「貴方に心ときめいて」

華南

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44話

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「エレーヌ」

誰かが私の手を握っている。
じんわりと伝わる熱。
心配げに私の名を呼ぶのは……。

「紗雪がグーベルト伯爵の娘として転生していたとは。
道理で見つからない筈だ。
辺境の、それも王室嫌いの、あの伯爵の娘であっては出会う訳が無い、か。
社交界デビューでしかエレーヌが王宮に招かれる事は無い。
それも伯爵とお前の鉄壁な囲いに護られていては尚更か」

やれやれと溜息を吐く。
ルーファンを一瞥しながらオリバーはエレーヌの手を握る手に力が籠る。
その様子が癪に障るとオリバーは心の中で吐き捨てながら。

よりによってどうしてこの男が第二王子ルーファンとして転生している。
前世でもそうだ。
身分の差が、財力が、社会的地位が、権力が。

何一つ、勝るモノが無かった。

ただあったとしたら、紗雪に対する純粋な想い。

(いや、これも俺はこの男に勝つ事は無かった。
この男の紗雪に対する愛は、正に……)

全てを奪うが如く紗雪を欲し、愛した。
あの男の異常過ぎる執着に紗雪の精神が蝕んでいき、そして……。

紗雪は。

「紗雪は俺のモノだ。
前世でもこの世界でも」

「違う、エレーヌは、紗雪は誰のものでは無い。
当然、あんたのものでも無い!
エレーヌは、この世界で恋をし、相愛の相手と幸せにならないといけない。
それは決してあんたでは無い!」

「よくそんな言葉を吐く事が出来る?
お前は紗雪に何をした?
紗雪の惨めな人生の発端は、お前達の所為では無いか」

「……」

「ふふふ、上手く紗雪に取り入り紗雪を懐柔しようと試みて。
紗雪をあの会社に派遣で入る様に仕組んだのもお前ではないか。


「……違う」

「何が違うと言う?
お前の父親は紗雪の両親を事故に見せかけ命を奪った。
借金の取り立てに窮地に追い込まれたお前の父親は、紗雪の父親の車に細工をして事に及んだ。
それも自らの手を下す事なく、他人を巻き込み罪を逃れ、そして紗雪を監視させる為に血の繋がらない伯母夫婦に紗雪を売り渡した。
外道の限りだ」

「あんたにそっくりその言葉を返すよ。
あんたが紗雪にした行為が正しいと言えるのか。
紗雪の体を強引に奪い、あんたは世間から紗雪を隔離した。
監禁して自由を奪ったあんたの所為で紗雪の精神は……」

「あのままでは紗雪は心を壊していた。
一柳泰斗がまさか、自分の人生を狂わした男の息子とは思わなかっただろう。
紗雪が真実を知れば、紗雪は自らの命を絶っていた。
それ程、紗雪はお前に心を奪われていた。
だから俺は紗雪を奪った。
隅々まで愛し欲した。
お前に俺の紗雪に対する愛の深さを理解出来るか。
お前は保身の為に紗雪の前で何をした?
何を言ったか覚えてはいないのか。
お前の言動が引き金となり、紗雪は雨に中、放心状態で彷徨っていた。
俺が保護しなければ紗雪は」

「……。
あの時、紗雪を傷付けたのは俺では無い」

「一体、何が違うと言う。
この期に及んで言い訳など見苦しいと思わないか」

「俺は一柳泰斗では、無い」

「あ?
何を言っている。
その声、その姿が一柳泰斗では無いと。
馬鹿な事を言うな。
鏡で視える筈だ、己の姿が。
記憶を取り戻したら前世の姿が」

「俺は、一柳泰斗の。
泰斗の双子の弟だ」

「え……」

「あの事件で両親は離婚。
俺は母親に引き取られた。
だから俺は一柳泰斗では無い。
俺の名は、嵯峨野颯斗さがのはやと
泰斗では、無い……」

「……」

「エレーヌに、紗雪にこれ以上関わるな。
エレーヌの人生を狂わせたく無い。
この世界で転生して今までエレーヌ・グーベルト伯爵令嬢として幸せに生きてきた紗雪の人生を俺は壊したく無い。
エレーヌは、紗雪は誰よりも幸せにならないといけない。
グーベルト家で見守られ静かに生きる事がエレーヌの願いだ。
現世のあんたの地位ではエレーヌの望みを叶える事は出来ない。
王家の権力争いにエレーヌは巻き込まれてしまう。
それでは前世と同じでは無いのか?
そんな苦しみを紗雪には、エレーヌには抱かせたくない。
紗雪を愛しているのなら、これ以上関わらないで欲しい」

「……、嫌だと言えばどうする?」

「俺は自らの命を賭してもエレーヌを護る」

「ふ、ふふふ」

「……、話は終わった。
帰ってくれないか。
エレーヌが目覚めない内に、この場から去って欲しい」

「ほう、大した男だな、お前は。
この国の王子に不敬な。
ふふふ」

「……」

「明日、エレーヌの社交界デビューで、ファーストダンスを申し込む。
それが何を物語るか。
逃れる事は出来ない、紗雪も、エレーヌも俺からは。
紗雪の運命の相手は俺だから、な」

ぱたん、と閉まるドアの音にオリバーは深く息を吐く。

(紗雪、俺は……)

ぽとり、とエレーヌの手に涙が落ちる。
罪深い俺を赦して欲しい、と呟きながら。
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