「貴方に心ときめいて」

華南

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閑話14

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「俺も馬鹿だな」

自虐的に笑いながらブランデーを煽る。
部屋の床には夥しいブランドの紙袋。
全て女性用である。

(やっとの思いで探し出した紗雪に理性を抑える事が出来なくてがっついてしまった。
今まで直ぐに手を出さなかった俺を逆に褒めて欲しい。
あんなに可愛らしい紗雪を毎日見ていて尋常でいられるか)

紗雪。

きっと覚えてはいない。
俺との出会いなんて。

あれから何十年経っている?

公園で出会った小さな女の子。
俺にとっては紗雪はただ一人、俺だけのお姫様だった。
穢れのない無垢な紗雪。

ほんの数回、公園で遊んだ。
紗雪と呼ぶ事が出来なくて、何時もさゆ、と自分の名を言って。
母親が呼ぶ声で「さゆき」と言う名だと知った。

何処に住んでいるのか、年齢も苗字も判らない。
紗雪の母親に聞こうとしても気恥ずかしさが優って、聞くチャンスを失っていた。

そんなある日。
紗雪の姿を公園で見かけなくなった。

突然の事だった。
紗雪と母親が公園に急に来なくなっていた。

「さゆちゃん?」

どうしてここにいないんだ?
何時もならこの時間帯には母親と一緒に遊具で遊んでいて。
俺の姿を見たら直ぐに駆け寄ってきた。

「しょーたん」

「しょーにーたん」

あの可愛らしい声を、息を弾ませながら俺の元に走ってきて。
両手を広げて俺の脚に纏わりついて歓声を上げる。
俺に会えた事が嬉しいって。

俺の事が誰よりも好きだって。
それが子供独自の感性であっても、俺にとっては何よりも大切な宝物だった。

心を満たしてくれる。
優しい気持ちにさせてくれる。
俺の存在を肯定し、慕ってくれる。

紗雪……。

(どうしていないんだ……)

自然と涙を流していた。
突然の別離。
知らない他人の子供。
通りすがりの公園でひと時、時間を過ごした。
ただそれだけの存在。

だけど俺には誰よりも大切な。

恋なんて知らない。
愛なんて知らない。

だけど、これが初めて異性を意識した瞬間だったと今にして思う。

性的に触れたいと思うのでは無い。
それこそ自分の性癖を疑われる。

側にいて欲しい。
俺に何時も笑って欲しい。
俺が誰よりも好きだと言って欲しい。

そんな感情を抱かせたのは今までの人生の中で、紗雪ただ一人。

紗雪だけだった。

***

(保科さん……)

何も告げずにマンションを出てしまった。
今日の事だからまだ、アパートは契約を解約されて無いだろう。
そんな強硬手段に及ぶとは思えないが、でも、あの様子を見るとしそうで怖い。
ずっと、心に引っ掛かっている。

私の何が保科さんを強引にさせるんだろう、と。

好きだとか、愛しているとか。
どうしてそう簡単に私に告げる事が出来るの?
出会って2ヶ月位しか経っていない。
それも多栄子さんを介しての事で、実質、保科さんと話し出したのは、ここ、2、3週間の事だ。
急速に近づいて、そしてアプローチされて。

初めてキスされた。
情熱的に愛を囁かれて。
あんなに真摯な目で請われた事なんて今まで無い。

一柳さんに恋心を抱いていなかったら、もしかしたら。

(一柳さん)

明後日、出勤の時に勇気を持って一柳さんに会いに行こうかな。
お菓子のお礼もキチンと告げたいし、それをキッカケに。

(や、やだ、急に現実が襲ってきている。
こ、告白と言う一代イベントが)

ふっと、苦笑を洩らす。

「貴方に心ときめいて」をプレイしている時なんて、現実の恋愛以上のドキドキさを与えてられるから、それが既に日常的な事だと感覚が麻痺していって。
ゲームの中ではモブな私が主人公になれる。
その人にとって大切な存在だと思われ愛される。

うっとりと心を満たしてくれる、夢の世界。
ずっと夢見ていたいと願っても現実があって。

でも、その現実があるから夢を見たいと願うんだと。

現実の恋がシュミレーションの様な展開にならないからゲームの世界で恋するキャラと親密度を上げて心を満たせたいと。

(でも、私にとって現実での恋を進展させたいと言う願望が強くなってきたの。欲張りになってきた)

それを後押ししてくれた保科さん。

ありがとう。
そして、ごめんなさい。

一柳さんに告白して振られても私は、貴方の気持ちに沿う事出来ない。

そんなに簡単に気持ちの切り替えが出来る程の想いでは無いから。

キチンと気持ちに決着をつけて、そして前を向きたいと思っているから。

だから保科さんの想いには応える事が出来ない。
今の私では保科さんに相応しく無いから。
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