわからないようで。
不安そうに周囲を見ていた。
異世界から連れて来てしまったため、頼れるのは自分だけだということに気付いたゼノンは。
不安を与えないよう、自分が大切にしなければいけないと悟った。
家に帰る馬車の中、自己紹介をし、彼の名がスオウ・クロノだと知った。
儀式が終わったら、相手の顔を見せに城へ来るよう言われていたが、城には戻らなかった。
一刻も早く、身体と魂を繋げたかったのだ。
カルデアポリから”離れ”……ゼノンの住む家までは、四分の一日ほど掛かる。
疲れてしまったのか、スオウは無防備にもゼノンの肩にもたれかかり、すやすやと寝入っていた。
気を許していなければ、これほど安らかに寝入ったりはしないだろう。
それは自分への信頼の証だろうと思い、ゼノンは幸福に浸った。
ゼノンは家に着くなり、スオウを寝室へ連れ込んで押し倒した。
スオウは困惑した様子だったが。
自分からゼノンの手を掴み、股間を触らせるという誘惑をしてきたので、ゼノンは嬉しくなった。
匂いから、スオウが未経験であることはわかったが。
自分が触れれば甘い声で鳴き、感じてくれるのを幸せだと感じた。
スオウの長い黒髪はつけ髪だったが、本来の髪も黒く触り心地が良かった。
小さな棒を引くと一気に脱がせることが出来る服も気に入った。
ツガイとの交接は。
女も知らないゼノンには、自慰など比べ物にならないほど、凄まじい快楽を教えた。
未知の快楽に、我を忘れそうになったが。
最初から狼族特有の性行為を身体に教えるのはかわいそうだと必死に耐えた。
身体を繋いだまま首筋に噛みついて、己の血と混ぜ合わせる。
そうすることで、魂が結ばれ、”絆”が出来る。
心身共にツガイになる、と。
何故か教わらずとも、本能で知っていた。
*****
使用人は呼ばず。
体液で汚れたスオウの身体はゼノンが全て清めた。
自分だけが独占したい。
スオウの肌は誰にも見せたくない、と思った。
ゼノンがそんな激しいまでの独占欲を持ったのは、生まれて初めてのことだった。
前日の夜に家を出て、そのままほぼ徹夜状態だった。
さすがに疲労していたのだろう。
ゼノンがこれほどまでに心安らかに眠れたのは生まれて初めてだった。
心地好い眠りを貪っていたゼノンが目を覚ましたのは。
翌朝、ツガイが自分の尾を強く掴んだからだった。
ゼノンはツガイの変化に目を瞬かせた。
「……猫族に成ったか……」
初夜の交接……”ツガイの儀式”により、ゼノンと身も心も繋がった。
そのため、スオウの魂はこちらの世界のものとなった。
全能神に認められ、新たに猫神の加護を得たことで、こちらの世界に対応するべく、身体が猫族に変化したのだろう。
異世界への扉が開くくらいである。
種族が変わるくらいしてもおかしくはない、とゼノンは思った。
身体を繋いだことで、更にスオウへの愛情が深まっていた。
男だというのに、どこもかしこも柔らかく、乱暴に扱えば壊れそうな華奢な身体。
一度も剣を握ったことのなさそうな柔らかな手指。
足の裏も柔らかく。
素足で地面を歩けば小石で怪我をするだろう。
これはスオウが今まで、姫君の如く大切に育てられていた証である。
スオウを育てた親以上に愛情を注ぎ、大切に扱わねばならない、とゼノンは心に誓った。
*****
しかし。
言葉が通じるようになっていた可愛いツガイに、とんでもない事実を突きつけられてしまったのだった。
「俺、そっちのルール知らなかったんだけど!?」
毛を逆立て、スオウは言った。
「ルール?」
「あの花を受け取ったら結婚成立するってこと、俺は知らなかったんだ。だから、俺は結婚に同意してない! だから、昨日のアレは、合意じゃない。強姦だからな!?」
ゼノンは、頭に巨大な鉄球をぶちかまされたような衝撃を受けた。
てっきり、求婚を受けてくれたものだと思っていたのに。
習慣が違ったため、理解されていなかった。
自分は愛する者を誘拐した上に。
強姦してしまったのだと。
……あんなに気持ち良さそうにしていたのに、と思ったが。
それを口にするほど年若くもなかった。
ゼノンの必死の説得で。
スオウはとりあえず納得したような態度を取ったものの。
まずはスオウから好意を抱かれねばならない、と考えた。
ゼノンはスオウの世界の話を聞き出し。
せめて彼が暮らしやすいよう環境を整えねば、と思ったのだが。
スオウの住んでいた世界は、思っていたよりも便利で暮らしやすく。
何不自由ない天国から、不便な俗世へ連れ去ってしまったのだと落ち込んだ。
それでもスオウは、出された食事は何でも美味しいと言い、嬉しそうに笑ってくれた。
国を案内すれば、興味深そうに子猫のように澄んだ綺麗な目をきらきらさせて。
自分ばかりが心惹かれていくのを止められなかった。
*****
ゼノンはトゥリティで、急遽指輪を作ることにした。
異世界では、結婚を申し込む時や結婚の儀式の際、指輪を交換する風習があると聞いたのだ。
自らの手で金槌を打ち、指輪を作った。
魔石アントラクスに、魔術を込めた。
心から望まない行為をされた場合、相手の心臓を停める呪いを。
もし、そこまでツガイに嫌われているのなら、命を失っても仕方ないだろう、とゼノンは思った。
ゼノンが指輪を手に戻ると。
近衛騎士のタキと楽しそうに話をしているのが聞こえた。
自分の話で盛り上がっているのはわかっているのだが。
それでも、別の男と楽しげにしていることに妬くとは。
我ながら心が狭いな、と自嘲して。
ゼノンは愛しいツガイに、指輪を贈った。
嬉しそうに指輪を受け取ったスオウ。
その指輪の効力が自分に使われるかどうか。
人生を掛けた賭けである。
発端は、先日行われた”道逢の儀”である。
結婚する気もなく、いっそ修道士にでもなって逃げたいと思っていたのに。
運命の相手、ツガイの匂いに本能を刺激され。
親友の制止の声も聞かず迷路へ飛び出し、時空の歪みへと身を投じた。
気付けば、見知らぬ世界に移動していた。
足元は木の板で作られた丈夫な床。
天井は、謎の金属や光源。
背後は大きな絵。
周囲には、舞踏会のような装いの者達。
人に見えるが。
しかし、彼等にはあるべきものが無かった。獣神の守護を持つ者の証が。
ゼノンはそれが”仙人”の耳と同じだと気付いた。
*****
時空の歪みにより、異世界へと飛ばされたのだ。
しかしゼノンは、神がここへ導いたのならば心配はいらないだろう、と気を落ち着かせ。
改めて、辺りを見回すと。
板間は高い位置にあり、眼下には大勢の人が座っていた。
皆、固唾を呑んでゼノンを見ている。
突然舞台に現れた闖入者であるゼノンに対し、皆の「外国人のイケメン!」「イヌミミついてない?」「コスプレイヤー?」等の呟きは、彼の耳には聞き覚えのない不思議な言語に聞こえていた。
そして、板間の端からこちらをじっと見ている視線に気づいた。
黒く大きな瞳。小さな鼻も唇も。何もかも愛らしく。
艶やかな長い髪は編み込まれている。
光沢のある布地に包まれた、しなやかな身体。
何故だか女性の服を着ているが。
まだ年若い少年だというのは匂いでわかっていた。
ゼノンは彼に、ひと目で恋に落ちた。
「やっと会えた……」
彼こそが、探し求めていた自分の半身。
彼を知らない今までの自分は生きていなかったのと同じだと。
彼に出逢うために自分は生まれたのだと思った。
ゼノンは贈り物などを何も用意していなかったのを、激しく後悔した。
かろうじて、祝いの花を一輪貰って来ただけである。
「受け取ってください」
跪いて、花を差し出したが。
花一輪で求婚など、笑われるのではないだろうか。
不安が心を占めた。
しかし。
彼は花を受け取り、匂いを嗅いで。
微笑んだのだ。
受け取ってくれた……!
ゼノンの心は喜びで満たされた。
「あなたは私の運命です。愛しています」
喜びのあまり、思わず彼を抱きしめて、口づけてしまったが。
そんな行いを咎めることもなく、彼はゼノンをじっと見ている。
頬がばら色に染まって、食べてしまいたいと思った。
彼を家に連れ帰って。
早く儀式を済ませて、自分だけのものにしなくては。
ゼノンはそのまま愛しいツガイを抱き上げ。
元の世界の匂いがする場所に向けて歩いていくと。
いつの間にか、再び儀式の迷路に戻っていたのだった。
*****
自分の名を呼ぶより、親友の名を先に口にするなどと、少々面白くないこともあったが。
彼はこちらの言葉もわからないようで。
不安そうに周囲を見ていた。
異世界から連れて来てしまったため、頼れるのは自分だけだということに気付いたゼノンは。
不安を与えないよう、自分が大切にしなければいけないと悟った。
家に帰る馬車の中、自己紹介をし、彼の名がスオウ・クロノだと知った。
儀式が終わったら、相手の顔を見せに城へ来るよう言われていたが、城には戻らなかった。
一刻も早く、身体と魂を繋げたかったのだ。
カルデアポリから”離れ”……ゼノンの住む家までは、四分の一日ほど掛かる。
疲れてしまったのか、スオウは無防備にもゼノンの肩にもたれかかり、すやすやと寝入っていた。
気を許していなければ、これほど安らかに寝入ったりはしないだろう。
それは自分への信頼の証だろうと思い、ゼノンは幸福に浸った。
ゼノンは家に着くなり、スオウを寝室へ連れ込んで押し倒した。
スオウは困惑した様子だったが。
自分からゼノンの手を掴み、股間を触らせるという誘惑をしてきたので、ゼノンは嬉しくなった。
匂いから、スオウが未経験であることはわかったが。
自分が触れれば甘い声で鳴き、感じてくれるのを幸せだと感じた。
スオウの長い黒髪はつけ髪だったが、本来の髪も黒く触り心地が良かった。
小さな棒を引くと一気に脱がせることが出来る服も気に入った。
ツガイとの交接は。
女も知らないゼノンには、自慰など比べ物にならないほど、凄まじい快楽を教えた。
未知の快楽に、我を忘れそうになったが。
最初から狼族特有の性行為を身体に教えるのはかわいそうだと必死に耐えた。
身体を繋いだまま首筋に噛みついて、己の血と混ぜ合わせる。
そうすることで、魂が結ばれ、”絆”が出来る。
心身共にツガイになる、と。
何故か教わらずとも、本能で知っていた。
*****
使用人は呼ばず。
体液で汚れたスオウの身体はゼノンが全て清めた。
自分だけが独占したい。
スオウの肌は誰にも見せたくない、と思った。
ゼノンがそんな激しいまでの独占欲を持ったのは、生まれて初めてのことだった。
前日の夜に家を出て、そのままほぼ徹夜状態だった。
さすがに疲労していたのだろう。
ゼノンがこれほどまでに心安らかに眠れたのは生まれて初めてだった。
心地好い眠りを貪っていたゼノンが目を覚ましたのは。
翌朝、ツガイが自分の尾を強く掴んだからだった。
ゼノンはツガイの変化に目を瞬かせた。
「……猫族に成ったか……」
初夜の交接……”ツガイの儀式”により、ゼノンと身も心も繋がった。
そのため、スオウの魂はこちらの世界のものとなった。
全能神に認められ、新たに猫神の加護を得たことで、こちらの世界に対応するべく、身体が猫族に変化したのだろう。
異世界への扉が開くくらいである。
種族が変わるくらいしてもおかしくはない、とゼノンは思った。
身体を繋いだことで、更にスオウへの愛情が深まっていた。
男だというのに、どこもかしこも柔らかく、乱暴に扱えば壊れそうな華奢な身体。
一度も剣を握ったことのなさそうな柔らかな手指。
足の裏も柔らかく。
素足で地面を歩けば小石で怪我をするだろう。
これはスオウが今まで、姫君の如く大切に育てられていた証である。
スオウを育てた親以上に愛情を注ぎ、大切に扱わねばならない、とゼノンは心に誓った。
*****
しかし。
言葉が通じるようになっていた可愛いツガイに、とんでもない事実を突きつけられてしまったのだった。
「俺、そっちのルール知らなかったんだけど!?」
毛を逆立て、スオウは言った。
「ルール?」
「あの花を受け取ったら結婚成立するってこと、俺は知らなかったんだ。だから、俺は結婚に同意してない! だから、昨日のアレは、合意じゃない。強姦だからな!?」
ゼノンは、頭に巨大な鉄球をぶちかまされたような衝撃を受けた。
てっきり、求婚を受けてくれたものだと思っていたのに。
習慣が違ったため、理解されていなかった。
自分は愛する者を誘拐した上に。
強姦してしまったのだと。
……あんなに気持ち良さそうにしていたのに、と思ったが。
それを口にするほど年若くもなかった。
ゼノンの必死の説得で。
スオウはとりあえず納得したような態度を取ったものの。
まずはスオウから好意を抱かれねばならない、と考えた。
ゼノンはスオウの世界の話を聞き出し。
せめて彼が暮らしやすいよう環境を整えねば、と思ったのだが。
スオウの住んでいた世界は、思っていたよりも便利で暮らしやすく。
何不自由ない天国から、不便な俗世へ連れ去ってしまったのだと落ち込んだ。
それでもスオウは、出された食事は何でも美味しいと言い、嬉しそうに笑ってくれた。
国を案内すれば、興味深そうに子猫のように澄んだ綺麗な目をきらきらさせて。
自分ばかりが心惹かれていくのを止められなかった。
*****
ゼノンはトゥリティで、急遽指輪を作ることにした。
異世界では、結婚を申し込む時や結婚の儀式の際、指輪を交換する風習があると聞いたのだ。
自らの手で金槌を打ち、指輪を作った。
魔石アントラクスに、魔術を込めた。
心から望まない行為をされた場合、相手の心臓を停める呪いを。
もし、そこまでツガイに嫌われているのなら、命を失っても仕方ないだろう、とゼノンは思った。
ゼノンが指輪を手に戻ると。
近衛騎士のタキと楽しそうに話をしているのが聞こえた。
自分の話で盛り上がっているのはわかっているのだが。
それでも、別の男と楽しげにしていることに妬くとは。
我ながら心が狭いな、と自嘲して。
ゼノンは愛しいツガイに、指輪を贈った。
嬉しそうに指輪を受け取ったスオウ。
その指輪の効力が自分に使われるかどうか。
人生を掛けた賭けである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,222
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる